ヒナタは森の中にいた。
深い深い森の中。
ナルトが額宛を手に入れた森。
そこに、ただ佇む。
暗部の面を自分の方を向けて、目の前に掲げて。
身動き一つせず。
そして、
彼女の体からおびただしいチャクラがあふれ出す。
「―――っ!!」
森が彼女のチャクラに呼応するようにざわめき、風が舞う。
激しい怒り。
そして憎悪。
それは誰に対してでもない…ヒナタ自身に向けられるもの。
葉月―――それは暗部最強の名。裏の火影 黒の死神。
様々な名をその身に冠した者―――
だが
「―――役立たず」
ヒナタは己のもう一つの名を罵った。
怨念すら感じるほど低く…冷たく。
パシ―――
と、チャクラに耐えられず面に亀裂が入る。
白に銀を凝らした狐の面。今は赤くにごっている。
―――面はどんなのがいいかのう?
―――狐がいいですね。
かつて交わした会話。
この狐の面すら火影との思い出の一つ。
手が震えた。
「―――っ」
チャクラがヒナタを覆う。
ひどく攻撃的なチャクラ―――
ヒナタを纏い、血を流す。
それを認め、ヒナタは冷たく嘲笑った。
火影とイタチだけが自分を知っていた。
知った上で―――このおぞましい力を知った上で…
―――孫だ…と。
確かに彼は愛情を注いでくれていたのだ。
「―――ヒナタ!!!!!!」
聞こえるはずのない声が聞こえた。
葉月にとってもう一つの大事なもの。
すべてをかけて守りたいと思ったもの。
一瞬だけ頭が真っ白になった。
なんでここに?とか
なんで驚いてないの?とか
なんで確信してるの?とか
浮かんでは消えた。
次いで…恐怖が身体をすり抜けた。
見られた―――?
いや
知られて…しまった…?
逃げよう―――そう思う…のに…。
身体は全く動こうとはしなかった…。
まるで足に根が生えてしまったかのように…。
身体が硬直し、何一つまともに動こうとはしない…。
チャクラが回る。
くるくると
くるくると
ヒナタの周囲を纏うチャクラはヒナタの身体に傷を負わせ続ける。
「―――ヒナタっっ!!!!!!!!!!」
チャクラの流れが…とだ…え…た…?
嫌な予感とともにヒナタが振り返ると…
ナルトが笑った。
―――目の前で…
どうやって、あのチャクラの渦を乗り越えてきたのか―――。
血をいたるところ流して…それでもナルトはそこに居た―――。
「な……る…とくん…?」
どうして?
どうして?
どうして?
なんでいるの?
見たのでしょう?この渦巻くチャクラを。
見ているでしょう?私の纏う黒衣を。
見えているでしょう?私の持つ狐の面を。
そして…
分かるでしょう?
私の本当の…醜い姿が…。
戸惑うとか…そういうものより先に、ヒナタの瞳に浮かんでいたものは深い虚無。
全てを飲み込み、奪いつくしてしまうような…深い深い暗闇。
―――奪いたいのなら奪えばいい。
そう…思った。
自分の何が奪われようと
自分が何を失おうと
それでも…彼女が欲しいのだ―――と。
「やっと―――会えたってばよ…」
それは不可解な言葉。
ドウイウイミ?
「ごめん…ヒナタ…オレ…知ってたんだってばよ…」
シッテイタ?
何を?
空っぽの瞳は、まるでナルトすら拒否しているようで…。
それでもナルトはその瞳から、視線を外さない。
外してはいけない。
「ヒナタに振られた後…じっちゃんに…ヒナタが本当は有名な暗部なんだってこと…教えられた…」
空っぽの瞳が動いた。
「…うそ…」
呆然と。
信じられないといった風に。
…感情が灯る。
ナルトはその瞳を強く強く覗き込む。
「めちゃくちゃ怖かったしびびったってば…。けど…だからってヒナタを嫌いになるなんてできないってばよ!ヒナタはヒナタなんだろ!?今のヒナタに…オレ…もう一回言うってばよ…?」
頭がうまく働いてくれない。
彼は何を言っているの?
「好きだ…っってば」
…何…を…?
この私…が?
堰を切ったかのように…ヒナタの感情があふれ出す。
どうしてこの人は、そんなことを言うの…?
無理だよ…。
私なんかにはふさわしくない。
ナルト君は綺麗で私は汚い。
けれど似ている。
似ているからこそ彼を染めてしまう。
そんなのは嫌だ。
くしゃりとヒナタの顔が歪む。
まるで今にも泣き出しそうに。
「やめて…やめてよ…なんで?何でそんな事言うの?ねぇ?やめてよ…」
弱弱しく、身体を震わせる少女にナルトは顔をゆがめて、少女の細い細い身体を抱きしめた。
強く強く。
彼女の全てを飲み込むように。
そこにいたのは小さな小さな少女。
誰よりも強く、誰よりも儚い…そんな少女。
心から―――愛しいと思う―――。
身を強張らした少女の耳元で、低く低く、ナルトは呟く。
「大丈夫」
びくり、と、少女の身が震えた。
「大丈夫」
ゆっくりと、自分にも言い聞かせるかのように、ヒナタの耳元でナルトは囁く。
「ヒナタ」
「ヒナタ」
「大丈夫」
「大丈夫だから」
子供に言い聞かせるように、何度も、何度も繰り返す。
それしか、出来ない。
たくさん悩んだ。
ナルトの人生の中で、一番と言っていいほど悩んで、考えて、苦しんで、こうしてここにいる。
何回考えても、何度迷っても、結局答えは1つしかなかった。
どれだけ彼女が自分が知る彼女でなくても、やはり、自分は彼女が好きなのだと。
だから。
「好きだ」
ただ、言葉をつむぎ続ける。
何かが、壊れた。