ところで、俺たちどうやら2人の世界ってヤツに入ってた。
ぎょっとした。
かなり。
びくってして、ヒナタもびくってした。
ヒナタの『びくっ』は俺の『びくっ』に驚いてだと思うけど。
今の状況。
そういえば、生きるか死ぬか、九尾になるかならないか、の超シリアス重要シーンだったのだ。
木の葉を襲う獣という獣の襲来。
獣、ってヤツは2種類あって、チャクラを持つ九尾みたいなヤツと、チャクラを持たないただの動物ってヤツがいる。
今回の襲来はどっちの獣もだ。
理由は不明だけど、森に住まう獣という獣が木の葉に牙をむいた。
木の葉、というだけあって、木に森に囲まれたこの里は、所謂全滅の危機だったのだ。
そこで、起死回生の策を木の葉の重鎮どもは持ち出しやがった。
それが人身御供。っつか、生贄?
まぁ要するに俺だ。
でもそれだけじゃない。
俺の中にいる九尾。
九尾は獣の王だ。
どんな獣よりも強い牙と強いチャクラと知能をもって、森の獣の頂点にいたものだ。
だから、俺が九尾のチャクラを使えば、獣たちは収まるんじゃないか?って。
ま、そーいうわけ。
獣は、いた。
すぐそこまで来ていた。
すぐそこでこっちを見てた。
なんだか、妙にきらきらしい目で。
なんっつの?
獣に感情があるのかなんて知らないけど。
もし、感情があるなら、そいつら、まさに"嬉しい"って顔してた。
―――木の葉を滅ぼせるのが?
とりあえず、ヒナタをぎゅうっと腕の中閉じ込めたまま、俺はそいつら睨み付ける。
こいつらは敵。
その認識に間違いはない、筈。
したら、なんだかそいつら急に慌てだしやがった。
意味分かんね。
理解不能だ。
あわあわと動揺する獣の群れ、その中から立派な銀の毛並みを持つ狼が現れた。
その体躯、熊よりもずっとでかい。
っつか、かっこいい。
『王よ。久しいな』
声が聞こえた。低くてちょっとかすれたほれぼれするハスキーボイス。
しかも、なんと、その、超かっこいい銀の狼から。
一瞬ぽかんとした。
獣ってしゃべるんだ。
でも、そういえば腹の中いる九尾だってしゃべる。
チャクラを持つ獣と持たない獣の差だろうか。
「な、ナルト君」
腕の中、ヒナタが身じろぎして、抜け出そうとする。
あんまり、っていうか全然離したくないけど、この体制だと奴ら襲ってきたら対処できない。
って、いうか、対処する気あんのか?俺。
死ぬ気バリバリだったんすけど?
………でも、なんか。
ヒナタがいるなら、俺、生きていてもいいや。
うわ、なんか、すっげ恥ずかしい。
そわそわする。
くすぐったくって、むすかゆくって。
何だこれ?
ヒナタはするりと俺の腕から出て、不思議そうに周囲をうかがった。
その目のふちは真っ赤。顔も真っ赤。
ヒナタも、俺とおんなじ気持ちなった?
そうだったら、なんか、すっげー嬉しいかも。
『白き眼の娘か。久しいな』
「銀色の…狼」
久しいな、って言われて、びっくりしたヒナタ。でもすぐ思い当たったように向き直る。
「あの時は…助けてくださって、ありがとうございました」
『礼を言うには及ばない。主は我が子を助けた』
「…でも、ありがとうございます…」
ヒナタは深くおじきした。
っていうか、ヒナタ、お前すげーよ。
もうこの状況に馴染みやがった。
獣が話すなんて、普通のヤツは絶対信じねぇと思うぞ?
