追いかける。
追いかける。
追いかける。
追いかける。
ただ、ただ、がむしゃらに走って。
今は走らないといけない気がして。
今走らなかったら大事なものを失ってしまう気がして。
走って、走って、走って。
後ろから呼び止める声とか、悲鳴とか、罵る声とか、いろいろ聞こえてきたけど、全部無視して。
急に後ろが静かになったけど、そんなの全部無視して。
走って、走って、走って。
「待つってばよぉ!!!!!!」
叫んだ。
はたけカカシは自分の受け持ち班の子供の声に、小さく目を見張った。
倒れた日向ヒナタを肩に担いだまま、後ろを軽く振り返る。
それこそ必死な形相で、走って、走って、追いかけてくる金色の髪の子供。
更にその後ろから、普段からよく知る上忍達の気配。
ほんの少し、笑う。
覆面の下、分からないように、笑う。
「どうしたのーナルト?」
「あのさ、あのさ、先生ヒナタに何したんだってばよ! なんか、ヒナタ、変だったってば」
「んー?」
2つの気配が到着して、ナルトの前に降り立つ。
夕日紅と、猿飛アスマ。
「私も、聞かせてもらいたいものね。貴方、一体ヒナタに何を…っ」
「あの子、本当にあんな力を持っているのか? ありゃ、上忍なんてもんじゃないだろ…」
「ちょ、せんせー達、今俺が話してんだってば!!!!」
3人の言葉に、ほんの少しヒナタの肩がゆれた。
それに、カカシは気付いて、降ろす。
「ヒナタ、大丈夫だってば?」
「あのね、ナルト」
「なんだってば」
「何で、きたの?」
仰向けになったヒナタの耳元に屈み込んだナルトにあわせて座りながら、カカシは首を傾げる。
さっきまでの惨状なんて、殺戮なんて、まるで見ていなかったような、そんな、あまりにも、いつもどおりの様子。
それは、はたけカカシにとって想定外。
走ってきた所為で散々息が荒れていたのも、必死の形相も、今はもう見えない。
ナルトは拳を握り締めて。
「………きちゃ、行けないってば?」
挑むように、して、カカシをにらみつけた。
それで、気付く。
その手が僅かに震えていることに。
その癖、蒼い瞳だけは、まっすぐに、強く、何もかもを焼き尽くすような目をしていることに。
「ヒナタが、怖くないの?」
散々人殺して、無造作に殺して。
ただ殺すためだけに生まれてきたような、どこまでも強く、どこまでも残酷で、どこまでも無情な、その様を見て。
これまでの日向ヒナタしか知らない人間には、まるで想像もつかなかった日向ヒナタの姿。
それは、どんなに人の恐怖を促すだろうか。
さっきまで笑いあっていた少女が、無造作に人を殺し続ける。
平和な木の葉で育った下忍にどれだけの衝撃を植えつけただろうか。
それは、サクラやいの、他の下忍達を見れば、想像はかたくなかった。
それなのに、ナルトはここに来た。
ここに来て、倒れたヒナタを純粋に心配している。
「……怖いってば。怖かったってば」
そんなの、当たり前だ。
そんなことが出来るなんて思っても見なかった。
守んなきゃいけない、そんな存在だと思っていたし、例え体術が優れていても、例えすごい血継限界を持っていても…それは何かを壊すためじゃなくて、自分自身や、誰かを守るもののように見えた。
あんなに沢山の血を初めて見た。
大蛇丸と戦ったときもびびったし、我愛羅と戦った時も身体が震えた。
我愛羅が簡単に人を殺すその姿を見たとき、ヤバイと思った。
あの時に少し似ていた。
かなり、怖かった。
びびって、全然動けなかった。
けど、我愛羅は同じだった。
真っ暗闇で、一人ぼっちで。
すっげー辛くて、人を殺すことでしか自分が存在していることを確認できなくて。
地獄、だった。
イルカに会うまで、真っ黒に塗りつぶされていた一人きりの世界。
そんな所にずっと我愛羅はいた。
ヒナタも、すっげー苦しそうだった。
悲しい、目をしていた。
化け物だ、なんて。
そんなの、言われたらどんなに苦しいのか知らないくせに。
なんで、そんなことを皆口に出来るのだろう。
