『人と忍と化け物』






 ―――ヒナタは、鋭く息を呑んだ。

 それは、下忍や上忍らが知らぬ間に他国の忍に囲まれていた事に対してではない。
 力の差を感じ取りながらも、決して膝を屈したりしない下忍に対してではない。
 上忍が戦っても勝てぬほどの相手である事に対してではない。

 その全てではない唯一つのことに対してヒナタはふるりと背を揺らし、それはまるで怯えによる生理的現象のように、他者には写った。
 敏感にそれを感じ取った仲間たちが、安心させるようにヒナタの前にてクナイを構える。

 けれど。

 けれど―――。


 ―――そんなんじゃ、なくて。


 ヒナタは震えを隠す事が出来ない両腕を組み合わせ、誰の目にも終えぬほどの一瞬で印を切った。そしてそれは術となりて周囲へ向かう。
 向かった先は同期の仲間であり、その上司の上忍。
 ヒナタの放った術によって彼らの意識はそんな場合ではないにも関わらず、ふわりと遠のき―――




    パチン




 簡単に、弾かれた。

「―――っっ!!!!!!!」
「何…今の…」

 ヒナタは、震えた。
 全身を立っていられないほどにがくがくと揺らし、両腕で自身を抱きかかえる。
 何かから逃れるように。
 自分を守るように、して。

 木の葉の忍全員を襲ったヒナタの術はあっさりと破られた。
 それは誰も気付かない間での攻防。

 自分に起こった事に対しての理解が出来ず、一瞬だけ棒立ちになった彼らのすきまを縫うようにして…その声は落とされた。

 あまりにも簡単に。
 ひどく、明瞭に。



「違うでしょ、ヒナタ」



 低い声は、決して大きい声でないにも関わらずよく響き、あますところなく全員の耳へと届く。
 ヒナタの瞳が大きく見開かれ…動揺に、震えた。

 動きが急に止まり、無防備となった彼らを訝しげに思いながらも、チャンスと捉えたか、他国の忍は次々と身構え術を唱え、それぞれ襲い掛かる。

 それなのに。

「ちょっと、黙っててね」

 なんとも力が抜けるような、やる気のない声がその動き止めた。
 それは彼ら自身の意思では決して、なく。
 いつ組まれたのか、いつ発動したのか、誰もが声の主に注目していたにも関わらず、分からなかった。ただ、組み終わった印が、彼が何らかの術を使って他国の忍たちを足止めしたのだと、そう知らせるだけ。
 既に発動していた術すらも、木の葉の人間に届く前に消えうせる。

「か…カシ? あんた、一体何を…」
「なんの、冗談だこりゃあ」

 同僚の言葉に、声の主であるはたけカカシは笑った。
 笑ったのだろう。その口元はマスクに覆われて分かりにくい。
 けれども、その瞳はひどく冷めていて、氷のように鋭く輝く。見ているだけで全身が凍り付いてしまうような、冷め切った眼差し。

 そのあまりに鋭い視線は、唯一人のみに注がれる。
 もう一度、カカシは繰り返す。

「違うでしょ、ヒナタ」

 びくり、とヒナタの身体が跳ねたのを誰もが見ていた。
 身を守るようにして胸の前で組まれた両腕ははっきりと震え、その顔は誰が見ても分かるほどに青ざめていた。
 下忍と上忍の視線を一身に浴びて、少女は怯えたように後ずさる。
 いつも俯いてばかりの少女は、今にも泣きそうな瞳でカカシを見ていた。限界まで見開いた瞳は少女の感情を写すようにして震えている。
 それでも少女はカカシから視線を逸らさなかった。

 ―――否、逸らすことが出来ないのだ。

 視線を逸らしてしまえば、なんとか保っているこの均衡を失い、気を失ってしまう。
 あまりの緊張にヒナタは息も出来ず、その額を冷たい汗が何度も流れた。

 カカシはゆっくりとした動作で、ヒナタに向かって足を進める。

 この、明らかに異常な光景に、誰も口を挟めなかった。
 しん―――、と静まり返った空間。何故かひどく呼吸が詰まって、言葉が口の中で凍りつく。
 それはカカシのかもし出す独特の空気の所為なのか。
 殺気とは別の、ただただ冷たい空気が、全てを押さえつけるように、その空間を支配していた。

