「そ…んな…。…だって…」
だって、彼らはいつも我愛羅の傍にいなかった。
言葉を交わした事すらほとんどなくて。
兄弟と言う名の他人。
それが、彼らだった。
それなのに。
そのはずだったのに。
愛されて…いた?
そんなの、信じられない。
かつてない動揺に襲われている我愛羅に、ふ、と夜叉丸は笑った。
全てに疲れきったような笑みだった。
「我愛羅様」
え?と振り返った瞬間、我愛羅は気を失う事になった。
砂のガードなんて易々と乗り越えて、首の背を軽く手刀でついたのだ。
身体を鍛えてなどいない子供は、こんなにも弱い。
例え、砂が自動で守ろうと、自分にとっては赤子も同然。
「が…ら…」
涙に濡れた瞳で、愛弟子たちは我愛羅を見つめる。
動かない身体を引きずってでも必死に近寄ろうとしているのが、よく分かった。
「テマリ、カンクロウ」
夜叉丸は、死に掛けている弟子の前に立つ。
涙に、血に身体を濡らしながら、未だ戦意を失わない強き翡翠の瞳。
「賭けを、しようか」
「…か…け……?」
「そう、賭け」
夜叉丸が、ふわりと彼らの上に手をかざすと、急速に身体の治癒力が高まり、みるみるうちに傷口がふさがり滑らかな肌を取り戻していく。
「なに、を…」
「我愛羅様は人を信じない。己しか信じず、人の命を奪い己を確立させる」
「………なんだと!?」
「我愛羅はそんなっ!」
「今の我愛羅様は違う。だから、今から私がそうする」
言う間にも印を組み、彼は複雑な呪印を合わせていき、我愛羅の上にかざす。
息を呑んで走り出そうとしたテマリとカンクロウだが、身体はそれを拒んだ。
夜叉丸は彼らにそれを許すほどの回復はせず、また多量の血を失ったことによる貧血が、彼らの意識すらもおぼつかなくしていた。
「記憶隠蔽、及び、植え付け。我愛羅様は誰も信じない」
目に見えぬ刃が、我愛羅の額に傷をつける。
血を、吹きださせ、ゆっくりと深く深く傷をつけ、言葉を描き出す。
『愛』と。
「自分を愛し、自分だけを信じる。我を愛する修羅。姉さんのつけた名前の通りに我愛羅は生きるだろう」
姉の気持ちがどこにあったのか、夜叉丸にも分からない。幾ら肉親であっても、彼女は夜叉丸とは別の人間であるのだから。
ただ、その名前を夜叉丸はそう解釈した。確かに彼女はこんなことを望んではいなかったから。
「我愛羅様が、貴方たちに心を許さずとも、貴方たちが我愛羅様を守り通す事が出来たのなら、賭けは貴方たちの勝ちです」
「そんなの!」
「出来るかどうかは分かりませんよ。人は見返りなしでは動けない」
テマリの言葉をさえぎって、夜叉丸はそう言う。
「では、待っていますよ」
夜叉丸は、いつもの笑みでそう言った。
あまりにも自然に、笑っていた。
そして。
―――バン!!!!!!!!
「………え?」
「……や、しゃ…丸…?」
呆然と、2人は夜叉丸の居た場所を見詰める。
居た場所。そう、居た場所だ…。
だが、もう、いない。
鼓膜を突き刺した大音。頬を、身体を、夜叉丸という物体であった肉片と血が叩いた。
夜叉丸という人間は、そうして死んだ。
「―――中忍試験?」
「そう。私と、お前と我愛羅で」
「音が絡んでる?」
「…そうだな」
「どう、動く」
「さぁな。だが…私たちのすることは決まっている」
「ああ―――…守ってみせるさ…絶対に」
「当たり前だ―――」
ばさり、と黒い衣が舞った。
ただ静かに闇夜に舞い、後はもう振り返らない。
紅く染まった惨状を、屍を、それら全てを踏みつけてでも守りたいモノがある。
「「守り抜く」」
翡翠の光が、闇を射抜いた。
小さな命が生まれたとき、自分達は誓った。
彼を守ること。
あまりにも狭い砂という牢獄から開放すること。
だから。
延々と広がる砂の大地。
それを飛び越えるに必要な翼は、ひどく頑丈で強靭でなければならない。
それなれば―――。
それなれば作ってやろうじゃないか。
強固で、決して壊れる事などない翼を。
俺達がそれになってやろうじゃないか。
砂を乗り越え更なる世界に旅立てる翼に。
2006年4月17日
砂スレメインのお話。
大分前の祝詞お題『翼』の時に途中まで書いて放り投げたもの。
砂スレは書いてて楽しいのですよ。勿論木の葉も楽しいのですがuu