あいつを見かけた。

 俺じゃない男といるところ。

 一瞬で、血の気が引いた。

 大した事じゃないと言い聞かせるのに。

 目に焼きついて離れなかった。










『何度だって思い知る』









「奈良シカマル」

 フルネームの呼びかけに、やや眉を顰めつつ、手を軽く上げてそれに応じる。
 呼びかけてきたのは、金色の髪を持つ砂からの使者。
 シカマルの一足遅れで上忍になった少女だ。
 砂の使者の出迎え、及び砂との情報交換、中忍試験についての書類交換等等々…。
 仕事は不思議なほどに多く、自然と気分は地に落ちる。

「俺んちで良いか?」
「ああ、どこでも構わない」

 シンプルなやり取り。何が? とは聞かない。けれど通じる。
 木の葉と砂の近況を当たり障り無く話す。
 昔の上辺だけの同盟に比べれば、随分と親密になった木の葉と砂だが、それでも所詮は他国。

 他の里だ。

 いつまた敵対するとも限らず、深く関わりあうのは避けるのが常套。
 シカマルの家自体には忍術書ひとつ置いておらず、書物はシカマルや両親の蔵書が主となる。それらは木の葉の図書館に行けば見つかるようなポピュラーなもので、見られてまずいものはない。

 だから、シカマルはあっさりと家を仕事場として提供する。
 そのためのやり取りが、先ほどの主語の抜けた会話。
 会議室やなんかでは落ち着かない。
 多分それはテマリという少女も同じ。

 ふと、テマリは笑う。
 隣を歩くシカマルには気付かれぬ様。ひっそりと。
 歩幅を広げ、シカマルに追いつき、木の影、他者の死角に陥りやすい場所で足を止めた。つられるようにして、シカマルも足を止める。
 胡乱気に見上げてきた顔に、テマリは鮮やかに、にんまりと笑った。

「お前もなかなか面白いんだよな」
「…………はぁ?」

 悪戯に輝く女の顔に、シカマルは眉を潜めた。
 高い身長をかがんで、シカマルの目線にあわせると、その頭に手を乗せる。

「うわっ!」

 そのまま頭を乱暴に撫でられて、シカマルは思わず目を瞑った。
 そして次に目を開けたとき、視界の端に金色が写った。
 テマリのそれより、もっと色素の強い鮮やかなそれ。

「…何してんだ? ナルト」
「…別に」

 別に、というような顔じゃない。
 ナルトは不機嫌な顔で視線をシカマルから逸らしている。
 テマリはいつの間にかナルトの後ろにいた。
 目を瞑った一瞬で何が起こったというのだろうか?

「んだよ。めんどくせーな…」
「うっせーってば! それよりっ! 俺ってばテマリのねーちゃんに用があるんだってばよ!」
「はぁ? じゃあとっとと行けよ」

 心底不思議そーにして、とっとと行け、と目で促すシカマルをナルトは一瞬睨みつけて。

「行くってばよ!! テマリっ!!」

 強引にその腕を引っ張って走り出す。
 テマリはその強引さに唖然とし、けれどもシカマルに軽く手を振った。
 目で、また後で、と伝える。
 テマリは引きずられつつも、頷くことでそれに返した。

「めんどくせー」

 はぁ、と大きすぎるため息をついて、顔を上げる。
 ナルトの行動なんていつも突発的で意味が分からない。

 2人の去った方を見ていれば、ふと、一人の少女の姿が視界に入る。
 微かに眉を潜める。

 真っ黒な髪をした、はかない風体の少女。
 シカマルやナルトの同期。

「…ちっ。めんどくせー…」

 めんどくせーけど…。
 だが、放っておけない。

 そう思った。
 彼女が見ていたのは、たった今、黄色い頭をした2人組が消えた方向だったから。
 不機嫌に潜めた眉の皺をさらに深める。
 仕方ないよな。

 だから。
 この行為は可笑しくない。

「ヒナタ? 何してんの」

 シカマルの呼びかけに、少女は驚いたように顔を上げた。
 あらわになる、日向一族特有の真っ白な瞳。
 少女…日向ヒナタはシカマルを見ると、少しうつむいて指を組んだ。

「え…っと…散歩…? …シカマル君は…?」
「別になんも…」

 会話が途切れ、微妙な沈黙がその場を支配する。
 シカマルがちらりとヒナタの後ろを見て、実にめんどくさそーに言った。

「………別に気にすることねぇんじゃねーの?」
「うん…」

 少女は何が? とは聞かなかった。
 少女の視線は俯いたままで、シカマルは視線をさ迷わした。
 言葉が見つからない。
 どれもこれも今使うには可笑しいように感じる。
 頭をかきむしりたい様な焦燥に駆られ、シカマルは思わず舌打ちをする。
 その音に、びくり―――と少女の身が震えた。

「あ…。わり」

 しまった。
 今のはどう考えてもこっちが悪い。
 なんともいえない沈黙の中で、ヒナタがようやく顔をあげた。
 その瞳に涙の気配がないことに、ほっとする。

「仲…いいよね…ナルト君と…テマリさん…」
「―――!?」

 少女の台詞にも驚いたが、それ以上にシカマルは、ヒナタに浮かんだ表情に驚いた。
 柔らかい、温かな笑み。
 確かにそこには深い悲しみも存在するが、ただただ温かい。
 ヒナタの言わんとすることが分からなくて、シカマルはただヒナタを見つめた。
 その、強い視線に、ヒナタは我に返ったように、きょろきょろと視線を漂わせて、微かに頬を赤く染めた。

「あ…あの…」
「……場所代えるか?」

 なんとなく理解した。
 自分達は道の隅で話していたが、近くで何かあったのか、段々と人通りが多くなってきている。
 ちらちらと、視線が自分達に突き刺さっている。
 はたから見れば、どう見えたのか想像は堅くない。 
 めんどくせぇ、と呟いて、ほのかに高揚する気持ちを抑えた。
2008年1月12日