あんなに苦しそうであんなに傷ついていた少女を追い詰めて。
「…怖かった…けど、やっぱり、泣いているのを放っておけないってば」
苦しんで、傷ついて、今にも壊れそうだったから、放っておけるわけ、ない。
もしかしたら、明日にでも自分がヒナタの立場になるかも分からないのに。
ヒナタが化け物と拒絶されたように、きっと自分も拒絶される。
化け物と罵られる。
想像しただけで、苦しくて、全身から血が引いて、打ちのめされる。
絶望に塗り替えられる。
誰も認めてくれなかった頃みたいに。
世界が真っ暗になる。
紅が、呟く。言い聞かせるように。
「…人を沢山殺したわ」
「関係、ないってば」
アスマも呟く。まるで、ナルトの意思を確認するかのように。
「あれがヒナタの本当の力で、ヒナタの望んだことで、当たり前の出来事だったとしたらどうだ?」
「そんなん…そんなん、どうだっていいってば…っっ。俺は、嫌だってば…!!」
あの目は、嘘だったなんて思わない。
あの目が、絶望に染まったまま、ずっと真っ暗な世界にいるだなんて許せない。
「…俺ってば、もっとヒナタと話したいし、一緒に任務したいし、一緒に飯食いてーし…」
化け物、じゃない。
ヒナタは化け物なんかじゃない。
「絶対、ヒナタは化け物なんかじゃないんだってば!!!!」
事情は、全然分かんないけど。
ヒナタは苦しんでいて、傷ついていて、それは、分かるから。
大事な人達から拒絶されて、化け物と言われて、平気な人なんて、いない。
だから、ナルトはここにいる。
ヒナタにそれを伝えるために。
走って、走って。
追いついた。
「―――っっぅ」
「ヒナタ?」
「起きたのね…」
「まぁあんだけナルトが騒げばな…」
黒い髪の少女は、両腕で顔を覆う。
白い瞳を、隠すように。
「ヒナタ? 大丈夫だってば? どっ、どっか痛いってば?」
ふるりと、ほんの少しだけ首が振られた。
けれど、決して腕はどかさない。
唇が震えて、何かを呟く。
小さく、小さく。
それは、あまりに小さな声。
震えてしまって、聞き取りにくい、小さな声。
「ぁ……とぅ…っ。…っっ。な…とく………がと」
「ヒナタ?」
「ぁっ、ぁり…がとぅ……! ありがとうっっ」
聞き取れない声を耳に届かせるために、口元まで近づいて。
ようやく、ナルトは気付いた。
隠し切れなかった頬から流れる涙を見て、気付いた。
―――泣いてるんだ。
それは、その姿は。
本当に、小さな、小さな、日向ヒナタの姿で。
どうしてあんな風に、人が変わったみたいになったのか、全然分からないけど。
やっぱり今目の前にいるのは、うずまきナルトの知る日向ヒナタでしかなくて、ただの、女の子で。
(化け物が、どこにいるって言うんだってば!)
そう、心の中で叫ばずに、いられなかった。
紅はほっとしたように笑って、聞きたかったことを切り出す。
2人の子供たちを見守る優しげな瞳と一転して、その声は鋭く、冷たい。
アスマも同様だった。低く抑えた声。
「………で、どういうことなの、カカシ」
「ヒナタのあれは、上忍どころじゃない。暗部…それも相当上の力だ。ちょっとやそっとで身につくものじゃない」
「んーーー、なんとなく、分かってるでしょ?」
カカシの言葉に、2人の忍はそれぞれ黙り込む。
彼らは、忍だ。
木の葉が平和になる前の、ただただ戦いに明け暮れた忍界大戦の時代を知っている。
あの人を裏切り、殺し、見捨て、そんなことが日常茶飯事だった時代に、下忍、中忍として生き延びた。
人間がどんなに醜く、どんなに汚い事を平気で行うのか、その目で見てきた。
散々人の死んだ九尾襲来も体験している。
…だから。
今更ヒナタのした出来事事態には、驚かされない。
―――驚いたのは、ヒナタの持つ力と、彼女の性格の変化。
そして、カカシの代わりよう…。
カカシはまだしも、ヒナタの変化は明らかに異常だ。
性格が変わったのではなく、感情の損失。
「強力な暗示」
「写輪眼か…?」
「ちゃんと、分かってるじゃないの」
