『これが私たちの形』
「あーサスケ君!!!」
黒髪のつんつん頭を見つけて声をかけた。
昔はそんなに変わらなかった身長だが、今ではいのが見上げなければならない。
「いのか」
「そうよーーー」
何が楽しいのか、いのはとてとてとサスケの隣に並ぶと、一緒になって歩き始める。
「何か用か」
「べっつにーー。今日はサクラはー?」
「………英雄の墓」
「……ナルトと
ヒナタか」
そっかーー。 と空を見上げるいのの頭に、持っていた本を置いた。
ぺし、と音がしていのの額を赤く染める。
「な、なにーー!?」
「…何の用だ。何かあるんだろ」
「………」
きょとんと、サスケの顔を見上げる。
珍しいことに、ちゃんといのの顔を見返していた。 いつものように、眉をしかめて、つまらなそうに。
いのは、小さく舌を出して、笑った。
「ばれちゃったー?」
「………行くぞ」
ふい、と視線を逸らして、サスケは逆方向を向く。
「いいのー?」
「休みだからな」
知っていたんだろう?と含みを持たせた言い方をサスケはした。
知っていましたとも。
「で、何だ」
サスケの家で、ごろりとくつろぎ始めたいのに言い放つ。
ポン、と本を放り投げて、ベッドに寝転がった。 既にいのの行動を見る気もないらしい。
ころりと転がったいのは、勝手知ったる我が家で冷蔵庫を開けて中身を物色した。
「あ。サクラのケーキ。差し入れちゃんと貰ったんだー」
自分も貰ったケーキを見つけて、いのはくすくすと笑う。
空っぽにも近い冷蔵庫。 その中にいのがよく飲む炭酸飲料を見つけて、口をつける。
「食いたいなら食え」
「あ、ひっどーい」
「どうせ義理だしな」
「そうだけどー」
サクラのサスケに対する恋愛感情がなくなったのはいつなのか、いのは知らない。
いつの間にか告白して、いつの間にか振られて、吹っ切っていた。
サクラは既に他の相手を見つけている。
親友なのにねーいちおー。
でもそれを聞いたことはない。
サクラ自身の口から聞いたことも、ない。
聞いたのは別口から…。 そう、目の前の、この本人から。
「いの」
呼ばれて、一瞬震えた。
サクラは知らない。
10の時から、いのがサスケの家の物を全て把握していたことを。
―――後ろから抱きついてきたサスケを、至極自然にいのは受け入れた。
衣服の中に入り込む両手を止めることもない。
首筋をなぞる唇に今更身を震わすこともない。
サクラがサスケに告白したのは16の時。
―――その時2人は既にこういう関係だった。
誰にも知られていないだけで。
「んで、何の用」
「無粋ねーやる前に」
「別に。襲って欲しそうだったからしただけだし」
言葉通りなのか、サスケはあっさりといのから離れた。
乱れた服のまま、いのはばったりと床に突っ伏す。 床がひんやりとして気持ちいい。
「人を色情魔みたいに言わないでくれるー?」
「今さらだろ」
確かに誘われるよりは誘う方が多い。
と、いうか、今だかってサスケに誘われるという事態があっただろうか。
サスケは先程までいのが飲んでいた炭酸飲料に口をつけて、ベッドに座る。
「テマリ」
一言。
びくん、と、いのの肩が動いた。 矢張りな、と思って、天井を見上げる。
炭酸飲料の口を閉じて、放り投げた。
鮮やかな濃い金の髪を四つに縛る砂の上忍。
きつい顔立ちと性格をしているくせに、どこか憂いを帯びた瞳が印象的な女。
足だけベッドから出して折り曲げたまま、仰向けになる。
「話せよ。テマリが来たんだろ、今日」
「…止めて」
その言葉が、何を嫌がっての言葉かサスケは知っている。
「砂の使者がきたんだろ」
「……そう、よ」
「それで、シカマルが迎えたか」
「………………………ええ」
何故か、砂担当はシカマルとなっており、砂に関することはシカマルが全て行う。
それだけの権限が今のシカマルにはある。
「話したいから来たんだろ」
「うるっさいわねー…」
覇気のない声で、うざったそうに返事が返って、しばらく沈黙が降りた。
かちかちと時計の音が100響いて、ようやくいのが口を開いた。
「"俺、テマリに言うわ"だってー」
「それで?」
「"馬鹿じゃないのー?早く言っちゃいなさいよー"って答えたわ」
そして、いのは続ける。 つい先程かわした会話を。
