風が、舞う。
 ゆらゆらと動く金の髪。
 細く伸びた指先が、ぴくりと動いた。

「…かん…く…ろう…」

 じわりじわりと身体を起こし、己の分身を呼ぶ。
 地にひれ伏した短い金の髪の持ち主が、ほんの少しだけ動いた。

「て…まり」
「ああ…生きて…るみたいだ…な」

 ゆっくりと身体を起こせば、激痛が隅々を突き抜ける。

「…っつ!!!!」

 よろけつつ立ち上がった2つの影は、互いを確認するように見つめあい、深くゆっくりと頷いた。
 何も、言葉にする必要などない。
 自分達は一蓮托生。
 同じ意思を持ち、同じ目標を抱く。
 揃って、ようやく飛び立てる存在なのだから。 

「…行くよ…」
「勿論…じゃん」

 ふらり、ふらりと、今にも倒れそうになりながら。
 身体中に走る激痛に耐えながら。
 簡単に止血だけを終えると、鮮やかに姿を消した。

 砂瞬身。
 その技の切れも速さも、いつもに比べれば無様でしかなかったが。 
 それでも…。






 砂の大地に影が舞う。
 泣く子供は気付かない。






 じわり、じわりと影は迫る。
 そろそろと取り出されたクナイ。
 鋭く風を切って、子供に向かった。
 子供は、それでも気付かない。
 だが、子供は気付かなくとも、彼を守る砂が反応する。

「え?」

 その鈍い反応に、影は密かに笑った。
 自分は死ぬ。

 もしかすればこの子供を道連れにして。
 もしかすれば唯の一人で命を落とす。

 もう、どちらでも構わない。

 愛している。
 憎んでいる。

「!!」

 砂をかわして、懐へと入り込む。


 遅い。


 この程度の砂ならテマリでもカンクロウでもかわせる。
 グッ―――と、クナイを肩口へ差し込む。
 その様を信じられない、という風に我愛羅が見つめる。

 それはそうだ。
 砂をかわされたのなど初めてだろう?
 己の血を流すのは初めてだろう?
 初めて味わう傷はどうですか?

 痛いですか?

 苦しいですか?


 貴方の負った心の傷とどちらが苦しいですか?



「あああああああああああっっ!!!!!!」



 ねえ我愛羅様。
 これで、最後です。
 顔を隠す布の下で、にっこりと微笑んだ。

 自分でも分かっている、狂気の笑み。
 ああ。もう戻れない。―――分かってはいたけれど。

 恨みますよ、姉さん…。
 我愛羅は…この子は貴女を奪い、けれども確かに貴女の子供だ。
 愛情と、狂気だけを私に残す。

「我愛羅様」

 小さく小さく呟いたその声に、我愛羅の小さな身体がびくり、と震えて、目を見開いた。
 うそでしょう?
 とでも、いうように。

 我愛羅の目には見えていないだろう。
 チャクラで形成された数百もの刃が、一斉に、宙に浮いた。
 拘束術で我愛羅と、砂の両方を押さえつける。

「さようなら」

 動かぬ砂など、意味を成さない。
 数百の刃が我愛羅に、一斉に襲い掛かった。


「―――!!」


 分からないだろう。
 我愛羅には何が起こっているのか。
 ただ、ただ、目の前の凄絶な状況に立ちすくみ、みっともなく震え、涙した。


「大丈夫」
「大丈夫」


 砂のざわめき、風の囁き、カラスの鳴き声。
 幾つも幾つも波の様に折りかさなって、その、中で、確かな声が二つ、聞こえた。


「て…まり…か、んくろ…う…?」


 呆然とした、子供の言葉に、2人、もう一度繰り返した。
 大丈夫―――。…と。


 身体中から血を流し、我愛羅に背を向けて立つ。
 信じられないくらいに多量の血潮が、我愛羅を濡らす。
 かはっ、…とテマリが血を吐く。
 本当は、すでに限界なんて超えているのだ。

「テマリ!」
「いい…大丈夫だ」

 その言葉には何の根拠もなくて、カンクロウは唇を噛み締める。
 カンクロウとてすでに限界。
 さっきの夜叉丸との戦いで、かなりの傷を負っている。
 それ、に加えて、今負ったばかりの全身を貫いた傷。
 最後のチャクラで身体に薄く結界を張っていたかいはあったが、それでも傷は大きい。
 崩れ落ちそうになる体は、けれども己の背にある存在が支えてくれる。

