今―――信じがたい言葉がヒナタの口から零れ落ちた。 「く……った…?」 有り得ない。 ただの狐ならまだしも…あれは…妖弧―――化け物だぞ―――? 驚愕をあらわに、反芻するナルトをヒナタは正面から見つめ、シカマルは畳を見たまま顔をしかめた。 昔、闇月に聞かされた真実の昔語り。 「九尾の血と肉を取り込んだ日向の一族は白眼を手に入れたわ。そして白眼の研究を続け写輪眼を生み出した」 それは人としてしてはいけないこと。 人間にあるまじき罪。 そしてその罪を一身に背負ったのがヒナタ―――。 「そして私は、その血を最も色濃く受け継ぎ、九尾に生かされる適合者。されど死によって九尾を蘇らせし者」 「…どういう…」 「つまり―――だ。ヒナタから九尾は力を奪い、それが満腹になるまでヒナタを生かす。ヒナタが死ぬか九尾が満腹になるかで九尾は蘇る…ってこった」 だからこその檻。 屋敷という名の大きな鳥かご。 周囲はヒナタを殺すことも出来ず、ただここに封じ込めることしか出来ない。 火影という大きな庇護の中でしかヒナタは自由をもたない。 「なんとか呪印を汲んで、九尾には眠ってもらってるのよね。だから今は、私の力を私は自由に使える。ただし死に瀕した時は九尾がでしゃばる。死んだら九尾復活しちゃうからそれはいいんだけどね」 では彼女はいつ安息を得るというのか。 九尾が復活するためだけに生かされているというのか―――。 それはなんて残酷で…… 「そ…れは…いつ知った…?」 「4歳…?だったかな。いやー死ぬつもりだったのにいきなり九尾が出てきたときにはホントびびったよ」 4歳。それはナルトが九尾を自由に操れるようになった時。 ナルトには分からない。九尾を持ちながらして、今ここで笑えることが。 「ヒナタヒナタ」 「ん?」 と、答える間もなく、シカマルがヒナタを引き寄せる。 「よしよし。いい子いい子」 「…あんたねぇ…」 すっぽりと腕の中に納まったヒナタの頭をシカマルは撫でる。 このことに、ヒナタがどれだけ傷つき、苦しんでいるのかは知っている。 小バカにしたような態度でしか、シカマルが慰める術を知らないのをヒナタは知っている。 正直言うと、結構感謝している。…言うつもりもないが。 「………それで…。何故ここに?」 「ここに住んでるわけ?」 ヒナタがシカマルの腕の中から抜け出し、首を傾げながら冷笑を浮かべる。 「ああ」 「初めて、九尾がでてきたとき私は火影様に会って、火影様の家に一年ばっか…九尾を術で押さえつけられるまで住んでたんだけどね。まー色々あって、火影様がここを用意してくれたの」 「火影の屋敷に?俺は気づかなかったぞ」 「そうかも。だって私がいたのはここ並みの結界の張られた場所だもん」 それでは、幼いとはいえ上忍並みの力を手に入れていたナルトでも気づかないだろう。 しかもナルトは、九尾の力を自分に還元して使えるようになってからは、一日の多くを外で過ごし、一人修行に明け暮れていた。 「何故?」 「危険だからっしょ。まー火影様に感謝よね」 「…ヒナタ。誤魔化すなよ」 黙って話を聞いていたシカマルが苦々しげに口を挟む。 ヒナタはただ肩をすくめた。 ナルトが視線で疑問を示すように、シカマルとヒナタを見比べる。 「いいかナルト?ヒナタの九尾が出てきたあと、九尾を押さえ込んだヒナタはな…封印に封印を重ね、手足に鎖をかけられた上で監禁された―――」 淡々と述べられる事実に、ナルトは一瞬身を強張らせた。 「別に言うほどのことでもないっしょ?九尾の力を考えれば当然だもん。ねぇ?」 「違うだろ?その頃の九尾が出てこない際のヒナタは…ただのヒナタだ。九尾に力を吸い取られ、衰弱する一方のヒナタにやつ等は何をした?火影の目を盗んでどれだけいたぶり殺しかけた?ヒナタにどれだけの苦痛を与えた?」 血で血を洗うような毎日。 火影は国を出ていていない。 折れた骨。切り取られた肉片。散らばる髪。血の海。 風呂も入らず食べることも排泄も許さず。 たった4歳の少女に対して、どれだけの拷問を試した? 少女が死に瀕するたびにそれは回復し、少女を更なる苦しみへと誘う。 狂わなかったことが奇跡。 いっそ発狂した方が楽で、だけどヒナタはそれを自身に許さなかった。 死ななかったのは九尾のため。 想像を絶するような毎日に、けれどヒナタは死んだ。 感情というもの。言葉というもの。動作というもの。 すべてを失って―――。 一瞬だけヒナタの身が震えた。 「そんなのいいじゃない別に」 今ではこうして話して、動いて、喜ぶことも怒ることも知っているのだから。 「よくない。オレはヒナタが誤解されるのは嫌だ。ヒナタは苦しんで苦しんでここにいる。今だって苦しんでいる」 「そんなこと忘れた。苦しんでなんかない」 ぎらぎらとした視線を向けるヒナタは追い詰められた肉食獣のよう。 思わずナルトがその細い肩を引き寄せてしまったとしても、仕様がなかったのかもしれない。 だが抱きしめられたヒナタはもとより、それを見ていたシカマル、そして誰よりもナルト自身が驚愕していた。 「悪い」 言いながらも、離れることが出来ない。 尚も強く少女を抱きしめる少年に、ヒナタは身を強張らせて―――力を抜いた。 ―――彼が何もするつもりでもなく、ただ感情が抑えられていないだけなのが分かったから。 多分九尾の器として同じようなこともあったのだろう。 似たような過去もあっただろう。 ナルトが本当に微かに震えていることに気付いて、ヒナタはその背を優しく撫でた。 自分にはシカマルがいた。その前は、今はいないが、気まぐれに助けてくれる不可思議な存在もいた。 それはきっとナルトにはなかったのだ。 火影と自身だけが、世界のすべてだったのだ。 その光景を見て、シカマルが眉をしかめる。 軽い嫉妬―――いや重度な嫉妬。 ナルトの世界が、火影とナルトだけで構成されていたように、シカマルの世界は、ヒナタと彼自身で構成されているのだから。 「ナールートー」 多少恨みがましい声と共に、ナルトとヒナタが、べりべりべり―――と、引き離された。 「………なんだ」 そのあまりにも陰鬱なシカマルの形相に、本気でナルトは引いた。 「…別に」 「シカマルさぁ…いっつも火影様にガンつけてたよねぇ」 その様子に、ヒナタは思わず吹き出して、シカマルの肩をたたく。 多分何故シカマルがそうするのかは分かっていない。 彼女は、自分に向けられた好意にだけは疎いのだから―――。 「ったくよぉ。大体なんでナルトが時雨なんだよ…」 「それはこっちの台詞だ」 口をとがらすシカマルにナルトは苦笑する。 それは演技ではない。 自然と零れ落ちたもの。 シカマルは九尾ではない。 けれど、こうして何のこだわりもなく接している。 それはひどく珍しい…貴重な存在。 表で演技をしているときも、シカマルはナルトを差別したことも、疎ましくしたこともない。 他人に大した興味はなかったが、有り難かったのは事実。 「まぁ。多分九尾同士が出会うと、どうなるか火影様にも分からなかったのよね。だから火影様はどうやっても九尾の器となった存在のことを教えてはくれなかった。もともと私は雲月としか組まないけど、会ったことも見たこともない暗部なんて時雨だけだもの。そこで何かあるとは思っていたけど…ナルト君だったなんてね…」 「でも、表では普通にオレたち会ってるだろう?ナルトとヒナタだって会ってる。だったら関係なくないか?」 「私は九尾のチャクラを表では使わない。そしてナルト君もそう。お互いにそれと気付かなければ九尾が目覚めることにもならない。そして互いが互いに九尾を使っているとき、私は確かに九尾が出てくるのを感じた。どうやらご先祖様の食べた九尾はナルト君の中の九尾と仲が悪かったみたい。殺す殺すって、うるさくて仕様がなかったもの」 肩をすくめたヒナタに、ナルトは僅かに身を強張らす。 「そ…うなのか?」 ヒナタがナルトに襲い掛かったあの時、もし、ヒナタが自分を取り戻さなければ、ナルトは危なかったかもしれない。 そう考えると血の気が引く。 これまで九尾の力もあって、死に瀕することなど無きに等しいナルトだったが、相手も同じく九尾の力を持つとすれば、そうはいかないだろう。 「でもまー…。ヒナタがここにナルトを連れてきたってことは、ヒナタ、時雨とも組むつもりだな」 「そういうこと。4人小隊には1人足りないけど、それはおいおい探すとして…」 「木の葉最強のスリーマンセル、ここに発足!…ってな」 「そそ」 いつの間にか決まっていることに、ナルトは多少焦って、口をはさんだ。 「誰も組むとは言ってな」 「んじゃあシカマル、火影様によろしく言っといて」 「おう。んじゃ行ってきます」 けれどもそれはあっさりと拒まれて、あっという間に2人の間で話がまとまった上にシカマルは姿をけす。 そのあまりの速さに、ナルトは中途に手を上げて、口を開いたままに固まってしまった。 「だめ?いいよね。時雨。だって時雨が誰とも組まないのって、九尾の力のことを知られるわけにはいかないからでしょ?でも私たちはもう知っている。それなら断る理由がないものね。それにどれだけ強くても一人だとやることが限られる」 「………」 ぽかんと口を開けたまま、ナルトは口を出すきっかけをつかめなかった。 それに、ヒナタの言うことは正しい。 九尾のことを知っていて、しかも自分に匹敵するほどの力を持つ闇月と、その相棒として名の知れた頭脳派の暗部ナンバー3の雲月だ。 決して足手まといにはならないだろう。 「あ。全然信用してないのはお互い様だから」 あっさりと言う少女は、ひどく冷たい笑みを浮かべ、自分の分であるタルトを口にする。 自分の意思とはまったく別のところで事柄が動いていって、ひどく腹立たしい。 そのイライラを収めるために、ナルトは目の前のタルトにかぶりつく。 いくら信用してないとはいえ、組もうとしている人間に毒は盛らないだろう。 「…………………うまいな」 「本当?アリガト」 ナルトは、全く知られてはいないが、ラーメン党であると同時に甘党である。 ケーキのような甘いものは大歓迎だ。 爽やかな甘みがナルトの口内を満たし、冷たい笑みを浮かべる少女が暖かく見えた。 それくらいにはおいしかったのだ。 まるで普通の子供のように咀嚼するナルトにヒナタが笑った。 今度はナルトの錯覚ではなく、ちゃんと暖かな顔で、やわらかな笑みを浮かべていた。 そうしてここに、木の葉最強のスリーマンセルが完成した。 |