だけど、それだけでは説明がつかない。
暗示は確かに本人すら眠っている力を引き出すこともあるが、ヒナタのそれは、異質すぎた。
本人が持つ力と、暗示にかけられた際の力は、違いすぎる。
「あれ、は、間違いなく日向ヒナタの持つ力だよ」
静かに泣き続ける少女と、それを不器用に慰める少年を遠く見ながら、カカシは息を吐く。
「昔、感情を排除した殺戮人形を作る実験があった。幼い頃からの暗示で感情を排除し、ただただ人を殺す人形を作り、戦争に利用する」
それは、ある意味忍の完成系なのだろう。
人ではなく、忍。
「沢山の子供達で研究は進められ、写輪眼によって強い暗示効果を植えつけられた」
写輪眼によって研究は飛躍的に進み…写輪眼でしか、暗示の発動ができなくなった。
「研究は成功だった。研究は戦争が終わってからも続いた。そう、日向ヒナタが、連れてこられるまでは」
「ちょっと待って」
「何?」
「…連れてこられた…って、まさか…っ」
カカシは頷く。
紅が口にしなかった言葉を、正確に理解していた。
「日向が研究材料に差し出した」
「…胸糞わりぃ」
苦々しくアスマが吐き捨てる。タバコに火をつけて、思いっきり息を吸った。
本当に、気分の悪い話だった。
自分の子供を、親戚を、研究材料にしようとするなんて最低の行為だ。
正気だとは思えない。
「日向の落ちこぼれ、大した力もなく、まぁ血継限界もあるからそこそこ使い物にはなるだろう。それが研究者の見解だった」
けれど。
「違った…のね」
ヒナタのあの動きを、あの力を見れば、すぐに分かる。
最早、血継限界があるとかないとか、そういう問題ではない。
血継限界こそが、ヒナタのおまけだ。
「またヒナタは暗示にかかりやすくてね」
根が素直だからかなんなのか。
あっさりとヒナタは暗示にかかり…そして。
「暗示の通り、人を殺し続けたよ。感情を失くした状態で、暗示をかけたうちは一族も、研究者も、偶然近くにいた人も、区別も何もなく殺し続けた」
どこまで殺しても止まることなく。
暗示の通り、何の感情も持たず、ただ、ただ、殺戮の限りを尽くした。
その力は、当時の上忍にも暗部にすら止められず、最後は暗部とうちは、それに日向が総出で動きを止め、暗示をといた。
誰も、彼女がそんな力を持っているだなんて思わなかった。
それが、誤算。
全ての研究結果は無に帰し、研究者もいなくなった。
これが、実験の結末。
「ひどい、真似を…っっ」
「サンプルに手を噛まれる。自業自得、とはいえ、やりきれねぇな」
ヒナタが悪かったわけじゃない。
彼女はむしろ被害者だ。
それでも、虐殺の限りを尽くしたのは彼女。
大量の人死にが出たこの事件を、まさか木の葉でおこなっていた研究の所為だとは発表できずに、上層部は他国からの工作員の仕業だと告げた。
ヒナタを殺さなかったのは、まだ利用価値があるから。
「暗示をとかれたヒナタは、元の、血継限界以外に特徴もないただの子供だった」
ただの子供だったから、自分のしたことに怯え、苦しみ、泣き続けた。
力を持っている筈なのに、その片鱗も見えなかった。
それでも、あれだけの力を持つ人間を放っておくほど忍が足りているわけではなく。
幾つか暗示を書き換えた後、日向ヒナタは、暗部になった。
木の葉の忍以外を殺し続ける、人形。
日向ヒナタは、それを全く望んでいないのに。
どれだけ泣いて嫌がっても、抵抗しても、引きずられ、連れ出された。
引きずり出し、敵の真ん中に連れ出され、時には囮になった。その瞳はあまりにも有名で、効果的だった。
そして、やがては日向一族に伝わる呪印術を額に刻まれた。
いつしか抵抗ということを忘れ、言葉と言うものを忘れ、ただただ暗示によって力を振るいつづけた。
ヒナタが初めて暗示をかけられたときに、他の被験者たちは皆死んだ。
だから、たった一人の殺戮人形。
与えられる任務をただ無気力に過ごして。
それでも忍者学校を通して、いつしか、少しずつ、少しずつ、言葉と感情を思い出して。