 この空間で、今、動いていいのはカカシのみ。
 それを許されているのはヒナタのみ。

 とうとう少女の目前までたどり着いた男は、何の感情も写さない瞳で自分よりも遥かに身長の低い相手を見下ろした。

「違うでしょ? 指示したのは、そうじゃないでしょ?」
「あ……ぁ…っ! で、でも…………!」
「でも?」
「…ぃ、いま………は…!」
「ヒナタ」

 名前を、呼んだだけ。
 それだけで、ヒナタの精一杯のか細い言葉は全て消えた。
 その青ざめた唇は、もう震えるばかり。
 限界まで見開いた真白い瞳に、銀色の髪の男が写りこむ。

 いつ、左目を覆う額あてをはずしたというのか。
 常に眠たそうに見える、その両の瞳。
 赤い光と、青い光がヒナタを貫いた。
 ぞくり、と頭のてっぺんから足のつま先まで痺れが走り抜けて、ただただその瞳を見返す。

「ねぇ」

 低く 低く 鋭く研ぎ澄まされた刃は 殊更重く

「ヒナタ」

 少女の全てを押しつぶして 真っ黒に染めてしまうように

「ここは」




「―――どこ?」






 世界はただ、真っ黒に―――








 流れる。
 足に跳ねる。
 鉄錆の匂い。
 張り付くような嫌な粘液。
 赤い赤い赤い赤い。

 ずしり。

 手に加わる重み。
 持っているのはよくよく研ぎ澄まされた刃。
 切断。
 悲鳴。
 獲物。
 壊して、ちぎる。
 壊して、ちぎる。
 壊して、壊して、壊して、壊して、壊して、壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して壊して


 まっしろになる




 ―――ココハ ドコ?




「さぁ、任務だよヒナタ」




 抱きすくめられる。
 血の香りとは違う匂い。
 麻薬のように甘く、深く、落ちていく。
 どこまでも、どこまでも。

 ああそうか。


「…はい、先生」


 ―――ここは、戦場だ。





 息を呑む音が幾つも重なった。

 少女はまっすぐに顔を上げる。
 すぅ、と背筋を伸ばし、ガラス玉のような真白い瞳は鋭く細められ…常のヒナタが絶対に浮かべないような、冷たい色を浮かべた。
 肩から余分な力が抜けて、あれだけ震えていたはずの身体は、完全に緊張を失う。
 見るからに力の抜けた両腕を、ゆるやかに広げる。

 そこにいたのは、同期の下忍もその師である上忍も…誰も知らない少女。
 落ち零れと罵られながらも決して諦めない、穏やかで心優しい日向家の長女はもうどこにもいない。
 そこにいるのは冷たい瞳をした少女だけ。

 カカシは少女の変貌に冷たく冷たく笑って、指を小さく鳴らした。
 他国の忍へとかけられていた術が解かれ、彼らは自由を取り戻す。状況を把握するように視線をそれぞれ交わし合い―――

 …その、次の瞬間だった。

 確かに何も持っていなかったはずの少女の手に、よく研ぎ澄まされたクナイが幾つも幾つも現れる。
 それはほんの一瞬のこと。
 見えた、と思えば、既にそのクナイは姿を消していた。
 そして、10を越える他国の忍たちがバタバタと崩れ落ちる。

「…は?」

 ぽかん、として、急に倒れた仲間を、彼らは見つめた。
 何故か、頭からクナイの切っ先が生えていた。

 遅れて血が吹き出し、ようやく事態を理解する。

「っつ!!」
「なにっっ」
「一体…これは…!!!!!」

 混乱する忍達のさなか、クナイを放った張本人である少女は既にそこにいなかった。
 わけの分からないままに警戒を強め、意識を目に見えぬ存在へと向ける。探るように意識を拡大して、探索系の術が使えるものはそれを駆使して、体勢を整え…武器を構え…。

