それは―――。

 真っ暗闇。

 何も、ない。

 ただの虚無。


 涙が零れた。

 ―――うずまきナルトの涙だ。







 はっ、として、身体を起こした。
 暑い。
 身体中が心臓になってしまったかのように、だくだくと脈打っている。
 うるさいほどに高鳴る鼓動を抑えて、深呼吸を繰り返す。

「ヒナタ!?」 

 開けた、というよりは、蹴破った、という勢いでイタチが飛び込んできた。
 これだけ騒々しい登場であるのにそれ以前は全く気配を感じなかったので、矢張りさすがといったところであろう。
 続いて、火影が顔を出した。

「イタチ兄さん…火影様…」

 ぼんやりと出した声に、イタチが安心したかのように息をついて、火影が柔らかな笑みを漏らした。
 未だぼんやりとした頭で必死に考える。

 何をしていた?
 何を考えていた?
 何を感じた?

 久しぶりの力の暴走に、頭の中が付いていってなかった。
 そしてあの強烈な存在。

「う、ずまき…ナルト」

 真っ暗で、けれども眩しくて、とても強くて…あまりにも強い真っ直ぐな感情に引きずられた。
 自分と彼の境界線が曖昧になるほどに、ヒナタはナルトを見てしまっていた。
 ナルト自身の感情をヒナタ自身の感情だと錯覚してしまう程に。

 一歩間違えれば、己の精神が彼に取り込まれかねなかった。

「そ…か。だから…イタチ兄さん、駄目って」

 彼の存在はあまりにも強烈。 
 イタチやヒナタのような力を持つ人間には、あまりにも強力すぎるのだ。
 相手の感情そのものを取り込んでしまうほど強烈な意思。
 彼の前ではどんなに強固な心も崩れ去ってしまうほど。
 ヒナタの言葉にイタチは理解して、瞳を和ませる。

「ナルトを見たんだな…」
「…うん」

 イタチを見上げて、未だ強張った表情で頷く。

「それで…どう、思った?」
「……強い。とても強い」
「………」
「そして、脆い」
「ああ。そうだな…」

 それはイタチも知っている。
 かつて、イタチを囲う封印をやすやすと取り払って、彼の意識はナルトの中へ引きずり込まれた。現在は封印を幾重にも重ね、なんとか保っているような状態だ。
 うずまきナルトという存在は、強大なる闇の中で、自分だけが光を放って生きている。

「凄く…綺麗だった」

 ぽつり、と零した少女の言葉は、未だ呆然とした状態。
 一度、ナルトの中に取り込まれかけたのだ。
 恐らくその頭の中は自分の記憶とナルトの記憶で混乱している事だろう。

「ヒナタ、大丈夫か…?」

 イタチの声に、ヒナタは頷くが、思考は未だナルトの記憶の渦をさ迷っていた。
 それがイタチにも分かったのだろう。
 彼は笑って、ヒナタの肩を押して布団の中へ戻した。

 同時に、火影が印を切った。
 ひどく、簡単な印を。
 油断、というよりは警戒もしていなかったヒナタは、あっさりと火影の術に掛かる。

「おやすみ。ヒナタ」

 イタチの言葉を最後に、また、ヒナタは眠りに付いた。



 今度の眠りは深かった。
 火影の術による眠りは、ヒナタの体力を、精神を回復させる。
 ゆるゆると眠る少女を2人の男が優しく見守っていた。





「火影様」

 澄んだ声で呼びかけた少女に、柔和に目を細めて振り向いた火影は、おや?と、首を傾げた。
 少女はいつものように冷たく冷淡な無表情をしていたが、今の火影はその下の感情が分かる。
 "日向の娘"としての演技を捨てたヒナタは、無表情の中、その瞳はただ暗く、全てを諦めたような瞳をしていた。

 火影とイタチに会って、ヒナタの周囲にあった壁は少しずつ瓦解して、彼女は大分人間らしくなった。
 力を求めることは止めなかったが、ほんの少しの笑みと、心の余裕を取り戻していた。

 それでも―――…だ。

 それでも彼女に深遠の闇はあった。
 闇を多く抱えてきた彼女にとってそれは当たり前だったに違いない。
 微笑の中にすら消えることのなかった彼女の闇。
 今もまさにその暗き闇を持つ。

