ぼろりと、涙がこぼれた。
それが、最初。
次々と、とどまることなく涙がこぼれた。
その感情をなんというのだろう。
口を押さえようとして、適わなかった。
代わりに、ナルトの身体に強く顔を押し付ける。
―――幸せに。
そんな声が、聞こえた気がした。
もう、何も言えなかった。
もう、何も出来なかった。
ナルトの腕はあまりにも温かくて。
自分よりも小さいはずなのに、懐は広く、大きかった。
昔々、泣きじゃくる自分の頭を撫でてくれた手の平のぬくもり。
温かくて、ひどく嬉しくて、安心できる温度。
ゆるゆると細めた両の目はとても優しい色。
「火影……さまっ!」
貴方を敬愛していた。尊敬していた。
誰よりも強く。
誰よりも深く。
そう…。
まるで本当の父親のように…。
―――父親以上に愛していた。
(ヒナタ…お主は……わしの自慢の孫じゃ……幸せに…なりな…さい…)
貴方が居てこその幸せでしょう―――?
「ヒナタ?」
不意に、ずしりと体重がかかったのを感じて、慌てて両腕に力を込める。ぐったりと、少女の体は力なくたれていた。
それに驚いて、少女の顔を覗き込むと、既に深い眠りの中にいるのだと知れた。血に汚れた頬に、幾筋も残る涙の後。この血は、他者の血であるのだろう。砂か、音の忍の血。彼女は強いから。そう、火影に聞いているから。だから、きっと。彼女は木の葉を守り、傷つき、戦ったに違いないのだ。
「どうして…だってばよ…」
震える声音で、搾り出す。
「どうして…」
どうして彼女だけがこんなにも傷ついて苦しまなければならないのだ。
誰にも知られることなく。
たった、1人。
戦って、傷ついて、けれども彼女を癒す人はもういなくて。
傷のついたまま、それでもずっと戦い続けて。
「ヒナ…タ…ごめん。…気付けなくて…知らなくて…」
時折垣間見せる寂しそうな表情とか、苦しそうな横顔は気になっていたのに。
何一つナルトは気付かず、火影に真実をさらされるまで、知ろうとも、気付こうともしなかった。
好きだと思った。
守りたいと思った。
―――自分には、それをするだけの強さも、資格もなかったのに―――
自分の腕の中に納まる彼女の体はあまりにも小さかった。身長はほとんど変わらない。けれど、ひどく柔らかくて、頼りなくて、、ほんの少し力を入れてしまえば壊れてしまいそう。
こんなに小さな体で、たった1人、血の中を歩み、戦ってきたというのだ。
「……俺ってば、馬鹿だし…ヒナタがどんだけ苦しんできたのか、全然分かんないってば…」
想像することはできるけど、それはただの想像でしかないから。彼女の辛さは、彼女しか知らない。下手な同情はしたくない。…自分だって、されたくない。安易な同情で自分の生きてきた全てに触れて欲しくはない。
「けど…一緒にいるから…これからはずっと、ヒナタの傍にいるから…」
だから。
少しでも良い。
例えば、彼女が凄く苦しんでいたのなら、その苦しみを俺にください。
例えば、彼女が傷を負ったのなら、その傷を俺に癒させてください。
そんなことしか出来ないけれど。
「なぁ、ヒナタ…。好きだってば…。だから、もう…そんなに背負わないで」
聞こえている筈はないのだけど。
小さく、ヒナタの唇が笑った気がした。
2006年12月16日
軽く中途半端ですが、『失ったもの』終了です。
ナルトとヒナタの関係もひと段落です。
後2〜3話でシリーズ完結になると思います。
長くなりそうな予感をひしひしと感じていますが…。