「…"うるせー。人事だと思って"」
「"だって人事だもん"」
「"あーへいへい。…ま、ありがとな。いの"」
「"なーに言ってんのよー。振られても慰めないからねー"」
「"いーぜ。チョウジに慰めて貰うからなー"」
「"んじゃー私サスケ君に慰めてもらおー"」
「"はぁ?何をだよ。っつかお前まだ諦めてなかったのか?"」
「"当たり前でしょー"」
「"分かった分かった。行ってこい"」
「"それじゃシカマル!ちゃんと結果教えなさいよー!"」
「"わーってるって!"」
「"じゃあねー"」
「"じゃあな"………だぁーーーって」
「ふーん」
「…馬鹿みたい」
「馬鹿だな」
これはこの2人の間での決まり事のようなもの。
何かがあったら、その何かの内容である会話を往復する。
だから、いのはサクラがサスケに何て言って告白したのか、サスケがどう答えたのか、知っている。
サスケ自身の口から聞いたのだから。
それは、人のプライベートを勝手に明らかにする、最低の、行為。
「本当に馬鹿よねー…どうして…どうしてあたしはあんな奴が好きなのよ…」
いのの声が、サスケの耳に届く。
そんなこと、分かっていたことだろう?と、残酷に笑う。
サスケといのの間に、恋愛感情は、ない。
これから芽生えることもあるかもしれないが、少なくとも、この8年間はなかった。
ただ、そこに居たから、話をした。
それは、何もしゃべらないモノに話しかける感覚。
初めはそれが心地よくて、サスケの家をいのは逃げ場所にした。
嫌な事があったら、サスケの家に来る。
会話を繰り返して、ぼんやりとして、帰る。
10の時に始まったそれは、当たり前のように年数を重ね、忍になってからも続いた。
誰も、知ることはなかったけど。
いのは堂々とサスケが好きーと、サクラと争い、ナルトがサスケをライバル視して紛争していた時代。
任務での会話を毎日のように反芻していた時代。
そのときは、嫌なことじゃなくて、楽しくて、話をして、会話を繰り返した。
だから、いのがシカマルを好きだというのはすぐに気付いた。
それを気付かないふりをするために、サスケを好きだと言いつづけている事にも。
本当に、自分自身をごまかしていたのだろう。
彼女は、テマリ、という別の存在が現れて初めて気付いた。
いや、正しくは、テマリが好きだとシカマルに相談されてからか。
その頃既に肉体関係があったにも関わらず、いのは気付かなかったのだ。
本当の気持ちに。
「んで、どうするんだ」
サスケにとって、全てはどうでもいいことだ。
自分の想い人は既に死した。
かつて、その想い人を手に入れることの出来ないもどかしさと、悔しさで一杯になった時もあった。
他の奴を好きだ、と言っていたくせに、気がついたら想い人を手に入れた友人を憎んだ時期もあった。
それらは、彼らが死んだことで全て無に帰した。
いのの気持ちは分からないでもないが、サスケにどうこうできる問題ではない。
「振られればいいのに、なんてねー。ほんと、さいてー」
幸せになって欲しい、けれども振り向いて欲しい。
相反する感情は抑えられるものではない。
「うまくいくだろ」
「…分かってるわよー」
悔しいけど、絶対に、うまくいく。
はたから見れば丸分かり。
知らぬは本人ばかりなり。
「サスケー」
「あー?」
「さっきの続きしよー」
「…色情魔」
「万年親父」
「淫乱女」
「へたれ」
「馬鹿女」
「くそ男」
「間抜け」
「ちかん」
どんどんとレベルの低下していく言い争いすら慣れっこで。
いのが男らしく服を脱いだ。
色気ねーなー。 と毎回毎回サスケは思う。
こいつを好きになる男は災難だろうな。
おざなりに服を脱いで、いのの身体に腕を回す。
「あーもーシカマルのばかー!!!」
「耳元でうるさい」
「あんたがうるさーい!!!! もーーーー!!!!!!!!!」
こうして感情を発散させて、すっきりして、いのはサスケの家を出る。
好き同士の関係ではなく。
慰めあう関係でもなく。
傷つけあう関係でもない。
こうして身体の繋がりがあるだけで、あとは、多分…空気のような、存在。
「ねー結婚しようかー」
「どうでもいい」
「じゃー決定ねー」
空気のように、一生涯そこにある存在。