「うちは一族が滅んだから、どうにも俺の担当になっちゃてね〜」
サスケにナルト、それに下忍時でない時のヒナタの担当とは、全く骨が折れる仕事ばかり回されるもので。
「ヒナタはまぁ、あのとーりお優しくて情に脆い性格だからね、まぁ、暗示中じゃないときの自分の弱さに落ち込んだり、何も出来なくて悔やんだり、平和に生きてきた子供達に憧れちゃったり、極端に依存しちゃったり、その癖自分はこんなに幸せな資格がないとか悩み始めて」
合同任務のたびにその様子がよーく分かってしまうので、正直いたたまれないというか、無言で責められている気になる。
カカシとてボランティアで仕事をするわけでもないし、厄介ごとは一つでも減らしたいわけで。
「そんだけ悩むんだったらもう面倒だし、裏に潜ってもらおうかと思って」
「さいてー」
「最低だな」
このドS男、と紅。
変態野郎が、とアスマ。
はっきり言って、ヒナタが裏に潜るだけならあんなパフォーマンス、どこにも必要ない。
親に捨てられ実験材料としてしか扱われなかった少女が、ようやく手に入れた安息の場所を、カカシはあっさりと叩き潰した。
「だって、記憶操作くらいじゃヒナタは会いに行くから、絶対に戻れないようにしないとね」
記憶操作は完璧なものではない。記憶を消去するわけではなく、少し変更して覚えさせるだけ。
ふとした瞬間に"本当"を思い出す可能性だってある。
だから、操作された記憶の中の人物とは接触しないのが好ましいのだ。
言葉通り、徹底してヒナタの居場所を奪ったはずが、唯一つの誤算。
「まさか、ナルトがついてくるとはねぇ〜」
あのヒナタを見て、それを気にしない人間がいたとは。
さすが意外性ナンバー1と褒めるべきなんだろうか?
日向ヒナタは、今日初めて、彼女自身を認められたのだ。
殺戮人形としてのヒナタではない。
下忍としてのヒナタではない。
そのどちらをも合わせた、両方の日向ヒナタ。
ちらりと視線をやると、ヒナタは半分身体を起こしてぐしゃぐしゃに泣きながら笑っていた。
その顔も、予想外。
「火影様になんて報告するのよ」
「下忍ども、記憶操作しておくぞ? 結局ヒナタはいなくなるんだろ?」
アスマの言葉に頷いて、カカシは笑う。
この2人すら、自分とは別のところに立っているのだと思っていた。
自分がヒナタにしてきたことを思えば、班の小隊長なんてやっぱり向いてないと思ったし、いい加減あまりにも面倒で真っ平だったし、2人もまた軽蔑するだろうと思った。
特に、紅はヒナタを可愛がっていたから。
けど、2人は何のこだわりもなく、ごくごく当たり前のようにここにいる。
思うことは色々あるはずだけど、やっぱり忍だから。
いろんなことは胸に閉まって、仕方ないなと諦めたりもして。
でも、ここにいる。
それが、ほんの少し不思議で。
ほんの少し気持ちよかった。
ヒナタは、笑う。
初めてかもしれない。
こんなに顔をくちゃくちゃにして泣いたのも、泣いたまま、笑ったのも。
ナルトは、憧れだった。いつも元気で、生まれの所為で沢山嫌なことを言われていたのに、全然気にしないって感じで走り回って。
本当はそんなことあるわけないのに、いつも元気に走り回ってるから。
見ているだけで、なんだか元気が出た。
記憶がないところで人を殺してばかりの自分でも、なんでだか、励まされて、もうずっと長いことしてなかった、反抗、というものをする気になった。
ナルトが好きで、サクラが好きで、いのが好きで、キバが好きで、シノが好きで、チョウジが好きで、シカマルが好きで。
同期のみんなが好きだった。
もう、会えないけど、もう、一緒にいられないけど。
ナルトが、一緒にいてくれたから、きっと大丈夫。
大丈夫なんだって、ヒナタは、笑った。
2008年5月5日
カカヒナが書きたかったんですけど、どこかで何かを間違えました(汗)
2重人格というか、催眠によるスレノマの切り替えがあるヒナタを書きたかったのです。
そしてとっても人でなしカカシ(おい)