―――そして、少女は笑う。
ぼろくずとかした服を脱ぎ捨てて、白い肌を細い指先で撫ぜて、全身を確認する。
満月の光の下で、隙間無くうごめく蛇の中で少女は、実に楽しそうに笑っていた。
「綺麗な子だったわーとっても可愛らしくってー一途でー頑張り屋でー世界から愛されているようなー」
だから、食べちゃった。
くすくすと笑って続けた女を、サスケは殴った。
力の加減なんてしていない。華奢な女の身体は冗談みたいに吹っ飛んで、壁に叩きつけられる。激しい音がして、蛇のあやかしは咳き込む。それでも。
「けほっ……あは……婦女子、暴行ー? 警察沙汰ねー」
「―――っっ!!」
真っ白になった頭が、蛇の冷めた眼差しで冷静さを取り戻す。
人間の形をしている以上、人間の理に従うのか、あやかしの身体は普通に血も出るし、あざも出来る。痛覚も存在するというのが、研究で分かっている。
だから、この蛇のあやかしにもダメージはあるのだろう。それでも彼女に動揺はまるで見当たらない。それなのに、彼女の身体は、山中の娘の頬は、真っ赤に腫れ上がる。
理不尽に殺されて、理不尽に奪われて、それでも開放されないなんて。
殺した相手に、自分の身体を使われるなんて。
「………帰るぞ」
―――とんだ悲劇じゃないか。
今度は、蛇のあやかしも素直についてくる。
静かだった。
平素の蛇の様子を知るならば、それは異常事態とでも言うしかない静けさだった。
それでも、今のサスケには気にかける余裕なんて無かった。
だから、ただただ無言で家に向かう。
―――自分でも、意外なほどに怒りを感じていた。
きっと人間として根本的な嫌悪。
気持ちが悪い。
人間を食べる、だなんて口に出すのもおぞましい事を、この蛇のあやかしは平然としてしまうのだ。それは蛇にとってなんのこともない、自然な現象なのだろう。あの、兄のあやかしだった桜色の髪の少女もそうなのだろうか?
「―――っ」
なんて、胸糞悪い話。
「人間は不思議ねー。蛇を食べるのにその逆はありえちゃいけないなんて、ほんと、驕った生物だわー。人間ほど悪食な種族、あやかしにもいないっていうのに」
「うるさいっ」
「―――ねぇ、どうして、人間は泣くのかしらー?」
「知るか!」
うちはサスケの背中を、蛇のあやかしはぼんやりとした視界で追う。
(どうして、涙が出るのかしらー?)
悲しくなんか無い。
苦しくなんか無い。
辛くなんか無い。
サスケに殴られたところは痛いがそれだけだ。
大体、なんで殴られたのだろう。
あんな、感情的で直線的な攻撃、簡単によけれた。
その前の拘束だって簡単に抜けれた。
わけが分からない。
どうして自分は甘んじてサスケの攻撃を受けたのだろう。
どうしてわざわざサスケを怒らせるようなことを言ったのだろう。
別に黙っていれば、蛇の特性なんて分からなかったのに。
蛇の能力なんて知られなかったのに。
一生、私のお父さんが彼だなんて知られなかったはずなのに。
―――私の?
「意味が分からないわー」
山中の娘は、愛されていた。
両親から、友人から、仕事仲間から。
辛いことも悲しいことも苦しいことも、顔に出さずに抱えて頑張る子だった。
笑ったらみんなが笑ってくれた。
笑ったら辛いことも平気になった。
笑ったら元気になった。
だから、笑う。
娘は笑う。
「本当に意味が分からないわ」
ぼろぼろと泣きながら、女は、笑った。
初めて流れ落ちる涙と、身体のどこからか沸き起こる感情のようなものを、蛇のあやかしはただ受け入れた。
静かに。静かに。
蛇のあやかしが抱いたことのない、記憶でしかない感情が、今この瞬間、彼女の中に宿っていたことを、まだ、誰も知らない。
2011/12/18
前からしたいな、って思ってたブツです。
ちょっともう色々すいません的なね。
あやかしは所詮あやかし。
人間は所詮人間。
そんな感じのが書きたくて。ああ文章力が欲しい。
蛇さんについてはまだちょこちょこ書きたいことが残っているので、こんな方々なんですが、お付き合い頂けるとめっちゃうれしいですvv(長男さんともう1人の蛇のあやかしも出てませんしね)