見習い魔女っ子の旅路 6



 なんだか、朝日がやたらとまぶしかった。
 寝不足の目をこすりながらカーテンを開けた瑞月は、さわやかな朝にうらめしそうに唸った。

 ……けっきょく、あの後ろくに眠れなかった。

 目をつぶると、夢のあの光景が浮かんでどきどきしてのたうちまわりたくなる。
 嬉しそうにあたしを見つめる郵便屋さんの笑顔を、何度思い出しただろう。
 ああ、恥ずかしい。
 なにが恥ずかしいって、いたたまれなくて逃げ出したいと思いながらもその笑顔を見ていたいって思っているあたしがいることだ。
 ああもう。

 頭をふってとりあえずそんな考えを頭の隅に追いやると、あたしは着替えて顔を洗いに部屋を出た。




「くま、できてるぞ」

 暁月さんがあたしの顔を見て、心配そうな顔をした。伸ばされた白くて長い指が目の下をそっと撫でる。冷たくて気持ちよかった。

「ちょっと夢見が悪くて」

 心配かけたくなくて笑ってそう言うと、ソファの上で丸まって寝ていた師匠がこっち見てにやりと笑ったのが見えた。
 …くそう。
 ぜったいぜったい、分かっていてあんなのを読ませたに違いないのだ、あの師匠は。
 いやむしろ狙っているとしか思えない。
 あたしが郵便屋さんを好き、だなんて!そんなことありえない。意識させようったって無駄なんだからね、師匠。
 あたしはあの森の中の家で、大好きな師匠とずっとずっと暮らすのだ。

「今日もクロは図書館に行くだろうが…お前は部屋で休んでるか?」
「いえ、行きます」

 気遣わしげな暁月さんの言葉に、あたしはにっこり微笑んだ。
 図書館に猫1匹で行って、本を読ませてくれるとは思えないから誰かが一緒に行ってあげなくちゃいけないけど、暁月さんは忙しいし他の人もお仕事があるだろうからお願いするのは気が引ける。
 あたしが行って、昨日みたいに個室を借りて、師匠が読んでる横で眠っていようと思う。部屋で寝てるよりかは、師匠がいるところで寝たほうが変な妄想に悩まされないですむだろうし。

「ついて来るんだったら、せめて1冊は読めよ」
 ニヤニヤしながらそう言い放つ師匠に、あたしは思いっきり舌を出してやった。
  










 見習い魔女っ子の旅路 7



 あの日から、あたしは帰るまでに計5冊の恋愛小説を読んだ。
 全部が全部、師匠チョイスのあまあまでいちゃいちゃできゅるん♪みたいなやつ。
 最後には免疫ができたっていうか洗脳されたっていうか、ちょっと楽しんで読んでる自分がいておそろしかった。

 そして夢には毎日のように郵便屋さんが登場し、その日読んだ本の内容をそっくりそのままなぞるようにしてあたしに語りかけてくる。
 むしろこっちの方がダメージ大きいんですけど。
 本で読むのが平気なのは、自分に向かって言われていないからだろうか?あの本の主人公達はよくもまぁあんなあまあまな台詞を囁かれて正気でいられると思う。
 それとも恋をするということは正気じゃなくなることか。
 ま、なにはともあれそんな日々も今日で終わりっていうことで。



 いま、あたしと師匠は駅のホームに立っている。
 目の前には見送りに来てくれた暁月さんと執事さん…と思っていた、暁月さんの旦那さん。
 旦那さんって知ったときは本当に吃驚した。執事の服装は、旦那さんの趣味だそうで。…コスプレ趣味?あたしをいつまで騙せるか賭けしてたそうで。(ちなみに賭けは旦那さんの勝ちらしい)娘も独り立ちしたから、夫婦2人で悠々自適の生活。刺激に飢えてたのよ〜、なんて暁月さんは笑ってた。

「じゃぁクロ、瑞月ちゃんに無理難題押し付けないようにね」
「誰がそんなことするか」
「瑞月ちゃんも、クロに何かされたらすぐに私に言うのよ?あんたは私の弟子でもあるんだからね」
「はい、ありがとうございます」

 暖かい言葉をかけてくれる暁月さんに精一杯の満面の笑顔を向けて、あたしは頭を下げた。

「本当にお世話になりました」
「またおいで」

 頷いて、服を汚さないように気をつけてそっと列車に乗って、座席に腰をおろす。
 今あたしが着てるのはいつか暁月さんがプレゼントしてくれた白いレースのワンピース。
 汚しちゃいそうだから他の服にしようと思ったんだけれど、これじゃないと帰さない!なんて暁月さんに言われてしまった。すごく可愛いくて気に入ってるから、嬉しいんだけどちょっと恐れ多いっていうかなんていうか。
 列車が動き出してからも見えなくなるまで手を振ってくれてる暁月夫婦を見送って、あたしはいつもどおりベールを頭からかぶった。

