見習い魔女っ子の旅路 1



「ちょっと、旅に出てくるから」

 猫の師匠にそう言われて、あたしは数秒、絶句した。
「今からですか?」
 1日帰ってこないプチ旅行はよくあることだけど(だって、猫だから)、わざわざ旅と宣言するのは今までなかった気がする。吃驚して思わず見当違いのことを口走ると、あたりまえだろ、と返された。

「なんなら、お前も行くか?図書館に頼んでいた本の全集が届いたって知らせがあったから、読みにいこうと思ってるんだよ。いちいち、1冊ずつ送ってもらうのもまだるっこしいしな」

「図書館…」

 いつも、郵便屋さんが届けてくれる荷物。差出人は、いつも図書館だ。
 師匠は遠くにあるその図書館と貸し出し契約を結んでいて、借りたい本を連絡すればその図書館から郵便で送られてくるしくみになっている。だけど、1度に借りられるのは1冊だけ。新しいのを借りようと思ったら、今借りてるのを返さなきゃならない。全集なんて冊数が多いのを読もうとするのは大変そうだ。

「結構、遠いからな。お前を1人で残していくのも心配だし、一緒に行くか?」
「…行きます!」

 この街から出るなんて、初めてだ。
 そう思うと、なんだかすごく楽しみになった。




「あたし、ちょっと旅に出てくるから。その間、郵便物は森のポストに入れててくれる?」

 その日のお昼過ぎ。
 いつものように配達に来た郵便屋さんに言った言葉は、奇しくも師匠と同じだった。

「えっ……?」

 絶句する郵便屋さんを見て、あたしもこんな感じだったのかなぁとちょっと面白くなる。

「明日から、ちょっと遠くの図書館に行ってくるの。1ヶ月くらい、誰もいないからね」
「明日から、1ヶ月ですか…」

 呆然と呟く郵便屋さん。そんなにショック受けることでもないと思うんだけど。
 あたしが住んでる家は街からかなり離れてる。そんなところに毎日郵便を届けるのって、大変だろう。あたしだったら、さぼれるのを嬉しいと思うんだけどな。
 郵便屋さんの苦労を思って、森の入り口にポストも作ってあるんだけど。彼が担当になってから一度しか使われていない。
 毎日、家まで届けてくれる。
 こんなに親切にしてくれる郵便屋さんは初めてだから、あたしもお菓子をあげたりお茶に誘ったり、いろいろしてるうちになんだか友達みたいな感じになった。

 この頃は郵便屋さんが来て、一緒にお茶してくのが当たり前になってたけど、明日からは出来ないんだなぁ…。
 ぼーっとそんなことを考えながらがっかりしてる郵便屋さんを眺めていると、がしっと手を握られた。

「…旅の無事をお祈りしてます。帰ってきたら、すぐに教えてくださいね」
「もちろんだよ」

 名残惜しげに去っていく郵便屋さんに手を振ると、郵便屋さんも、手を振って応えてくれた。




 箒に乗ったり、馬車に乗ったり、汽車に乗ったり。
 いろんな移動手段を利用して、あたしと師匠は大きな大きな街にやってきた。

「すごい人…」

 髪と目を隠すためにかぶったベールをちょっとめくって辺りを見渡すと、色とりどりのきれいな服を着た女の人や男の人がいっぱいいた。

「ね、師匠。これからお祭りでもあるの?」
「何言ってるんだ、これが普通だぞ」
「…これが?」

 住んでる街でお祭りぐらいの人出が、この街の普通だなんて。
 駅から出ると、もっとたくさんの人が駅前の広場にいた。行きかう人々は、住んでる街に比べてどこか早足であたしの横を通り過ぎていく。邪魔そうにされて、あたしは慌てて師匠とはじっこによった。

「すっごい人…」

 もうなんか、ぽかんと口を開けてるしかない。
 呆然と立ち尽くしていると、師匠が尻尾でぺしんとあたしを叩いた。

「ぼーっとしてないで、さっさと落ち着けるところに行くぞ。観光だったら後でしろ」
「う、うん」

 さすが師匠。こんなに人が多くても動揺してない。
 感心しながら、あたしは師匠が踏まれないように抱き上げて、目的地に行く辻馬車を探した。




「ここだ」
「ここ…ですか?」

 見上げるほど大きな屋敷の、これまた大きい扉を見上げて、あたしは呆然とした。
 どんなにあたしが田舎者でも、ここがすごいお金持ちのお屋敷だってことくらいは分かる。師匠、ここに住んでいるような人と知り合いなんだ…。