 けれど。

「身体はもう大丈夫かの?ヒナタ」
「はい」

 そう頷くヒナタは、これまでにはなかった、闇と同じか、それ以上に強い光を併せ持っていた。
 見違えるほどに強い視線で、火影を射抜く。

「火影様に、お願いがあります」
「何、かの?」

 一瞬だけ、迷うように、言葉を選ぶように少女は目を伏せた。
 だが、次に火影を射抜いた光は、闇を打ち消してしまうほど強く。

「私を暗部に入れてください」
「…なぜじゃ」
「今の、今の力では足りないのです。私はもっと強くありたい。何事にも、誰にも負けることのない力を手に入れたい」
「お主は…すでに上忍並み力と、誰よりも強い観察力を持つ。それでは不満か」

 火影の顔は真剣だった。
 孫に向けるような優しい視線ではなく、一人の、対等な人間に向ける眼差し。
 ヒナタは迷わなかった。

「不満です」
「その理由を聞いても?」
「…私は、初めて人を守りたいと思いました。これまで抱いたものとは、違う…そんな思いを抱きました」

 数少ない自分の愛するものたち。
 父と妹、それにネジ兄さん。
 彼らを確かに守りたいとは思った。

 けれど。

「初めて自分を差し置いてでも、彼に向けられる憎悪を、理不尽な暴力を、遠ざけたいと思いました。全てを己の身で引き受けてでも、彼の闇を減らしたいと思いました」

 それまでは、矢張り自分の身が大事だった。
 自分があって、守りたいものがあった。
 だが、初めて、初めて自分を捨ててでも彼を守りたいと思ったのだ。

 自分なんてなくても構わない。
 自分の全ての人生を投げ出そうと構わない。
 ただ一人の人間が幸せであればいい。

「その為には、まず、力を」

 彼に向けられる闇は半端なものではない。
 日向の闇と同等か、あるいはそれ以上に強い。
 自分にはあれに耐えられるだけの力と、跳ね除けるだけの力はない。
 だから、望む。

「力を望みます」

 きっぱりと言い切った少女は、まるであらゆる汚濁を消し飛ばしてしまうような紅蓮の炎。
 僅かに、火影は瞠目した。
 ここに来た時の様子と比べ、まるで別人だった。

「…イタチは、なんと」
「―――己の意思に従え、と」
「そうか…」

 火影は瞳を閉じて瞼を押さえる。
 少女は、分かっているだろう。
 暗部という木の葉の闇を。
 そこに所属するものたちの苦痛を。

 少女は、暗黒を知りながらそれを求める。

「後悔は、せぬな?」
「勿論」
「よかろう。しばしはイタチとともにあれ。暗部装束は後に届ける。名は、決めておけ」
「ありがとうございます」

 少女は、ほっとしたように、微笑を見せた。
 これまでとは違う、眩しいほどに真っ直ぐな、その笑みを。





 その少女は、イタチに向かって真っ直ぐに言った。


 ―――ねぇ、イタチ兄さん。
 ―――壊れることなんて出来なかったの。
 ―――壊れてしまえたらどんなに楽だろう?と、たくさん考えた。

 ―――でも、ね。イタチ兄さん。
 ―――私は出会ってしまったの。

 ―――私の全てを使っても守りたい存在に―――。
 ―――だから、強くなります。


 真っ直ぐに、真っ直ぐに。
 だからイタチは頷いた。


 ―――己の意思に従え。







 やがて、うちはイタチが破格の年齢で暗部部隊長となり、各国の手配書にに名を載せる。
 そこに記される内容は―――。






うちはイタチ  危険度SS
所属: 木の葉隠れ
 外見的特徴: 黒髪 黒目 細身
特殊能力: 血継限界『写輪眼』
戦闘能力: 刀術を好み、火遁を操る。幻術にも通じており、短・遠距離のどちらもこなす。目立った弱点はないが、写輪眼が瞳術である以上その眼を見るのは非常に危険である。
備考: 『葉月』と呼ばれる暗部と行動を共にする。

  追記…情報の入り次第葉月のリストを作成。
     危険度およそSと考えられるが、未だ未明。







005年7月23日
 ヒナタが葉月になるまで。
 ちなみに最後に出てきたヒナタの言葉の中5行が、これまでのタイトルバーの文です。

 結構長くなりましたが、読んでいただきありがとうございます。