銀色の狼、そいつも不思議そうにヒナタを見ていた。けど、なんだか嬉しそうだった。
天然たらしって、すげぇ。
獣もあっさり落としやがった。
「…それで、お前は九尾の知り合いかなんかか?」
『王の部下だ』
「ふーん。名は?」
『譜威』
「で、コレはどういうわけ?」
ずらっと俺の前に並んだ獣たちをあごでしゃくった。
木の葉を滅ぼすつもりなど、こいつらにはなかったということだろうか?
よーするに、俺たちって早とちり?
うわ、馬鹿じゃねぇ?
おい。
おいおいおい。
勘違いで、里の人間揃って避難して。
火影も真面目な顔で、暗部どもも出張って結界張って。
俺を人身御供で差し出して。
俺も、死ぬかなー暴走かなーってうきうきしてたってのに。
………いや、まぁ…その、今はヒナタと生きたい、って思うんだけどさ。
そのときは、本気でうきうきしてたから、なんかちょっとショック。
あ、でも、ヒナタが来てくれた。死ぬって決まっているような場所にヒナタが来てくれた。
………そうだよ。
それって凄いことじゃね?
だって、ヒナタは俺と違って色んな奴らに好かれてる。
同期の奴ら、みーんなヒナタにべったり。
ヒナタもあいつらといる時は笑顔が多い。
その、ヒナタが、だ。
そのヒナタが俺のためだけに、ここに来てくれた。
凄い。
ヒナタ、お前凄いよ。
だって、俺、嬉しい。
嬉しくて、嬉しくて、気、抜いたら、ふら、って気が遠くなりそう。
『王が、我らを呼んだ』
「…は?九尾のヤツが?」
『違う。王を持つ、主がだ』
主?
ぬしって何だ?
ぬし?主?
主=俺?
「って俺!?」
思わず自分を自分で指差してしまう。
何だそりゃ?
意味不明。理解不能。
俺は獣なんか呼んだ記憶全く持ってありませんがな。
俺のその疑問を感じ取ったように、九尾の部下らしい譜威が言った。
『王の感情は我らの感情。王が不快であれば我らにとっても不快。王が幸福なれば我らにとっても幸福』
「はぁ?」
「感情が…分かる…の?」
分かりにくい言葉にヒナタが首を傾げて問いかける。
『いかにも。王の感情に我らは耐えられなくなった。よって木の葉を襲撃することにした』
………。
…………………。
………………………………。
………………………………………………………は、い?
「はぁ!?何だそれ?よーするにお前ら、俺の為にきたわけ?」
何だそれ?何だそれ?
今日は一体何なんだ!?
意味不明で理解不能なことばかり起きやがる。
これはアレか?厄日ってやつか?
『王は怒っていた。王は苦しんでいた。王は疲れていた。王は絶望した』
譜威の言葉は俺のどこかを動かす。
確かに、怒っていた。恨んで恨んで全てを呪い恨み、この年まで生きてきた。
けれど…。
ふと、これまでに思いをはせる。
苦しんで、いた…のか?
…疲れていたのか?
絶望していたのか?
