『その誓いは決して違わず』







 延々と広がる砂の大地。

 それを飛び越えるに必要な翼は、ひどく頑丈で強靭でなければならない。

 それなれば―――。















 風影の住まう屋敷の上、静かに静かに2つの影が佇む。
 夜闇の中、鮮やかに濃い金の髪が舞う。
 全く同じ体勢をした2つの影は、まるで彫像のように動かない。
 最初からその場所にある建造物のように、静かに静かにそこに在る。

 が。

 長い髪をもつ方の瞳が、すぅ―――と開いた。
 それに呼応するように、短い髪の持ち主の瞳もゆっくりと現れる。
 どちらも澄んだ緑石。

「テマリ」

 短い髪の持ち主が囁くように呼びかける。
 長い髪の持ち主は、天を見上げたまま動かない
 砂塵の舞う闇の中で月だけが煌々と輝く。

 砂隠れの里で、これだけ綺麗にくっきりと、満月が輝くという事は滅多にない。
 それが、どこか不安を掻き立てる。
 確証のない胸騒ぎを誤魔化すようにして、テマリは首を振った。

「…行くよ。カンクロウ」

 そう、弟を呼べば、彼は静かな表情で頷いた。
 彼もなんとなく不穏なものを感じているのだろう。




 ―――そういう嫌な予感ほど良く当たるものだ。







「どこにいくじゃん」  

 闇に潜んで動く影の後ろにから、にこやかにカンクロウが問いかけた。
 テマリもいかにも子供らしく影に視線を送る。
 影は、2人に気付いていたのか、何も言わず、ただ2人に向き直る。
 その顔は布で覆い隠され、表情は読めない。 

「何故暗部がこんなところに?」

 テマリの問いかけに、暗部の答える気配はない。
 本当は、目的など分かっている。

「我愛羅を殺しに行くつもりか」 

 すぅ―――と、目を細め、子供にしてはひどく冷めた瞳でテマリは問いかけた。

「それなら、俺達が相手するじゃん」

 すぅ―――と、目を細め、あくまでも笑みを浮かべたまま、カンクロウは言う。

 暗部の空気が、ふと、変わった。
 テマリとカンクロウの瞳が注意深く暗部を観察する。


「―――残念ながら…それは無理ですよ。…テマリ様…カンクロウ様」


 深い悲しみを伴うその声に、思わず、目を見開いた。

「…まさか…お前…」
「夜叉丸…」

 呆然と言葉を紡ぐ2人の子供に、暗部は顔を隠す布を取り、確かに夜叉丸という人物の顔で、優しく微笑んだ。

「貴方達が強いのは百も承知ですが、まだ、私に勝てるほどではないのも分かるでしょう?我が愛弟子達よ」
「―――っっ!!何故だ…!何故貴方が出なければならない!砂はそこまで堕ちたのか!!!!」

 テマリの強い叱責の声に、夜叉丸はただ微笑んだ。

「何でだよ…あんたは…親父に知られないように俺達を強くしてくれたじゃないか…。我愛羅を守る事を賛成したじゃないか!!」

 カンクロウの哀願にも近い声に、彼は微笑み続ける。
 小さな弟をどれだけ守りたいと思っても、守る術を知らなかった自分達に、それを教えたのは彼だ。

「私は我愛羅を愛し、それでも憎んでいる。どちらも本当。消す事など出来ない。そして…風影の命なれば」

 私はあの子の命を奪います。
 と、彼は笑った。
 その笑みはあまりに奇妙に歪んでいて、2人はぞくり、と身を震わせた。

 彼は、忍だ。
 唯の医療班として活躍する裏で、どれだけの暗殺任務を暗部として受け持ってきたか2人は知らない。
 彼は大事なものを切り捨てることが出来る。
 それは砂の忍のあるべき姿。

「私は…それでも…ここを通すわけにはいかない」
「俺もじゃん。俺達はあいつを守るって誓った。後には引けない」

 自らを鼓舞するように言葉に出して、2人は同じようにして構えた。

 彼を守ると誓った。
 彼をこの里から開放すると誓った。

 だから。






「それでは…テマリ様…カンクロウ様…さようなら」

 彼らの決意など、圧倒的な力の差の前では、何の意味も成さないのだ。
 ほんの少しだけ、微笑んで、それを最後に彼らに対する感傷を消した。
 決着は、早かった。








 地に堕ちた2人を、いっそ傲慢に夜叉丸は見下ろした―――。