 けれどそれは。

 あまりにも

 あまりにも

 ―――意味のない事だった。


 壊す。
 壊す。
 壊す。
 刀で貫いて、心臓を止める。

 現れて消え、現れて消え。

 次へ
   次へ
     次へ。

 一人、また2人と音もなく忍達は倒れていく。何が自身の身におこったのか、まるで理解しないままに。

 上忍は、必死にヒナタの動きを追っていた。食い入るように視線を送り、その姿を視界になんとか納めようとする。

 現れた直後に確実に急所を貫き、また消える。
 単純に、それだけの動作。
 それだけが、あまりにも早く、他国の忍達は、まるで何が起こっているのか理解できず、理解できないからこそ、得体の知れぬ恐怖に慄いた。

 知らず足が竦み、その動作は鈍る。
 それは戦場においてあってはならない事。
 ほんの一瞬の隙すら致命傷へと変わる空間での、決して行ってはならない行動。 

「あーあ。愚かだねぇ」

 そう、だから。
 あまりにも簡単にその命は費える。

 カカシは目の前でしぶいた血を浴びないよう、身体をずらし、傾いてきた死体を蹴飛ばす。
 その動作に、下忍が震えた。
 蹴飛ばされた死体はごろりとサクラといのの目の前まで転がり、恐怖のため見開いたまま果てた瞳が2人を貫いた。

「―――!!!!!」
「ひっ―――!!!!!!」

 極限までの緊張を強いられていた2人は、とうとう目を回し抱き合ったままに倒れた。
 その足元をいまだ流れ続ける血が浸す。
 忍としてはあまりにも情けないその醜態。
 けれど、それも仕方がない事なのだろう。
 彼女らが知るのは現実ではなく、知識。
 紙の上で語られる事に現実感などまるでなく、それは別世界の話だ。
 平和を手に入れた木の葉の下忍は、己の手を汚す事が殆どない。他里の忍との戦闘など滅多にあるものではないし、ましてやこの死臭だ。絶えられなかったとしても誰も責められまい。

 数にして50余り。

 平和な木の葉で育ち、忍とはいえ、人の死などまるで見慣れぬ子供たちの目の前に、夥しいほどの死骸が転がっていた。その全員が、まるでコピーでもしたかのように、同じ場所を同じように貫かれ、絶命していた。
 あまりに正確な、殺戮。

 やがて、全てが終わったその大地に、一人の少女が降り立つ。

 これだけの惨状を作り出したその少女には、傷の一つも…返り血の一つもなかったが、その手に持つ鋭い刀は赤く赤く、妖しくゆらめいていた。

 ぽたり、と刀から落ちる血を無感動に眺めた少女は、横なぎに刀を振って血を飛ばす。
 地に弧を描いて雫が飛んだ。
 飛んだ雫の幾らかは下忍たちの顔まで届き、赤く、染める。

 ヒナタは刀を納め、どこかへと消し去ると、まっすぐにカカシの元へと視線を向ける。
 ただただ冷たい瞳はカカシを、そしてカカシの後ろにいた者たちを貫いた。
 幾つかの悲鳴と、後ずさる音。
 カカシはわざわざ振り返らない。

 ヒナタは息一つ乱さず、あれだけの虐殺などなかったかのような風体で、確固たる足取りの元歩き出す。
 転がる死体などまるで気にせずに、何もないかのように踏み付けて。
 赤を踏みつけ、肉を踏みつけ、そうして歩く。


 カカシは笑う。
 笑って、目の前にきた少女の瞳を覗き込む。

「お帰り、お姫様」

 赤と青の光が少女の真白い瞳に映し出されて。

「そう」

 低い言葉は空虚な優しさに彩られ。

「それが正解でしょ」

 冷たい冷たい瞳は僅かに柔らかく緩み。

「さぁ」

 急に研ぎ澄まされる嗅覚。

「ヒナタ」

 つんと香る血の匂い。
 広がる大地に転がる死体の死臭。
 ぼんやりとした瞳に映し出される赤と青の光。




「任務完了だよ」




 パチン、と弾ける。







 ―――ここは、何処?