気付かなかった。
気付かなかった。
ただ、開放されればいいとは望んだ。
それは、絶望の末の考えだったのだろうか。
「な、ナルト君」
ヒナタの手がおずおずと俺の手を握った。
ちっちゃくて、柔らかくて、あったかい手の平。
そういえば、俺、こんなもの知らない。
手を繋いだって、気持ちいいなんて思わなかった。
いつこの手が俺を殺すものになるのか、なんてことばかり考えていた。
冷たい手ばかりだった。
「俺…は…」
ああ。そうか。
俺は、疲れたんだ。
全てを偽って、木の葉の里で生きることが。
もう全部全部面倒になって、何で生きているのか分からなくて、恨みも怒りもどうすればいいのかもてあまして。
全部、はじけて、どうでもよくなった。
開放を望んだ。
木の葉の里から自分が消える事を望んだ。
それでも自分で自分の生を奪う事は出来なかった。
必死に生かしてきた身体を、自分の手で終わらせるのは嫌だった。
そんな自分に、絶望した。
「ナルト君」
小さな声。いつの間にかヒナタの手をぎゅうっと握り締めていたみたいで、白い手が赤くなっている。
「!!…ごめん」
しまった、って思って、ばっと放した手を、慌てたようにヒナタが握る。
「き、気付かなくて…私…知らなくて…ずっと、ずっと見てたのに…」
みるみるうちにヒナタの目に涙が盛り上がって、俺はギクリと身をすくめた。
涙は嫌だ。
ヒナタのそれは見たくない。
何よりもヒナタが本当に悲しそうで、本当に苦しそうな顔をしているから、俺はぎょっとした。
どうしてヒナタがそんな顔するのか分からない。
「ま、待ってヒナタ。何でヒナタがそんな顔するわけ?俺は別に何にも思ってないって」
自分で気付かなかったくらいだから、ヒナタが気付かないのも当たり前だ。
だからヒナタが気に病む必要なんて全然ないのに…。
「…で、でも…!」
「いや、マジで!な、泣くな?」
マジでもう泣かないで。お願いします。
っつか、どうすればいいのよ。
ええと…女の子が泣いた時の対処法?
…そんなん知らねぇって…。
がっくりと首をたれてしまって、したら、譜威が俺の袖引っ張って、首を振る。
耳近づけろって?
『王よ。ここは一つ思いっきり抱きしめるのが順当ではなかろうか』
その声は、どこか笑いを含んでいるようにも感じたけど、ようするに俺が困りきってるのバレバレだからだろう。
でも俺はそれどころじゃなくて、獣のアドバイスってヤツを、真面目に実行した。
ぎゅう、って抱きしめる。
……………ああ。もうやばい。
身体中が幸せで満たされる。
「な、ナルト君!?」
ヒナタ、びっくりしすぎて涙が引っ込んだらしい。
獣のアドバイスも役に立つものだ。
あんまり抱きしめてると何だか俺の気が遠くなりそうだったんで、名残惜しいけど、俺はヒナタを開放した。
ああ、なんかヒナタがよく倒れてたけど、俺も今だったら幾らでも倒れれそうだ。
『譜威よ。お主目的を忘れておろう』
新しい声がした。
それは譜威の声よりも高くって、また見事な体躯の灰色の狼。
『殷夏よ。王の前ぞ』
『分かっておる。されどお主だけじゃ話が進まんのじゃ』
と、いうことで…みたいな感じで、灰色の狼、俺の前に膝を折った。
っつーか、マジで九尾って王様だったのね。
俺ってば普通に疑ってたんだけどな。
「あんたは?」
『我は殷夏。王の部下よ』
「ふーん。で?」
『王よ。我ら獣は王の解放の為に来た。されど今、王はまだ解放を望むか』
単刀直入。
すぱっと、切り出されて、俺は少し気圧される。
っつーか、解放、ねぇ。
確かに解放されたかったんだけど。
でもなんかヒナタが居たらもっと幸せが貰えそうな気がするし。
今死んだら勿体無い気がするし。
あーーーー。
でも木の葉には戻りたくねぇ。
っつか、俺1人だったら里抜けすればいいんだけどな。
…でも、ヒナタはきっと木の葉に戻りたいだろうし。
でもでもヒナタが居なかったら俺が生きているのもなんかバカバカしいし。
俺と一緒に来て。
………なーんて、無理か。
確かにヒナタはこんなところまできてくれたけど。
やっぱ帰れるなら帰りたいだろうし。
そうだよな。
そうだよな。
なーんて、俺が考えていると。
『白き瞳をもつ娘よ』
「は、はい!」
『主、王と共にあるのと、里に戻るのとどちらを選ぶかえ』
『殷夏!?』
「っっ!!!」
このクソ獣!!
おいおいおい!!
ちょっと待て!てめぇ何言い出すよ!!
くっそ、性格わりぃ!
