夜だった。
里の門を出て、少し歩いた場所の小さな森。
何があるわけでもない。
何でもない日の、何でもない夜。
そこに、少年と少女が立っていた。
砂色の髪と、濃紺の瞳。
ひどく冷たく見える、整った容貌。
少女は手を差し伸べるようにして伸ばし、少年はその上に手を重ねる。
口を開いたのは少女の方。
「悪い」
ひどく簡潔な言葉。
その言葉は自分の人生を変えるものに他ならないというのに、少年の反応は薄かった。
目の前に立つ同じ顔の相手。
違うのは性別と、格好だけ。
合わせ鏡に写る、女の自分。
少女の差し出した手のひらの上、少年が重ねた手のひらの下。濃紺の布を使った砂の額宛。下忍となった少女が使い続けてきた、少年には与えられていない忍としての証。
「…んー。ま、いいよ。オレは大して里に興味もないし。面白ければそれで」
「そう、か」
少年の言葉に、少女は申し訳なさそうにうなずく。
音も立てずに、額宛は少年の手へと移り、少年はつけたことのないそれを首へとまわし、結ぶ。少女の好んだ結び方。
2人は2卵生の双子でありながら、他者に区別出来ない程似ていた。
少女は姉であり、名をテマリという。
少年は弟であり、名をテマリという。
姉は弖鞠。
弟は晃鞠。
双子を忌まわしき子とする砂にあって、認められてはいけない子供たち。
そのため姉である弖鞠だけが存在を認められている。風影の長子として。
弟である晃鞠の存在は隠され、ほんの一握りの人間しか彼の存在を知らない。
彼らはそれを気にするほど繊細ではなく、大雑把にそういうものかと納得した。
だから、ほんの一握りの人間が思うほど彼らは自分達を可哀想だとは思わない。
けれど、今、同じように育ってきた存在は、全く別の道を歩もうとしている。
それを少年は哀しいことだとは思わない。
片割れは大事なものを見つけたのだから。
「相手はアイツ?」
「………」
「ふーん。そっか」
無表情だった相手が、ほんの少し頬を染めて、視線をそらす。
なんて珍しく、驚愕すべき光景。そんな顔、晃鞠は知らない。
ついでに言えば、同じ顔をしているので、自分にもそんな表情ができるのだろうかと疑問に思う。あまり、感情が豊かとはいえない2人だったから。大事な人間以外には、決して感情を見せない2人だったから。
大事なものは目の前にいる双子の片割れと、血の繋がった肉親。それだけだったから。
少しだけうらやましいと思う。それだけ心を許せる相手を見つけることが出来たことが。それだけ大事な相手が出来たことが。
少女がこれからすること、それを少年は理解していた。
言葉にせずとも、ただ、分かっていた。
双子の姉である少女が何をするのか。
双子の弟である自分に何を求めているのか。
だから少女は説明もせずに額宛を差し出し、少年はそれを受け取った。
「本当、悪い」
「いいって。女として生きるのもたのしそーだし。ま、どんな噂が流れてきても文句は言うなよ?」
にやりと笑った少年に、少女は苦笑する。
少女が求めたこと。
それは、少年が少女として生きること。
「それは、怖いな。あんまり奇抜な人間にはならないでほしいが」
「はは。…まぁ。風影の長子らしく、弖鞠が振舞っていた"テマリ"らしく振舞ってみせるさ」
「そうか…ありがとう」
「ああ。まぁ、アイツにもよろしくな」
「ああ…。また、会いに来る」
「おー。じゃあな、弖鞠」
「ああ。じゃあな、晃鞠」
次いつ会えるのかなんて分からない。
分かるはずもない。
それでも少女と少年は、当たり前のように背を向けた。
明日にでもまた会えるかのように。
それが、砂の長子が本当に1人になった瞬間。
※アイツとはイタチさんだったりするので、2の方は軽くイタテマ要素が入ります。苦手な方は避けてくださいな。