『嬉しいの向こう側』
生まれたことを恨んだ。
自分を取り巻く環境すべてを恨んだ。
だって、馬鹿じゃねぇの?
自分の意思なんてもってない赤ん坊の腹の中に、勝手に九尾だか狐だか化け物だかを封印して、感謝の一言もありゃしねぇ。
封じ込めたのはてめえらだっつーに、満足に飯は出さない、そのくせ手は出す足は出す。
お前ら、封印がとけたら真っ先に殺されるのは自分らだって考えなかったわけ?
全くもって意味不明。
本気で理解不可能。
大体、自分らに懐かせて好きなように操るならまだしも、親の敵だ妻の敵だ友人の敵だなんて刺客送ってくるってどーよ。
マジで死ね。
っつーか殺す。
もうちょっと賢くなれっつの。
やるなら俺の首に鎖つけて足首に枷つけて、封印術貼りまくりの鉄牢にでも封じ込めて餓死でもさせておけ。
全く中途半端に外に出して中途半端に餌をやるからこうやって手を噛まれるんだぜ?
死体は綺麗に処理しましょう。
俺がやったなんて知れないように。
ああ、
馬鹿馬鹿しい。
そんなわけで、九尾が暴走するかも知れない、と聞かされて俺は大歓迎だと思った。
でもまぁ、全てを隠してとっても元気で無邪気、そんでお馬鹿な子供を装っていた俺は、表向き辛そうな顔で俯いた。
内心かなりうきうきもんだ。
九尾になるかもしれない?
死んでしまうかもしれない?
―――だから何だ?
九尾になったら自分の意思なんてない。
へー、だから?これまでだって自分の意思なんてなかっただろ。
九尾になったら人を殺してしまうかもしれない。
ふぅん。俺、もう数え切れないくらいには殺してきたけど?
愛するものを殺してしまうかもしれない。
愛するもの?それって誰よ。気持ちわりぃ。
死んでしまうかもしれないぞ。
いいじゃん。心残りなんてないっての。
俺は顔を上げる。
瞳に、身体に力をためて、強く、強く、決意を秘めた風に。
「俺は、絶対に九尾に乗っ取られたりなんてしないってばよ」
ああ、なんて薄ら寒い自分の台詞。
鳥肌がたつ。
目の前の驚嘆している風な奴らにも鳥肌がたつ。
知ってるぜ?
―――はたけカカシ上忍。
あんたが俺の監視役だってこと。他国には写輪眼のお守りだって思わせているみたいだが、実際は九尾の餓鬼の見張り。
―――うちはサスケ下忍。
うちはイタチが憎いって?だから大蛇丸のもとに行きたいって?行けよ。っつか、本当に憎いんならこんなところにいないでとっととイタチ探しの旅にでも出ろ。
―――春野サクラ下忍。
てめぇはとっととサスケについていけよ。っつかサスケに大蛇のもとに行って欲しくないならお前が大蛇殺せば?ああ、サスケを殺せばいいじゃん。そしたら永遠にサスケはお前のものだぜ?サクラチャン?
他の奴らも何にも変わらない。
火影の許可に、うっすらと俺は笑った。
国境で俺は待つ。
見事に俺しかいない。
まだかまだかと俺は待つ。
やがて見える白煙。
ああ、あれは合図だ。
さぁ。来るぞ。
早く、早く。
俺を解放して?
うきうきワクワク。
俺はそのとき人生で一番シアワセそうな顔をしていたに違いない。
快感が俺を奮わせる。
だから全然気付かなかった。
小さな小さな声がした。
ナルト君
それは俺の名前。
誰がつけたのかも知れない俺の人間としての名前。
え?ちょっと待てよ。
何?
何?
一体これはどういうことですか?
誰かマジ説明して欲しいかも。
意味わかんねー。
何で、お前がいるわけ?
ねぇ、日向ヒナタ。
あんた、死にたいの?
「な、ナルト君…!!」
それは、怯えた小動物のような目で俺を見ていた。
小動物ってか、愛玩動物?
可愛らしさと従順そうで純粋そうなところが男受けしそう。
ああ、そういえば、キバとか、シノとか、ネジとか、サスケとか、シカマルとか、サクラとか…いっつもヒナタにべったりだったな。
ってサクラは男じゃねぇけど。
天然の男(女)たらしってヤツか?
それともいっそ計算か?だったらすげぇよお前。
っていうか、マジで、なんで、どうしてこいつここにいる訳?
