そうして、山中と別れた。
 深々とため息をついて、サスケは肩を回した。はっきり言って、人との付き合いが上手くない上に、特に好きでもないサスケにとって、今日一日は相当のストレスだった。
 とくに最後の山中とのやりとりは疲れた。
 うちは家の直系として、サスケにもそれなりの立場というものがある。山中は、既にあやかしを抑える力を失ったとはいえ、あやかしに関わり、うちはを支援してくれる家だ。そして、彼はその家の当主なのだ。
 下手に機嫌を損ねるわけにもいかないというのに、蛇のあやかしはまったく空気を読まない。どれだけサスケがはらはらしていたことか。
 これでようやく帰れる、と蛇のあやかしを見ると、そいつは全く身動きせずに山中の後姿を追っていた。

「おい、帰るぞ」

 そういやお茶したいとか言ってたな。
 いや、行かないけど、とサスケはさっさときびすを返した。が、数メートル歩いても、後ろの気配が動かない。

「おいっ」
「―――…」
「―――いの?」

 数度目の呼びかけ。ようやく、女は動く。

「娘は帰ってこないわよー、絶対ねー」

 くすり、と笑い声。
 不意に、冷たいものがサスケの背に走った。
 嫌な感覚は何かを予感している。
 空気が急に冷え込んだ気がする。細い、細い、女の後姿。

「…どうして」
「食べたもの」
「―――っっ!!!」

 なんて、簡単に。
 なんて、あっさりと。

 ―――とんでもない発言を、コイツはするのか。

「…な…にを」
「ふふっ。言葉通りよー。蛇はねー、丸呑みした生物の全てをコピー出来るのよー。人間だって例外じゃないわー。髪も容姿もスタイルも声も能力も記憶も全て蛇のものになるの。だからーこの身体はあの人の大事な大事な娘のものよー」
「お前っっ!!!」

 一瞬で、離れた距離を詰めていた。
 サスケが伸ばした手は、さえぎられること無く蛇の胸倉を掴みあげる。
 ぎりぎりと締め付ける拘束に抵抗の一つもせず、蛇のあやかしは、ただ、笑った。

「あの人はねー、ほんっと親ばかでねー、娘は誰にもわたさーんなんて、言っちゃう類の人でねー、今時門限とかあって、でも甘くてね、娘の我がままにはなんでも張り切って答えちゃって、それで、お母さんに怒られるのよー」

 小さく、浅い呼吸を繰り返しながら、か細い声で、蛇は語る。
 サスケの目を見下ろして。わずかに震える手は下がったまま。
 
「…なに、言って」
「それで娘はねー、そんなお父さんとお母さんが大好きだったのよー。だから、彼女の最後の言葉はー」
「やめろっっ!!!!!!!!」
「『―――助けて、お父さん。お母さん』」

 満月の明るい夜。
 追いかけてくる沢山の蛇。
 一匹が足に絡みつく。
 転んだ瞬間に他の蛇が体中に飛びついて。
 全身の動きを奪われる。
 手にも足にも指にも首にも胴にも髪にも蛇が絡み付いて、うごめいて、口の中にも蛇が無理やり入ってきて息も何も出来なくなって。
 冷たいうろこがじゃりじゃりざりざり

 なに、なんで

 どうなって  やだ

 きもち悪い こわい、いや、いやだ

 助け、こわ

 怖いよ、怖いよ

かーわいいー


 助けて、助けて たすけ、やだ、いや、嫌嫌嫌




 痛いよ、

 怖い やだよ

 こわい こわ


―――じゃりじゃり


 い 助けて 助け



―――がりがり


 て お願い

 お願い


 助けて


 たすけて


 助けt



おやすみなさーい





 たsけ  て


 お父さん


 お母さん









2011/12/18