 言われたとおりにノッカーを鳴らすと、しばらくして眼鏡をかけた初老の男性が出てきた。
「はい、どちら様ですか?」
 いわゆる『執事さん』だろうなと思いながら挨拶しようと口を開いたとき、師匠があたしの腕から降りて、さっさと屋敷の中に入っていってしまった。

「邪魔するぞ」

 っていちおう言ってはいるけど、それじゃ挨拶になってないよ師匠ぉ〜!!
「し、師匠!」
 呼び止めたけど、師匠はするりと廊下の奥の角を曲がって見えなくなってしまう。
 途方にくれて執事さんを見上げると、執事さんは困ったように苦笑いしていた。
「す、すみません」
「いえいえ、あの方だったら気になさることはありません。いつものことですから」
「はぁ」
 いつものことなんだ…。

 執事さんに促されて中に入ると、応接室に通された。
 紅茶とお菓子を差し出されて、このまま少しお待ちくださいね、と言われる。

 ずっとかぶったままだったベールをとって、お茶に口をつけると紅茶の良い香りが口の中に広がった。
「おいしい…」
 一緒にもらったクッキーもすごく美味しかった。なんとなく、嬉しくなって顔がほころぶ。

 人心地ついて、応接室を見渡すと自分がすごく高そうなものに囲まれていることに気がついた。
 飾ってある壷はもちろん、あたしが座ってるソファーとかテーブルとか、すっごい細かい細工がしてあって、どれもこれもすごい高そう。
 手に持っている紅茶のカップも薄くて繊細な陶磁器で、割りそうで怖くなったあたしはそっと手を離した。




 なんだか身動きすら怖くなってきた頃、廊下の方で人の足音がした。
 あたしは慌ててベールをかぶる。人の視線が怖いのもあるけど、これからお世話になる予定の人を気味悪がらせるわけにはいかない。
 駅にはあんなにたくさんの人がいたけれど、あたしのような色彩のひとはいなかった。

コンコン、ガチャ。

 おなざりなノックの後、現れたのは背の高い女の人だった。片手に、首根っこをつかんだ黒猫をぶら下げてる。
 …黒猫?って、
「師匠!?」
 思わず立ち上がると、女の人はぽーんと床に師匠を投げた。

「なんだ、どこの令嬢を惑わしてきたのかと思ったが、ちゃんとお前の弟子なんだな」
「当たり前だ。嘘をついてどうする」

 危なげなく床に着地した師匠は、何事も無かったかのように毛づくろいをしてる。そしてちら、とあたしを見ると女の人にあごをしゃくって言った。
「紹介しよう、私の師匠だ」
「え!?」

 師匠の師匠ってことは、師匠の師匠で、ってことはあたしにとっても師匠?
 混乱していると、つかつかと近付いてきた女の人が、あたしがかぶってるベールをぺろっとめくった。
「なんだ、綺麗な目と鼻と口じゃないか」
「え?」
「別に怪我して隠してるとか、顔を晒すと世界が滅ぶとかじゃないんだったら、この家では外しておけ」
 と言って女の人はあたしのベールを剥ぎ取ってしまった。
 …目の色とか、気にならないんだろうか。
 戸惑っていると、目の前に手を差し出された。反射的に握り返すと、にかっと笑われる。なんだか、太陽みたいな笑顔だ。
「お世話になります」
「おう、お世話されておけ」

 これから1ヶ月、少し不安でもあったけれど何があるのか楽しみだ。
 











 見習い魔女っ子の旅路 2



 目が覚めて、目に映ったのは知らない天井だった。
「ああ、師匠の師匠のお屋敷なんだっけ」

 昨日、師匠の師匠で偉大な魔女(と自己紹介していた)暁月さんからお部屋を一部屋借りて、そこで休ませてもらった。
狭すぎもせず、広すぎもない。壁紙とカーテンはやわらかい感じのベージュで、女の子の部屋って感じ。家具はシングルベッドと書き物机と、小さな円テーブルと椅子というシンプルなもの。ここが、この街に滞在する間のあたしの部屋。
 この部屋に案内されたとき、一目見て気に入っちゃった。今住んでる森の家も愛着があって好きだけど、この部屋はまた違う雰囲気で素敵だとおもう。



身支度を終えて食堂(ごはん食べるとこと、寛ぐところが別なのだ、この家は!)にはいると、もう暁月さんと執事さんが朝食の準備をして待っていてくれていた。

「あれ、クロは?」
「師匠は、なんか昨日昔なじみと飲んでくるとか言って出かけたきりですけど…」

起きたとき、部屋にいなかったから先に食堂に行っているんだと思ってたけど、大きなテーブルがあるこの部屋にはそれらしき影はない。
まさか、午前様どころか朝帰り!?

