『拒絶』





 うれしかった。
 涙が出た。
 不器用に慰めてくれる彼に、自分も好きだと伝えたかった。
 でも…それは出来ない相談で。

 うれしくてうれしくてうれしいのに
 搾り出した言葉は


 ―――ごめんなさい


 ただそれだけをずっと
 ずっと唱えていた。


 だって、この少女の存在は私の殻で
 私であって私ではない。
 私の本当の姿を知ったら、彼はきっと傷つく。
 傷ついて…そして、私のことなんて嫌いになる。

 …嫌いになって欲しい。


 好きです。


 貴方のおかげで私はここにいる。
 だけど


 ―――ごめんなさい


 涙が止まらなかった。












「ヒナタっ!!!!あんたナルトの告白断ったって本当なのーっ!?」

 黒髪の少女の小さな後姿を見つけた瞬間、いのは思わず叫んでいた。
 少女は戸惑うように、目をしばたかせる。

「あ…いのちゃん…」
「どうなのよ!?」
「うん…本当だよ…?」
「な、何でー!?どうしてよ!!あんたナルトのこと好きなんでしょ!?」
「うん。好きだよ…」

 と、そこで…ふわりとこちらまで幸せになるような、とろけるような笑みをヒナタは浮かべる。
 それだけで、ヒナタがどれだけナルトのことを好きなのか伺える。

「じゃあ…どうしてよ…」
「だって……私は…ナルト君に…ふさわしくないから…」

 だって、この手は血に染まっている。
 あの真っ白な手に包まれていいものじゃない。
 自分が汚していいようなものじゃない―――。
 もちろん、いのはそんな意味では捉えない。

「なんでそんなこと言うのよ―。ヒナタは自分にもっと自信持ちなさいよねー!!」
「…うん…ありがとういのちゃん…」

 可愛らしい笑みを浮かべたヒナタだったが、結局いのの「OKしろ!!」と言う言葉にうなずくことはなかった。







「シーカーマール〜〜〜〜〜……」
「うわっ…なんだよナルト…気味わりーな」

 木の下で読書中だったシカマルの横に、突然現われたナルトはひどく元気がなくて、シカマルはいつも以上に眉間にしわを寄せた。
 ナルトは一度視線をさ迷わせて、うつむく。
 ますますもってナルトらしくない。

「オレさ…オレってばさ…ふられちまったってばよ…」
「………………………………誰に?」
「ヒナタにだってばよ…」
「はぁ!?ウソだろ?ありえねー」

 思わず口をついた言葉に、ナルトがますますもって落ち込む。

「ふられたんだってばよ―――」
「マジかよ…」

 どう見てもヒナタはナルトが好きなのに間違いはない。
 誰が見たってそう思うだろう。
 様々な人に鈍いとか朴念仁とか、ひたすら言われ続けているシカマルでさえそう思った。

 それがふられる?
 ありえない。
 だけどそれが事実。
 沈み続けるナルトを元気付ける術もなく…シカマルはただそれを見守った。





 任務があった。
 下忍ルーキーの3班合同任務。
 内容は広大な土地の草むしりと農作物の収穫。
 その土地の広さ故に3班が集った。

「ねぇヒナタ!! いい加減OKしなさいよ!!!」
「いのちゃん…」

 久しぶりに会った少女はヒナタを見るなり、人のいないところへ引きずり込んだ。
 完璧に任務そっちのけである。

(いいけどね。でもしつこい)
 
 内心苦々しく思いつつも、いのに向かって首を振る。
 ヒナタには何故いのがここまで言うのか分からない。
 いらいらする。
 OK出来るもんならしたい。
 出来ないから我慢しているのだ。
 それなのに、いのはいつもいつも会うたびにそのことを責める。

(うざい)

 何も知らないくせに。

(殺してしまおうか)

 それはとても簡単。
 楽で、一瞬で終わる作業。

(でも…それは)

 とても意味のないこと。
 悪いのは殻をもつ自分。
 責めるなら2つの顔をもつ自分。

 いのは何も知らない。
 何も知らないから、ヒナタが何故OKしないか分からないだけ。
 ずっとヒナタはナルトが好きだって、態度に表していて…それで、ずっとサクラを好きだって言っていたナルトが、それに振り向いて。
 それならひっつくのが当然。
 誰もが当たり前のように、そう思っていた。