「あ、あの…」
おずおずと、ヒナタは言葉をはさむ。
奇妙な緊張感に全身が包まれた。
俺の緊張が伝わっているのか、譜威も殷夏もしん、と息を詰める。
「私は…ナルト君が1人でここに向かった後…みんなに黙って、ここまで来ました。…もう、みんなに会えないのは…凄く寂しいけど…でも、でも私は…ナルト君と…一緒にいたいです」
『里を捨てても?』
「はい」
『仲間を捨てても?』
「は…い」
『家族を置いても』
「…はい」
『…主は善き伴侶を見つけなさった』
殷夏は頷き、そして俺を見上げた。
っつか、俺ちょっともう倒れそうなんですけど…。
とか思ってたら譜威が俺の身体を支えてくれる。
うーわーもー…よーするにこのこっぱずかしい感情は筒抜けなんだよ!
あーもう駄目。
嬉しい。泣きそう。
ヒナタって如何してこんなに俺の想像の上を行ってしまうんだろう。
今日は本当になんていう日なのだろう。
本当のヒナタを知って、まだ数時間もたってないのに。
ヒナタがもたらした感情は知らないものばかりで。
俺はそれに振り回されてる。
もっともっとヒナタを知りたくて、ヒナタを抱きしめたくて。
伴侶、って言われて、顔を真っ赤にしているヒナタは本当に可愛らしくて。
俺の顔も赤いんだろう、と思った。
『主よ。それが愛だ』
こっそりと譜威が俺に囁く。
俺、は、それに…ああ―――なるほどな…そう、思った。
"嬉しい"を軽々と超えていったこの感情。
幸せを一杯くれる存在。
あったかくて、幸せで、ずっと触れていたいと思わせるぬくもり。
もう離れたくなくて、離したくない。
「ははは…」
初めて知った。
12年間生きてきて、ようやく今になって、愛情、というものを俺は知った。
「ヒナタ。俺は里を抜ける」
晴れ晴れしい気持ちで、俺は宣言した。
ようやく、解放の時が訪れた。
「だから…一緒に来てくれるとすっげー嬉しい」
それが本心。
初めて俺は他人を求めた。
「…うん。ナルト君と、一緒に行くよ」
ヒナタはとても可愛いと思った。
がーーーーって気持ちが浮上して、また泣きそうになった。
…と、そこで譜威の声。
『主、主、早く抱きしめるのだ!』
「えっ!?」
突然言われて、思わず反射のようにヒナタを抱きしめる。
ああ…幸せ。
うっとりと、瞳を細めてそのぬくもりを全身で感じ取る。
ああもう。本当に。
『主!そこで唇を合わせるのだ!』
『ヒナタ!もっと強く抱きしめ返すんだよ!』
……………………………………………………っておい!!!!!!!!
「お前らなんなんだよ!」
「あ、あの、そんな…」
真っ赤になって、2人して言い返した。
何なんだこいつらは…!!
くそ。
やけに目をキラキラさせやがって!!
『主!折角のチャンスを…!』
『ヒナタ!折角想いが通じたのだぞ!?もっと積極的に行かぬか!』
「あああーーーー!!!もうお前ら黙れ!口を出すな!」
俺が叫ぶと、譜威と殷夏は揃いも揃って
『『主!子供が欲しくないのか!?』』
「気がはえぇんだよ!!!!!!!!!」
…………………………つい、叫んでしまった俺は正常だと思う。
そうして、不幸にも獣の王の器にされてしまった少年は、愛情を手に入れました、とさ。
2006年2月25日
予想外に長くなってびっくり。
でも意外と短いんですよ。改行がとことん多いだけで。
最初は全く考えもせず、存在しなかった譜威と殷夏の存在が結構気にいってしまったり。
(最初は完璧にナルトとヒナタの2人しか出てこない予定だった)
即席キャラのくせしてなんとなく名前も気にいったし。
譜威はオス、殷夏はメスで、つがいの2匹です。似たもの夫婦(笑)
最後は色々考えてたんだけど、この2匹に持ってかれましたuu