―――そこは牢獄 自由をかたどった檻の中――― 『弐神と九尾』 お互いの正体を知ったナルトとヒナタは、あの互いの任務の結果を火影に報告した次の日、同じ場所に集っていた。 場所を指定したのはヒナタの方。 里外れの深い森の中、ナルトの姿で現われた少年に、黒髪の少女は柔らかい笑みを浮かべる。それはいつもの顔。ヒナタと言う存在の笑顔。 「どこに行くんだ?」 「演技はなし?まぁいいけど。私の住処に案内するわ。誰かに聞かれても見られてもヤバいしね」 すっ―――と、今度は冷たい視線をナルトに向けて、ヒナタは背を向ける。 そっけなく、おどおどした態度も話し方も、いまや欠片も見つからない。 これがヒナタの本当の姿。 そしてナルトもいつもの無邪気さ、やかましいほどの明るさは全くなく、影を落とした瞳は冴え冴えとヒナタの背中を追っている。 そこには全く感情が見受けられない。 急ぐわけでもなく、ただヒナタの後を追うナルトは、不意に驚愕と不審に身を強張らせた。 知らず身体が震えた。 「なんだ……これは…」 その結界の多さ。 その頑強さ。 上級忍術に禁術を合わせて駆使し、それらの術が入り組んだ迷路のようになって、一つの屋敷を覆っている。 そう…さっきまで何もなかったそこに、屋敷は出現していた。 ナルトすらもこれまで気付けなかったほどの強力な結界に守られた屋敷。 唸るようなナルトの声に、ヒナタは体ごと振り向いて、 「これが、私が与えられた家。影分身で日向を騙せるようになってからはここに住んでいるの」 知られたくないから張られた結界―――? 違う…。 そんなものではない。 これはなにか… 忌まわしいものをそこに封印したような… 周囲を探り気を張り詰めるナルトに、ヒナタは手を差し出す。 「時雨でもここからはきついよ」 ナルトは素直にその手をとった。 だってここは異常だ。 結界に入れば入るほど増すその感覚。 その多さはいざ知らず…。 結界は…内側にまで張り巡らされているのだ。 これではまるで―――牢獄のよう。 その中で、ヒナタは振り返りもせずに、全く気負うところなく自然に歩いている。 多分ナルトの不審と警戒に気付いているだろうに。 「ナルト君は紅茶と緑茶のどっちがいい?種類揃ってるんだぁ。あーあ。腕が鳴るなぁ。あいつ以外にお茶を入れるなんていつぶりだろう。火影さまも来ないし」 「…あいつ…?」 微かに眉を寄せた。 ヒナタも自分と火影以外に、正体を知るものは居ないだろうと勝手に思っていたから。 「すぐに分かるよ。今日も来るし」 それが答え。 ようやくたどり着いた扉の前で、ヒナタはナルトに皮肉気な笑みを浮かべた。 「―――ようこそ。―――檻の中へ―――」 屋敷の中は閑散としていた。 家具なんてものは必要最低限なものしか置いておらず。それ故に広さだけが目に付いた。 しかも家具の一つ一つに結界が張られている。 用心にも程がある。 ナルトはその結界の多さに辟易とするが、顔に出すことはしなかった。ただ終始無言で、ヒナタの背を追う。 「ナルト君は待ってて。私はお茶入れてくる」 長い廊下を経てたどり着いた居間を示して、ヒナタが言う。 そこで、ナルトはさっきの問いに答えてなかったことに気付いた。 「緑茶」 それだけ言い切って、勝手に座り込む。 ヒナタは軽く目を見開いて驚きを示すと、何も言わずに去っていった。 足音はない。 気配もない。 全てを隠してヒナタは歩いている。 ひどく静かな空間。 ナルトだけが世界から切り離されたような感覚。 この場所に…1人で住んでいたのか? こんな生きているか死んでいるかも分からないような空間で。 生きることに貪欲なナルトは思わず鳥肌を立てた。 ヒナタの静けさは、ひどく死に近しい人間のものなのだと気付く。 静寂の中でいつしか目を閉じていたナルトは、微かな気配に気付いた。 ヒナタではない。 彼女は決して悟られるようなことはしないだろう。 それではヒナタの言っていた「あいつ」ということだ。 なんとなくその気配を追う。 本当に微かな気配。 どこかで感じたことが…ある? わずかに目を開き、意識を集中させた。 知っている。 だが分からない。 「………!!!」 殺気 相手もこっちに気付いている。 ピン―――と空気が張り詰めた。 居間の扉が開いて、手裏剣が滑り込むようにしてナルトを襲う。 それを軽く弾き、素早く居間の壁へ張り付く。 「なにもんだ―――」 声がした。―――冷たい硬質な声。 だが聞き覚えはある。 気配の消し方から見てもナルトやヒナタには及ばないが、充分強い―――。 暗部上位の姿を思い浮かべ、ヒナタと同様、ともに任務をこなしたことのない人物を思い出す。 (暗部ナンバー3…雲月) 「…雲月か―――?」 「なんだと…?誰だてめぇ」 「暗部の…時雨―――。言葉を交わすのは初めてだな」 その名前…に、雲月が反応したのをナルトは感じとった。実力では明らかにナルトが上なのだ。 微かに、扉へ近づく。クナイを構え――― 「はいはいはい。そこまで。ナルト君落ち着いてね。シカマルはお帰り」 気配も何もなく、唐突に現われたヒナタの言葉に、ナルトは思わず耳を疑った。 ―――シカマル? だが、それは向こうも同じだったらしい。 「ナルトだとぉ…!?」 気配が近づいて、扉の外からひょっこりと顔を覗かせた。 真っ黒な高く結い上げた髪。 どこか眠そうな―――今は冷たい空気を纏った雰囲気の男。 「シカマル…」 「ナルト…」 目がばっちりとあって…互いに脱力した。 「なんでてめぇが時雨なんだよ…」 「こっちのセリフだ…」 なにやらひどく疲れた様子の男2人を見て、ヒナタはおもしろそうに目を輝かせる。 「ほら、2人ともさっさと座って。はいナルト君。シカマルはいつものでいいよね?」 「まぁな」 机の上に湯飲みを乗せるヒナタは、シンプルな着物姿。その動きはまったく自然で、普段から着慣れていることが分かる。 それに視線を向けるナルトに、ヒナタは笑って座った。 シカマルも面倒臭そうにそれに従う。 こういった動作はいつもと全く変わらない。 ヒナタの運んだ盆には急須と湯飲みが3つ乗っている。 「ナルト君はりんごのタルト大丈夫?」 「………」 無言で頷くと、シカマルはおもしろそうに口を歪めてナルトを見る。 その前で、ヒナタは湯飲みと共に運んできたタルトを切り分ける。 「なんだよ。時雨の方は無口なんだな。だってばよもねーし。なんかくれーなー」 「………」 「んな、無言で睨むなよ。あ。オレおっきいのね」 「あんた昨日も食べたでしょう?」 呆れたようなヒナタの視線に、シカマルは口を尖らせる。 2人ともすでに感情を失くしたような、冷たい硬質な声ではない。 いつもナルトが聞くものとも違う、柔らかい、これが自然なのだと分かるような声だ。 それだけで、どれだけこの2人が長い付き合いで、仲が良いのか知れる。 「いいだろ別に?今日は任務あったからな」 「そのわりには早かったじゃない」 「まぁな。朝一で片付けてきた」 「お疲れさま」 妙に和やかな会話を交わす2人に、ナルトは奇妙な感覚を憶えた。 そその感覚は、説明をつけれないままに抜け落ちる。 それにしても、まるで夫婦のような2人組みである。 「んで。ナルトが時雨だって、ヒナタは知ってたのか?」 「全然。昨日知ったわ」 「ナルトのほうは?」 「同じだ…」 「…はぁ〜。それじゃぁ別にオレだけが見抜けなかったわけじゃないんだな。焦ったぜ」 ほお杖をついて、口元を歪めるシカマルに、ヒナタは冷笑を向ける。 「シカマル全然私のこと気づかなかったしねぇ?」 「うるせー」 シカマルがヒナタにからかわれるという、普段ならありえない姿。 だがこれこそが演技のない姿だと分かる。 「…2人はどういう関係なんだ?」 そのナルトの言葉に2人は顔を見合わせ同時に答えた。 「親子?」「兄弟?」 お互いの言葉に首を傾げる。 ちなみに前者がヒナタのもので、後者がシカマルのものだ。 「シカマルが火影さまに連れてこられて、闇月の私が育てたの」 「やーヒナタが闇月だって知ったのは3年前だぜ?」 「確か5歳の時よね?火影さまに、無気力で死にたがりのガキを押し付けられたときには、どうしようかと思ったわ」 「ひでーな…。本当に殺そうとしたのはどこのどいつだよ」 「やーね。そのおかげであんた生きてんし?」 「………」 詰まったシカマルは、物言わずタルトに食らいつく。 それで―――と、ヒナタがナルトに体ごとずらして向き合った。 「まず、ちゃんとした自己紹介をするよ。私は日向ヒナタ。日向家宗家の嫡子にして継承権をもたない者。下忍8班所属。そして木の葉弐神の一人、暗部の闇月。…んで奈良シカマル。下忍10班所属で奈良家のバカ息子。暗部のナンバー3・雲月。頭はいいけどまだまだよね」 「おー…」 その紹介に特に不満もないようで、シカマルはナルトに視線を投げかける。 ヒナタも同様で、視線でナルトを促した。 「…オレはうずまきナルト。下忍7班所属。暗部の時雨」 「そして九尾の器―――ね」 からかうような笑みを浮かべて、続けたヒナタをナルトは睨みつける。 「え?…マジで?…んじゃあナルトが、里を滅ぼしたヤツの器?」 シカマルは初耳のようで、ナルトを見つめる。 その瞳に恐怖の色はない。ただ不思議そうに見ているだけ。 「全然気付かなかったぞ」 「私が気付かなかったんだから、あんたが気付くわけないって」 「う………」 ヒナタの方が口が強い。シカマルはまたも口をつぐむ。 「それじゃあナルト君。何から聞きたい?昨日から分からないことだらけでしょう?」 「…お前が九尾のチャクラをもつ訳。それが知りたい」 ナルトは自分以外にそんな存在は知らなかった。 自分だけが迫害され暴力の中で育った。 それを不公平と思うほどではないが、どこかにしこりがあるのは認めざるをえない。 ヒナタは冷たい―――だがどこかはかない笑みを浮かべる。 シカマルが視線を落とした。 「はるかはるか昔のことよ」 それは里が出来るずっと前の、古い古いお話。 ヒナタは、まるで幼い子供に聞かせる昔話のようにゆるゆると続ける。 「日向の一族はより強い力を手に入れるため…」 感情を込めずにヒナタは続けた。 「―――九尾を食ったの」 |