「帰ったぞ」

 師匠の師匠の家で一泊目に朝帰り…。バツが悪すぎる。とか考えて冷や汗をかいてたあたしは、ふいに聞こえた声に勢いよく振り向いた。

「師匠!」
「おう、ただいま。いまから朝メシか?」

 言いながら、近くに来た師匠と目線を合わせるためしゃがみ込んで、あたしはうっ、と息を止めた。

「師匠。…酒臭い」
「当たり前だろ、飲んできたんだから」

 悪びれることなく、ふうっと酒臭い息をあたしに吹き掛ける。…うっ、ますます臭い。
 思わず体を引いたあたしと入れ代わりで、暁月さんが師匠の前に歩いてきて、問答無用とばかりに師匠の首ねっこをむんずと掴んで持ち上げた。

「クロ。まだ酔っ払ってるだろ。酔いを醒ましてこい」

 言って、師匠をぽいっと窓から投げてしまった。
 …さすが、師匠のお師匠様。師匠の首ねっこ掴んで投げるだなんて芸当、あたしには絶対できない。あとが怖すぎる。そんなことをしようものなら、師匠に対して尊敬の念が足りないとグチグチ説教したり、あたしが寝るベッドに臭いおしっこをしたり、玄関の扉で爪とぎをしたり、という復讐が待っているに違いないのだから。
 そんな師匠を、投げて平然としているだなんて!暁月さんは師匠以上に、怖い人なのかもしれない。
 感心半分、恐ろしさ半分で固まってるあたしに、にこっと微笑むと暁月さんはご飯にしよう、と言った。





ご飯は、すっごくおいしかった。
 イングリッシュ・ブレックファスト風な朝食で、クロワッサンは焼きたてでほんのり甘くてバターの香りがたまらないし、ジャムは甘すぎず、果物の風味が生きていてしかもいっぱい種類があって。スクランブルエッグは半熟加減が神業だったし、サラダも絶品。紅茶は、どうしたらこんな香りが引き出せるのかと本気で執事さんを問い詰めたほどだった。

「食べ過ぎた…」

 朝からこんなに食べちゃっていいんだろうかと思うほど満腹で、若干ふらふらしながら自分の部屋のドアを開けたら、部屋のベッドに大の字に寝そべった師匠に出迎えられた。

「戻ってきたか」
「師匠…」

 思わず脱力してしまう。2階にあるこの部屋にいるってことは、窓から放り投げられた後壁をつたって窓からこの部屋にはいったんだろう。
 しかも、大の字になっている師匠のお腹が見たこともないほど膨らんでいた。…どこで何をもらったんだろうか。
 てか、あのお腹で壁を登った…?

「食休みしたら、さっそく図書館に行くぞ。この家の隣にあるから、すぐに着く」
「はい…」

 仰向けの状態で首だけこっちに向けて言われても、なんか全然師匠の威厳とかない。
 苦笑いしながらあたしも、食休みしようと師匠をよけてベッドの端っこのほうに横になった。 
  










 見習い魔女っ子の旅路3



 師匠と存分に食休みをしてから。
 まだ消化をがんばってる感じの胃をおさえつつ、あたしと師匠は『図書館』に向かった。
 黒いワンピースに、黒いベールを頭からかぶった完全防備。
 暁月さんに気にするなと言われても、不特定多数の人々にこの顔をさらす勇気は、ない。


 てか、図書館って暁月さんの家の敷地内にあるんですケド…。

 モノ言いたげに師匠を見下ろすと、師匠はフン、と鼻でわらった。
「私が何のために暁月に弟子入りしていると思ってる」

 この、活字中毒め…。
 



 師匠を腕に抱いて図書館に入ると、そこはまさに本の森と呼んでもよさそうなところだった。
 壁一面が本棚で、上から下までぎっしりと重そうな本が詰まっている。

 あれ、どうやってとるんだろう…。

 呆然と見上げていると、視線を感じた。
 視線をたどると、入り口近くのカウンターに座っている男の人がじっとこっちを見ている。
 柔らかそうな茶色の髪に、眼鏡をかけた真面目そうなひと。