 でも誰も知らない。
 ヒナタが最初から、ナルトに好きになってもらうつもりなどなかったことを。
 見ているだけでいい。
 それなら、彼が傷つくことも何もない。

 だから、曖昧な態度をとって、ナルトをいらいらさせてきたつもりだった。 
 それでも、ナルトの声を聞くと嬉しくて、自分を見てもらえると幸せで…殻の演技なのだからと、自分を偽り続けてきた。

 殻は殻。

 演技だからといって手を抜くことはできない。
 そう…思って
 思ってきたのに。

(サクラとくっつけば…よかったのに)

 そうすれば、ずっと見ているだけでいられる。
 幸せになる貴方を歓迎できる。
 胸に走る痛みは仕様がないけど。


「あっナルトーーーー!!」


 その…いのの声に、ヒナタはびくっ―――と震えて、思わず走り出していた。
 今、ナルトの顔を見てはいけない。
 本能的にそう悟った。


「…っヒナタっっ!!」


 だから逃げる。
 けれど追いかけてくる気配。
 そしてその声。


    ―――怖いっ!!!


 どれだけ強い敵と戦っても。
 誰かが死んだ時も。 
 死に直面した時も。
 けして怖いと思ったことのないヒナタが、今、心から怖いと思う。

 殻が
 12年間守り続けた殻に、ひびが入ろうとしていた。
 一目散に逃げたヒナタには、何一つまともに映ってはいなかった。



 何故―――?

 何故引き離せないの―――?

 殻の姿とはいえ…結構な速度で走っているはずなのに―――っ!!!



 焦りが―――そして恐怖が、ヒナタの精神を侵す。



「ヒナタ―――!!!!」



 声と共に、ナルトの手がヒナタの腕を掴む。
 流れ込む。
 ナルトの思いが。
 あまりに強いその思いがヒナタの力を解放する。

 流れ来たもの。
 昔一度だけ見た。
 ナルト―――という存在。

 力。

 九尾。
 
 火影への思い。

 里人への憎しみ。

 安らぎ。

 仲間。



    ―――私。



「い…いや…は…離してぇっ!!!」


 膨大な思い。
 交錯する感情。
 入り乱れるそれらがヒナタの頭を駆け巡り、思わずナルトを突き飛ばず。

 かちかちと歯が鳴る。
 頭を両手で抱え込んだ。

「ヒナタ!!!」

 見てしまった。
 感じてしまった。

 ナルトを。
 ナルトという強烈な個を―――。

 そしてナルトの抱く…強い強い



    自分への想いを―――



 やめて―――
 ヒナタは願った。

 お願い。
 私を想わないで―――。
 私を見ないで―――。

 私はナルト君の見ているほどきれいな人間じゃない。

 汚くて、ずるくて、醜い―――。
 血に汚れることを厭わず―――。
 人を殺すのなんてなんとも思っていない―――。

「お願い……私を…見ないで…触れないで…考えないで…」

 それは完璧な拒絶―――。

 ナルトは顔を歪める。
 何故―――?と呟いた。
 それはいつもナルトが与えられてきたもの。

 だけど彼女だけは違うと思っていた。
 冷たい視線じゃなくて、彼女の目はいつも穏やかだった。
 だから。

 だから彼女を想うことが出来たのに―――。

 呆然と立ちすくむ少年の前で、少女は自由を求めて地を蹴った。
 下忍にありえない動き。目で追えない速さ。
 少年の目には追えず、だが少年はそれを疑問に思うゆとりもない。

 ―――ごめんなさい

 かすかに―――そう聞こえた気がした。



「…どうして…?ヒナタ…」



 その答えを知るものはここにはいない。



「……なん…なんだってばよ…」



 まぶたの裏に焼きついた少女の姿。



「……ちっくしょぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」



 少女は拒絶と困惑と

 そして絶望を浮かべていた。




 少年の慟哭が空疎に響き渡った。
2005年3月11日。
カカシがヒナタの正体知りました。