 すぅ、とテマリが息を吸った。
 息をするのも、実はもうきつい。
 けれども声を絞り出さなければならないのだ。


「何故、我愛羅を狙う。さては貴様抜け忍か」
「砂を抜けて、我愛羅の守確を手に入れんとするか」


 カンクロウもテマリに続く。
 ぎりぎりの声はかすれ、消えそうにも弱く、けれども強い。
 暗部は直立不動の状態で、2人を見ていた。
 2人の、己の育てた愛し子たちを。
 ふっ―――と、息が抜けたように笑みを漏らす。
 顔を覆いつくす布を、迷うことなく剥ぎ取った。

 テマリとカンクロウは怒りから、そして我愛羅は驚愕に息を呑む。


「貴方達は、本当にお優しい。我愛羅様を襲ったのが私だと知られたくなかったのでしょう。いい、判断です」


 ばらしといてなんだけどね、と苦笑を付け加えた。
 言葉を挟むだけの力もなくて、2人は、ただ唇を震わせる。
 彼は、彼にだけは知ってほしくなかったのに。
 我愛羅には、自分が狙ったのは抜け忍の、極悪非道な人間だと思って欲しかったのに。
 彼が唯一心許した夜叉丸であることを知っては欲しくなかったのに。

 どうして、この人は―――!


「なんで、テマリ…カンクロウ…?」

 小さな小さな呟きに、2人はほんの少し肩を震わせる。
 どうして、彼らは、どうして自分を庇う?

 交流なんてほとんどない。

 部屋に隔離され、あらゆるものを与えられてきた我愛羅。
 風影の長子として、風影直々に修行を受け、忍としての技術を詰め込まれているテマリ。
 風影の長男として、修行を受け、術を磨き、新たにカラクリという技術を手に入れたカンクロウ。

 自分たちには、血の繋がり以外に何の接点もなかった。
 その筈、なのに…。

「ち、血が…」

 自分が肩口から流したものなんてほんの僅か。
 今や全身を濡らす程に血を流す2人の忍。

 どうして立っていられる?
 もう…死んでしまっても可笑しくない。

「我愛羅様」

 静かな声に、びくり、と身を震わせた。

「な…なんで…なんでなの…!?…なんで…夜叉丸が…」

 呆然と、姉と兄の背の向こうに夜叉丸を姿を認め、言葉をこぼす。
 彼は、優しかった。
 ただ一人自分と接し、自分を止めてくれた。

 それなのに。
 どうして彼と今こうして対峙しているのだろう?
 自然に涙がこみ上げて、
 うぇ…と、

「いつも…」

 この人だけは、自分を見てくれていたのに。
 自分を人として見てくれたのに。
 微動だにせず、3人を眺める忍は、冷たく笑った。

「命令を、受けました」
「め、い…れ」
「我愛羅、聞くな」

 さえぎるテマリの声はくぐもっていて、我愛羅は小さく聞き返した。

「え…?」
「貴方達の父、風影様より、我愛羅様の暗殺依頼を受けました」
「…!!!!!!」

 眼を、驚愕に見開いて、我愛羅は固まった。
 一瞬の静止ののち、うぇ、と胃のものを吐き出した。

「夜叉丸っっ!!!!!!!!!!」

 激情のまま、テマリの身体がはじかれたように動いた。
 同時に、カンクロウの身体もまた、走り出す。
 もう、術など残っていない。
 あるのは唯己の身体一つのみ。
 捨て身で切りかかる2人を、まるで虫けらの如く、ほんの少し身体を動かしただけで、弾き飛ばした。

「ぇ…っっ!」
「ち、く…しょ…」
「が……ら…に、げ…」

 必死の形相で、行け、と合図する2人に、我愛羅が泣きじゃくりながら頭を振る。

 何で?何で?
 だって、彼らは。
 彼らは自分を恨んでいるはずなのだ。
 母を、彼らから奪いとった、自分を。

「気付かなかったのですよね。我愛羅様」

 自分の殻に閉じこもって。




「貴方は、こんなにも愛されている」




 夜叉丸の言葉に、我愛羅は打たれたように立ちすくんだ。