 まぁ、猫を抱えた子供が突っ立ってたら不審だよね…。

 その人が座っているカウンターに、案内所って書いてあるのを見て近づいた。

「あの…」
「はい?」

 話しかけると、にっこり笑って返事された。営業用の笑顔なんだろうけど、ちょっと緊張がとける。

「新しい魔術学の本が入荷されたって聞いてきたんですけどっ」
「あれは持ち出し禁止ですが…」
 あなたが読むんですか?なんて顔されるから、「あのっ、師匠が読みたいって」なんていいわけじみたことを口走ってしまう。
 関係ないって、この人にその事は関係ないって…。
 恥ずかしくなって俯くと、腕に抱えた師匠と目があった。

 ……ああ、読みたいんですね?たとえ持ち出し禁止の本でも読みたいんですね? 

 なんだかギラギラしてる師匠の目から目を逸らすと、男の人がちょっと戸惑った様子で、
「閲覧室でなら、読めますけど…」
 と教えてくれた。
 頷きかけて、またまた師匠のことを思い出す。

「そうします。あの、個室の閲覧室とかありますか?」

 出来れば、師匠が本を読んでいる光景は見られたくない。…ただでさえ、怪しまれてる感じだっていうのに。
 猫が本を読んでいる光景なんて、きっと怪しすぎる。

 あたしがそんなことを考えてるとは知らない優しそうな司書さんは、頷いて閲覧室の使用申請書を出してきた。
 そして記入した後、親切にも案内までしてくれたのだ。
  











 見習い魔女っ子の旅路 4



 師匠が本を読み出すと、あたしにはすることがなくなった。

 …この状態の師匠に手をだすと、引っかかれるからなぁ。
 家なら掃除したり薬を作ったり、やることいっぱいあるんだけど。ここには本しかない。
 あたしも何か読もうかな。

 閲覧室の扉を開けて、外に出ようとしたら師匠の声が聞こえた。

「開架の棚の、クレランスとかの本がいい」

 初心者には、って本から目を離さずに言われたのに頷いて、外に出た。
 カイカ、って何だろう。
 分からないなら誰かに聞くべきなんだろうけど…。
 黙々と本を読んでる人達に話しかけるのをためらっていると、さっき案内所にいたお兄さんを見つけた。
 あの人なら!

「あのっ…!」

 呼びかけた声は意外に大きく響いて、あたしは慌ててお兄さんに駆け寄った。
 本から顔を上げた人達の視線がぐさぐさあたしに突き刺さる。
 ううっ…うるさくしてごめんなさいー!
 慌てておにいさんに駆け寄って見上げると、お兄さんは優しげに微笑んでいた。ってか、さっきは分からなかったけど背高いなこの人…。

「どうしました?」
「カイカの棚の、クレランスとかってなんですか?」

 あっ、思わず考えてる事そのまま話してしまった。

「じゃなくて、どこにありますか?」

 慌てて言い直したあたしを笑うことなく、お兄さんは微笑みながら「こっちですよ」と言って歩き出した。
 優しい人だぁ…。
 ちょっぴり感動しつつ、あたしはお兄さんの後をちょこちょこ着いていったのだった。





「クレランスだったら、ここら辺ですね」

 言ってお兄さんが指し示したのは、『開架 ク』って書いてある棚。
 …だったんだけど。

「って、これ全部ですか!?」

 全部の本の背表紙にクレランスって書いてあるんですけど。
 そんなあたしに微笑みながらお兄さんは言う。

「クレランスっていうのは作者名ですよ」
「そ、そうなんですか…」

 師匠に言われて来ただけだから…。ちょっと自分の無知っぷりに恥ずかしい。
 師匠と違って、普段本なんて読まないからなぁ…。

「女の子はやっぱりこういうのが好きなんですか?」
「さっ、さぁどうでしょう!?」

 これ以上無知をさらしたくなくて、その棚から適当に1冊抜き出してあたしはお兄さんに頭を下げた。

「案内してくれてありがとうございましたっ!それではこれで!」

 お兄さんが言った『こういうの』ってのが気になったけど、読んでみれば分かるよね…。
 師匠が薦めるくらいなんだから、薬草学とかそういう系なんだろうなと、そのときあたしは思い込んでいた。