死ぬよ?
それは、いつもみたいにおどおどうじうじしながら、俺の目を伺う。
ああ、お前の目、嫌いだわ。
だって、感情が読みにくい。
目は口ほどにもモノを言う。それくらいに目で相手の感情は分かるってのに、こいつだけはわかんねぇ。
白い眼。
鏡みたい。
「…あ、の!ナルト君…!」
「何?」
「あの……」
うじうじいじいじ。
ああもう。
うざいっての。
まだ?話くらいとっととしろ。
ほら、見えないわけ、あの白煙。
アレは獣の襲来ってヤツだよ?
九尾っつー俺にしか止められないとか誰かがぬかした、さ。
「…あ…の」
「…」
まだ?とか、思って、苛々した。
したら、それ、は、いきなり白い瞳から水を零しやがった。
はぁ?
何事っすか?
意味不明。理解不能。
ああ、こういうのを涙っていうわけ?
ふえぇ、といきなり泣き始めた日向ヒナタは、うずくまって、本格的に泣き始めた。
意味分からん。
何か言っているみたいだったから、とりあえず耳は傾けてみる。
「…や……ないで…し………いで」
「?」
分からねぇ。
どうしたもんかと思ってたら、ようやく一つの言葉が聞こえた。
死なないで。
死なないで?
別に、あんたにそんな事言われる必要ないと思うんだけど。
「っつか、意味分かんね。理解不能」
今更ナルトを演じる必要もないし。
どうせこいつ死ぬだろうし。
俺は素のままで言っていた。
だって、理解不能。
「お前意味分かんないし。死なないで?っつかお前が死ぬだろ。あの白煙見えねぇわけ?その目は飾りなわけ?大体俺が死んだからってあんたに関係ないし。そもそもお前何しにきたわけ?」
担当上忍とか、キバとか、ネジとか、とにかくこいつにべったりなあいつらが、こんなところに来る事を許すはずがない。
一気に言い切った俺に、日向ヒナタはきょとん、として俺を見た。
俺は、素、丸出し。
怯えるかね?これが俺の本当の姿だってことに。
そしたら。
なんっつか、マジ理解できねぇことが起こった。
何だ?
何だこれ?
そいつ。日向ヒナタ。
いきなり笑いやがった。
ふんわり。
そんなマシュマロみたいなやわやわな笑顔。
ぱぁ。
そんな太陽が昇ってきたようなぴかぴかな笑顔。
涙の痕をつけて、にっこり、笑った。
分かんねぇ。分かんねぇ。
なに笑っているわけ?
俺可笑しい事言ったか?
俺、ぽかんとしてしまった。
っつか、おい。
怯えろよ。
ナルト、がこれだったんだぜ?
うずまきナルトってのは、元気で明るくて夢一直線で、希望に溢れたお前の憧れだろう?
今の俺は、多分ひっじょうに冷たい目をしてて、殺気纏ってて空気ぴりぴりで、挙句あの口調あの台詞だぜ?
おいおいおい。
何だこれ。
いっそ夢か?
それとも俺の目が壊れたか?
理解不明意味不明生物の日向ヒナタ。
「それが、ナルト君の…本当の、姿…なんだね」
本当の姿。
本当の姿?
ん?
なんでいきなりそんな台詞?
え?
は?
「ようやく…見れた。…ナルト君の、本当の姿…」
って…それは、要するに。
バレテタッテコトデスカ?
ちょ。待て。有り得ん。ありえん。
だって、俺のこれ、誰も知らないはず。
俺の素。
俺の本当の性格。本当の自分。
サスケもサクラもカカシも火影も。
誰も俺のことは知らないはず。
あいつらはうずまきナルトが俺だって思っているはず。
火影すら、気付かなかったことを、気付いた?
有り得るのか?そんなこと。
俺は、要するに、なんていうか………動揺した。
「何、言っているわけ?」
思わず出た、ありきたりな台詞に、俺は内心かなり凹んだ。
俺、馬鹿っぽいんじゃね?
素でこんなことやってしまうとは…。
ああ、でもこの俺を人に見せんのって初めてだったか?
日向ヒナタ、にっこり笑ったまま言いやがった。
「ずっと、会いたかった…演技じゃなくて…本当の…ナルト君に」
………………バレバレ?
ちょっとむなしい。
ちょっと切ない。
かなり情けない。
火影超える力身につけて。
暗部記憶封じて気絶させれる程度には強くなって。
それなのに。
なんでこんなただの下忍に見抜かれているわけ?