 ぼんやりと、ヒナタは自分の両腕を確認する。
 もうどこにも重みはない。
 見下ろした両腕の先、広がる赤い海。
 その赤を追いかけて目に映る4本の足。
 真っ赤に濡れている事にも気づかずに苦しげに眠る2人の少女。

「―――………え?」

 両腕には、何もない。
 血のついた痕も、汗をかいたような気配も、刀を使った気配も。
 見下ろした両腕が細かく震えだし、それはすぐに全身へと回る。

「………あ」

 震えた両腕を体の前で交差させて、ゆっくりと、ゆっくりと少女は振り返る。

「あ……ぁ……あ…」

 広がる大地。
 眩しいほどに澄んだ青空。
 よく晴れ渡った空の下、対照的な、赤い………。

 血の、海。

 愕然として、ヒナタは立ち尽くす。
 震えた身体はもう体重を支えきれず、ぺたりと座り込んだ。

 人、人、人、人、人。
 それは夥しい数の、人であったもの。

 少女は、動かない。
 言葉を喉に張り付かせたまま、微動だにせず、その背に幾つもの視線が突き刺さっていた。
 それが、分かるがゆえに。
 分かっているからこそ、少女はもう振り返れない。

 両腕で頭を庇いながらただ、ただ、震えた。

 その頭に置かれる大きな手。
 ヒナタの体が大きく跳ねて、反射的に振り返る。
 にこり、と笑う青い瞳。
 その笑い方は、もう、いつも下忍たちが見慣れているものに違いなくて。

 けれども、ヒナタは硬直し、歯の根も合わないほどに震える。

「どっ……どうして…ですかっっ」

 あまりにも細い小さな声に、カカシはまるで表情を変えずに答える。
 それは、まるで答えになっていない言葉。

「知られちゃったね。ヒナタ」
「―――っっ」
「どうする?」

 ひどく優しく微笑む男は、どこまでもどこまでも少女の身を案じているように見えた。その、男はヒナタの頭に置いた手を軸にくるりと回り、少女の後ろへと移動する。何気なくて、単純な動作。
 けれど、それは。

「っっ!!」

 決して見たくはなかった、仲間の…仲間だと思い、友達だと思った、同期の忍達の恐怖に怯える視線。
 恐怖の対象は、紛れもなく、ヒナタ、自身。

「…あ…ぁ…っっ」

 愕然としたヒナタと、子供たちの視線は確かにかみ合って、けれどかみ合わない。

「どう―――して…」

 喉の奥から搾り出した声は掠れて誰にも届かなかった。ぐっ、とヒナタの身体に力が入り、逃げ出すかのように身体を反転させるが、カカシはそれよりも早く真下にあった髪を握り締め、力づくで土の上に押し付ける。がん、と嫌な音がして、ヒナタの顔は土にぶつかり、軽くバウンドして崩れ落ちる。

「ヒナタ」

 名前を、呼ばれただけ。
 それだけ、なのに―――。

「ぁあ……」
「どうする?」

 にこりと笑うカカシの瞳は、どこまでもどこまでも柔らかく―――…。

 その、あまりにも異常な、狂気さえも感じ取れる空気に、下忍の誰もが動けない。
 頭の理解が追いつかない。
 思考がまるで動かない。
 ただただ目の前にある光景を呆然と眺めるだけ。

 息を呑みながらも、意味が分かってなくても、何も分からなくても、震える手でカカシの腕を紅は掴んだ。動揺のあまりポーカーフェイスなんてとっくに崩れてる。
 それでも、手を出さずにはいられなかった。
 彼が、土に押し付けている少女は、自分の弟子で、妹のように思ってて、守らないといけなくて。