 …まさか、あんなのだったとは。
  











 見習い魔女っ子の旅路 5



「瑞月、君が好きです。愛してます。結婚してください」

 突然、間近でそんな真剣な声がしてあたしは顔を上げた。
 目の前には、こちらをじっと見つめている郵便屋さん。その手は、あたしを逃がすまいとしているのか、あたしの両手をぎゅっと握っている。

 ここは、湖の真ん中。そこに浮かんだボートの上にあたしと郵便屋さんは向かい合わせに座ってて…。な、なんか密着度がものすごいんですけどっ!狭いボートだからかどうか知らないけど、郵便屋さんは足を開いて座ってるんだけど、その足の間にあたしが座ってる状態?ひ、膝があたしの肩のすぐ横にあるよーっ!?

「瑞月」

 あわあわしているあたしの両手をぐっ、と郵便屋さんが引き寄せる。顔をのぞきこまれ、あたしは自分でも分かるくらい真っ赤になった。…けど、彼を拒絶しないあたし。それどころか、彼の目から目を離さず見つめ返す自分がいた。

 恥ずかしすぎてどうにか彼から逃げ出したいと思うあたしと、この状態を受け入れてしかもそれを喜んでるあたしとがあたしのなかで戦ってる。

 そんな葛藤とは裏腹に、あたしの身体は郵便屋さんに向かって嬉しそうに、でも恥ずかしそうに小さくうなずきやがった。
 そして郵便屋さんは、それはそれは嬉しそうに微笑むとあたしの背中に腕をまわし、片手をあたしの頬にあてて、親指が唇の輪郭をそっとなぞる。

「僕の名前を呼んで、瑞月」
「……グラトル」

 満足げに微笑んだ彼はさらにあたしを引き寄せて、唇が……









「っきゃーーーっ!!」

 恥ずかしさに思わず叫び声をあげて目を開けたあたしは、目の前が真っ暗なのにびっくりして軽いパニックになった。
 ここ、どこ?なんで暗いの!?
 思わず手足をばたつかせると、上にかかっていた布を蹴り飛ばす感触がして、我に返った。

 ここは、ベッドの上。
 師匠の師匠、暁月さんの屋敷。あたしは数日前からここに泊ってるんだった。
 湖の真ん中なんかじゃないし、住んでる街からはかなり離れているから郵便屋さんがいるはずもない。

「ゆめ…」

 呆然と呟いて、あまりの恥ずかしさに頭を抱えてのたうちまわる。

 なに、なにどういうこと!?
 なんで郵便屋さんがあたしの夢に出現するの!
 しかもなにあの密着度!まるで恋人同士みたいじゃないかー!
 しかもしかも、パニくっててよく聞いてなかったけどプロポーズされてなかったかあたしー!?

「あ゛あ゛あ゛…」
 
 夢って、その人の願望があらわれるって話、本当だろうか。よりにもよって、郵便屋さんにプロポーズされて…き、キスされる夢をみるだなんて!
 恥ずかしい、恥ずかしすぎる。どんな顔で本人に会えっていうんだ。
 てか、まるであたしが郵便屋さんを好きみたいじゃないか。そんなことないよね、ね?

 そう、きっとアレに影響されてしまっただけ。
 再び布団にくるまって、ベッドサイドに置いてあった本を見たあたしは、自分にそう言い聞かせた。




 アレっていうのは、昨日図書館から借りてきた、クレランスっていう小説家が書いた本。
 はじめこそワクワクするような冒険ものだったのに、最後にはこってこてなラブロマンスになっていたのには吃驚した。騙されたーっとか思ったし、はっきり言って最後らへんは鳥肌ものだったけど、結末が気になって寝る前に一気に読みきったのだ。
 本に夢中になる師匠の気持ちがちょっと分かった、なんて思いながら眠りについた、のに。

「湖もボートも、あの本に出ていたよね…」

 ラスト、主人公がずっと密かに想っていた騎士にプロポーズされる、そのシーン。
 シチュエーションまでそっくりそのまま、同じだった。

 ならなんで、相手が騎士じゃなくて郵便屋さんなのか。

「………寝よ」

 深く考えると、また恥ずかしくてのたうちまわるはめになる。
 てか、まだ外が暗いし絶対寝なおしたほうが賢い、はず。
 そう自分に言い聞かせて、あたしは枕に顔を押し付けるようにして無理矢理、目を閉じた。