「意味不明。理解不能。何お前」
「え?」
「お前なんなの?何で知ってるわけ。火影も騙したっつに、なんでばれてるわけ。俺すっげー馬鹿みたいじゃん。さぞかし面白かっただろ。馬鹿で無邪気で元気なうずまきナルトを演じる俺を見るのはさ」
「そ、そんなことないっ!」
俺って結構しゃべるタイプだったのね。
一気に言い切った。
一気に返事がきやがった。
少しは考えろよ。戸惑えよ。びびれよ。
…なんなんだよ。
「そんなこと、ない…。びっくりしたけど!落ち込んだけど!悲しかったけど…!でも、ナルト君は…強い……っっ!」
「はぁ?」
「あんなに冷たい目向けられて、あんなに嫌われて、どうしてそうなのかなんて分からないけど!…けど、だけど…それでも生きていられて、自分を隠しても生きていて…!例えそれがナルト君を装っていても…!凄いって…!ずっと、凄いって思ってて、驚いて、感動して…凄く、憧れて」
何、言っているの?
意味不明。
理解不能。
「強い人だと思って、凄く凄く惹かれて…!目で、追いかけている自分がいて…凄く…凄く……好きになって…!」
好きって何だよ。
意味分かんねぇ。
「九尾が…九尾が封印されてるって…驚いたけど!…ナルト君は、ナルト君で…!!」
意味、分からないのに。
どうして。
どうして。
こんなにも胸が熱い?
「生きて、いて欲しいの!ううん。………傍に、いたいの。貴方が生きている限り、ずっと」
涙に濡れた眼はとても綺麗だと思った。
感情の読みにくい目は、とても分かりやすく一つの感情をのせて俺を見ていた。
俺は、初めて…日向ヒナタを見た。
本当の性格。本当の姿。
なんて大胆な告白。
天然の男(女)たらしってすげぇ。
なんて言えばいいんだろう。
俺、は。
どうやら。
嬉しい、らしい。
それ、は、何だかこう。
なんっつか。
うん。
こう、ぐわーーーっと視界が狭くなって、胸の奥からぐらぐらと熱くなって、それが全身にばーっと広がっていって、何だか飛び跳ねてしまいそうな気分になって…。
うん。
意味不明。
意味不明なんだけど、その時の俺は、そんな感じだった。
こういうのを、嬉しいっていうのだろう。
それから何だか、目の前の存在が驚くほど鮮明に見えて、いきなり目頭熱くなって、俺、初めて泣いた。
涙って、熱いんだな。
よく分からなくて、笑った。
理解不能だ。
だけど、なんだか"嬉しい"ってヤツは、俺の身体ん中、納まっていた。
変なの。
涙ってヤツは、俺の中にもあったんだな。
情けない。
俺って弱いじゃん。
馬鹿みてぇ。
俺の頬、何だかふんわり柔らかいものが触れた。
何だこれ?
すっげー気持ちいい。
ぬくもりってヤツ?
なんっつか、こう、ふわーーーって感じ。
何だそりゃ?
俺、馬鹿だ。
動揺しすぎ。
でも"嬉しい"。
なんか嬉しい。
ぬくもりって気持ちいい。
気がついたら、俺、その手、引っ張ってた。
したら、すっげ軽いの。
ふわって、羽みたいにヒナタの身体浮いて。
すっぽり、腕の中納まってた。
凄く小さくて、凄くあったかくて、ぎゅう、ってしたら壊れそうなほど儚くて、ふんわり柔らかくて。
これって、何だ?
"嬉しい"じゃない。
なんか、"嬉しい"超えた。
けど、すっごく気持ちよくて、離したくなくって、ずっと、ずっとこの時間が続けばいい。
…そんなこと思った。
ヒナタ、びっくりして、顔真っ赤にして、身体をかたくしてた。当たり前だ。
でも、いきなり、ふぇ、と涙ぐんで、おずおずと俺の背に手を回した。
やばい、って思った。
"嬉しい"を越したこの感情。
なんて言うのか知らないけど。
なんだか、もう、やばいって思った。
俺の顔、すっげー熱くて。
心臓がすっげ早くて。
俺、ダメだ。
なんかもうダメダメだ。
ぎゅうって、ヒナタが抱きしめてくれて、俺ってヤツは、初めてシアワセってモノを感じた。
なんて情けないんだ。