「―――カ…カシ」
「んー? 何? 紅」
「……その、手を、離しなさいよ」
「嫌だと言ったら?」

 いつものように笑み崩れながら、カカシは首を傾げる。
 先ほどのカカシの行動で、己との実力差を嫌というほど理解してしまった紅は、一瞬言葉につまり、つまった事に、後悔した。

 偽善者。お優しい紅先生。けれど生徒の1人も守れない。

 にこにこと笑う瞳が、冷たく蔑んでいた。
 全身を駆け巡る悪寒に紅は知らず後ずさる。
 それでも離しはしなかった紅の手を、カカシは冷たく振り払った。

「ほら、ヒナタ。見てごらん」

 そう、カカシは歌うように優しく紡いで、掴んだ黒髪を引き上げる。
 髪に引きずられて、ずるりとヒナタの顔が正面を向いた。
 目、目、目、目、目。

 涙に濡れ、泥を貼りつけた白い瞳に映る、目。

「―――っ!」

 変な息が、喉奥から漏れた。
 カカシは哂い、ヒナタの頭から手をどかす。
 それでも少女は動こうとはしなかった。

 否、動けなかったのだ。

 びくりと、倒れた少女たちが痙攣する。
 まず、いのが気がつき、続いてサクラが目を覚ます。
 身を起こし、倒れた時とはまるで違う現状を見回し、言葉を詰まらせた。

「ひっ」
「―――っ!!」

 自分たちの身体を浸す血の海。
 身体中に纏わりつく血の芳香。

 怖かった。
 恐ろしかった。

 今いる状況が、じゃない。
 自分たちを覆う血が、じゃない。
 忍達の死骸が、じゃない。

 それら、全てよりも。

 ―――おぞましかった。


 目の前で、倒れたまま涙に濡れた白い瞳を持つモノが。


 後ずさる。
 2人、支えあったまま、必死に後ずさって、血に手を滑らせて、もがく。

 それは、共に同じ教室で学んだ、仲間に対する態度じゃない。
 それは、同じ下忍として笑いあった、友達に対する態度じゃない。

 絶望に、打ちのめされて、ヒナタの目の前は真っ暗になる。

「…い…ぃの…ちゃ…ん、…さっ…さく…らちゃ…ん」

 震えた、掠れた声が、2人の少女を呼んだ。
 一緒に笑って、一緒に買い物に行って、一緒に遊んで、一緒に料理を作って、一緒に悩んで……………大事な、友人。

 大切な。
 大切な。
 本当に、大切な…。

 友人、なのに。
 仲間、なのに。
 大好きな人たち、なのに。

 ほんの少し、伸ばされた手を見て…少女たちは。


「こ、来ないで…!!!」
「な、によー…っっ、こ、来ないでよー」


 ただ、拒絶した。

「―――ぇ」

 今にも泣きそうな表情で、首を傾げる。

 そんな、いつもの日向ヒナタの後ろに、広がる赤い海。対照的な、蒼い空。
 血の海を作ったのは、日向ヒナタなのに。

「ば、ばけ、もの」
「―――ばけ、もの」

 おぞましい。
 恐ろしい。

「ば、化け、っもの」

 いつの間にか、いのとサクラの周りに他の下忍がいた。
 上手く動けない2人を庇うように。

「―――化け物」
「―――化け物!!!!」


 化け物!!!!!!!


「―――ぁ」

 声が、出ない。
 からからに渇いて。
 全身干からびて。

 血が広がっていた。
 目の前に、沢山、沢山。

 それは、サクラといのを浸し…決してそれ以上は侵略しない。

 自分と、彼らを分ける境界線。

 化け物と、人の、境界線。


 声が、干からびて。

 自分が、干からびて。

 何もかも、何もかも、干からびてしまった。


 あ
  あ

   あ

 あ
  ああ あ


 ―――あああああああああああああああっっ!!!!!!!!!


 声は出なくて。
 それでも、ヒナタは叫んだ。
 どこまでも、どこまでも、全身がしぼんで枯れてしまうように。

「はい、ゲームオーバー」

 くすりと笑った男の声はもうヒナタに届かなくて。









 ―――まっくらなせかいにおちた―――