テマリを引きずるようにして走り、ナルトは見覚えのある場所でようやっと足を止める。
里全体が一望できる小高い丘。一番最初に2人が出会った場所。
2人で会うときはよくここに来るのだ。
息が乱れるほど走ってはいないはずだが、妙に息苦しかった。
「やきもちはみっともないぞ」
「テマリが見せ付けるよーな事するからだってば!」
「それは仕方ないな。見せ付けたんだから」
しれっと言われたその言葉、は。
ナルトにとって予想だにしなかったもので。
きょとん、として、テマリを見つめる。
冷たい容貌を持つ少女は、なんだか面白そうに見ていて…。
…。
………。
「はぁあああああああっっ!?!?!!?!」
「妬いただろ?」
「やっ、妬いたけど! ってか、何それ!!!! 何だってばよ!!!!!」
「言葉どおり」
あっけからんとしたテマリの言葉に、ナルトは一気に脱力した。そのままへたり込んだナルトの横にテマリも座る。
いっつもいっつも、ナルトにとって想像もつかないことをこの少女はするのだ。前に比べたら大分慣れてきているはずだが、やっぱり心臓に悪いし腹も立つし悔しいし…そう思いながらも、思うだけ無駄だという事も学んでしまっているのだ。
先程までの苛付きもどこへやら。
大きなため息をついてテマリの腰に抱きつく。
「お、なんだ?」
「…テマリは狡いってばよー」
ナルトばかり振り回されて、いつも一杯一杯。
たまには男らしいところとか、かっこいいところとか、見せたいと思っているのに。
……ファーストキスを奪われるわ、お姫様抱っこをされるわ、賭けをさせられるわ、見せ付けられるわ…。
「あー悔しいってば! 俺だって男だってば!? そりゃーテマリより年下だし、身長もまだ越せないし…でも、でもさ、ちゃんとテマリにいいとこ見せたいってばよー!!!!」
なんて、台詞も、テマリに抱きついたままで言うのではなんとも迫力が無かった。
テマリは苦笑して、ナルトの金色の髪の上に手を置く。くしゃりと撫でると、見た目よりやわらかな髪の感触。
「お前はそのままでいいんだよ」
甘っちょろい土地の、甘っちょろい少年。
気持ち悪いほど温かくて、不気味なほど優しくて。
そんな居心地の悪い世界。
2年経ってもこの少年は変わらない。
テマリと会ったあの瞬間から。
甘くて、純粋で、まっすぐで…飽きる事の無い金色の子供。
砂の色に染めようと思っていた。
自分と同じ色にしようと思っていた。
少年は血には染まらなかったから。
けれど、そう、少年は決して他の色に染まろうとはしなかったから。
少年は2年通してもずっと変わらぬままだったから。
「お前が、いいんだ」
ぐしゃぐしゃに頭をかき混ぜて、テマリは笑う。
その笑顔は、本当に、本当に、たまにしか見せてくれない貴重な物だったから、ナルトは思わず見惚れてしまった。
なんとなく照れくさくなって、テマリの柔らかな腹に顔をうずめる。
温かい空間。
幸せという、空間。
くしゃりと、もう一度頭を撫ぜられた。
「…テマリは、狡いってば」
「そうか?」
「そうだってば!」
自分よりかっこよくて、男らしくて、力強くて…きっと、テマリが男ならサスケよりずっとずっといい男だ。
そんな人間になりたいと思う。
テマリのように強い人間に。
ごろりとテマリから離れて横になる。
仰向けで空を見上げたら、なんとなくシカマルのことを思い出した。
空を見上げてぼーっとするのは、シカマルの専売特許だから。
なんとなーく…なんとなーく、イライラしてきた。
思い出す。
ナルトが割り込む前の、テマリとシカマルの雰囲気。
幾ら自分に見せ付けるためだとはいえ…。
……。
…………。
「……ほんっとーーーにシカマルの事はなんとも思っていないんだってば!?」
「…お前、しつこいな」
「テマリが悪いってば!」
「…はいはい。興味ないよ。……面白いやつに違いはないけどな」
前半の言葉にほっとして、後半の言葉にぎょっとした。
慌てて起き上がったナルトの額を、テマリの手のひらが押し返す。
「っっ!!!!」
突然のことで、受身も取れずに地面とぶつかり、息が詰まった。
したたかにぶつけた後頭部をさする。
と、肩口を肘裏で押さえ付けれた。
ずしりと、身体全体に重さが加わる。
「てっ、テマリ?」
ナルトの身体に圧し掛かり、意図的に力を入れた肘裏で肩口を押さえ込む少女は答えなかった。顎肘を付いてじぃっとナルトを見下ろし、そして、おもむろにその唇を奪う。
身動きの出来ないナルトの唇をほんの短い間奪い、テマリはそのまま両手をナルトの頬で打ち鳴らした。
パチンという音と、ぴりぴりとした痛み。
「私はな、お前を気に入っている。そんなのいい加減聞き飽きただろ」
傲岸不遜な物言いにナルトは呆気にとられ、魂の抜けたような風情で、情けなく笑った。
「テマリには敵わないってば」
惚れた弱みとかそんなんじゃなくて。
男らしくて、格好よくて、ナルトなんて全然敵わなくて、いつも甘えてばかり、頼ってばかり、振り回されてばかり。
男としても恋人としても全然ダメで、なんだか負けてばかりで。
テマリの顔を見て、今度はちゃんと笑う。
ナルトよりもずっと強い眼差しを持つ、砂の忍。
ナルトの言葉を受けて、少女は満面の笑みを見せた。
ナルトの心を捕らえて放さない笑顔を。
その身勝手さに振り回されても
残酷な言葉を吐かれても
残忍な任務を行う様を見ても
血に濡れた姿を見ても
それでも
恐ろしいと思っても
腹立たしいと思っても
悔しいと思っても
それでも
魂に刻み込まれたように
好きなんだと、何度だって思い知らされるんだ
2008年1月27日