「楽しかったか?」
 向かいの座席に早くも寝そべっている師匠を荷物やら何やらで人目につかないようブロックしていると、師匠がふいにそう言った。
「はい、楽しかったです」
「そうか。また連れて行ってやる」
「はい!」

 そう言って本格的に眠りについた師匠を眺めながら、あたしは街でのことを色々思い返して過ごした。
  










 見習い魔女っ子の旅路 8



 帰ってきた…。
 街と比べてゆっくりと歩く人、全体的にのんびりとした雰囲気の田舎。
 そんな街にあたしは帰ってきた。

 乗り合い馬車から降りて、歩き出そうとしてふと、思い出す。
 そういえば、帰ってきたら一番に教えるって約束してたんだっけ。ちょっと遠回りになるけど郵便局に寄っていこう。
 そう思って、師匠に「寄って行きたいところがあるので先に帰ってください」って言ったらすんごい顔をされた。
 にやぁ、みたいなものすっごい笑顔。猫がする顔じゃないよねアレ。

 なぜだか急に上機嫌になった師匠が荷物を運んでくれるというのでありがたくお願いして、身軽になったあたしは街の中心部へと向かったのだった。



 途中、何度か道に迷いながら(自分が住んでる街なのに…)たどり着いた郵便局は、営業時間が終わっていた。
 帰ろうかな。でもせっかくここまで来たのに帰るのもなんか悔しい。
 そんなこと考えながら郵便局の近くをうろうろしていると、

「どうしたの?」

 と肩を後ろから叩かれた。

「にゃぁぁぁっ!」

 思わず出た声に自分でも吃驚しながら振り返ると、あたし以上に吃驚した顔をした男の人が立っていた。

「あ、ご、ごめんなさいっ」
「い、いやいいんだけど。郵便局に何か用があるのかなって」
「あ、はいっ」

 用っていえば用なんだけど。大した用でもないしな。
「用っていうほどのものでもないんですけど…郵便屋さんいますか?」
「郵便屋さんは俺もだけど」
「え」

 改めて目の前の男の人を見ると、確かに郵便屋さんと同じ制服を着ていた。
 うゎあ、全然気づかなかった。
「えっと、あたしの家を担当してくれてる…」
 名前なんだっけ?いっつも『郵便屋さん』で呼んでるからなぁ…。
「えーっと、えっとぐ…グラトル、さん?」
 そんな名前だったような気が。
「グラトルな?多分もう配達から帰ってきてるから呼んできてやるよ」
 よかった。あってたらしい。
 そう言って、その人はあたしを郵便局の裏手の建物に連れて行ってくれた。門に書いてある文字を見ると、ここは郵便局で働いている人の寮、みたいなところらしい。

 なんとはなしに、そこらへんを観察しながら待っていると、郵便屋さんが建物から出てきた。
 でも、あたしを見て不思議そうな顔してる。
 旅行に行ってたのは1ヶ月くらいだったけど、忘れちゃったのかな。
 街の外れに住んでる魔女のことなんか、配達が無かったら縁ないもんね。
 ちょっと寂しいような悲しいような。
 あたしは勝手に彼を友達だと思っていたけど、郵便屋さんはそうじゃなかったみたい。これからはあんまり馴れ馴れしくしないようにしよう…。
 でも、思い出してもらえないのは悲しくて、トコトコと郵便屋さんに近づいて。

「覚えてますか…?帰ってきたから、お知らせに来たんですけど」
 ちょっと自分でも意外なほどしょげた小さな声が出たけど、郵便屋さんには聞こえたらしい。不思議そうにしていた目が大きく見開かれて、「瑞月さん!?」って叫ばれた。
「は…はい、瑞月ですよ?」
 そういえばベールかぶっていたんだっけ。
 他の人に見えると騒ぎになっちゃうから、郵便屋さんにだけ見えるようにベールをずらして彼の顔を見上げると。

 ぎゅっと抱きしめられた。

 な、な、な、なにごとー!?
 郵便屋さんの肩のあたりに顔がぶつかって、ちょっと汗のにおいなんかがして心臓のどきどきが分かっちゃったりなんかして。どうしたらいいか分からない。
 混乱し始めたあたしをすぐに郵便屋さんは解放してくれたけど、今度は何やら嬉しそうに手を握られた。

「おかえりなさい」
「は、はい。ただいま…?」
「いつもと格好が違ったから分かりませんでしたよ。でもそのワンピースすごく似合ってます。可愛い」
「さ、さっき帰ってきたところなんです」

 やばい、服を褒められるなんてこと慣れてないから思いっきり話の流れをぶった切ってしまった。
 こんなときどうするのー?ありがとう、なんて言ったら自惚れてると思われないのかしら。
 混乱でぐるぐるしてきたあたしを尻目に、郵便屋さんはひたすら嬉しそうだ。ああ、花がとんでるよ、花が。

「一番に僕のところに来てくれたんですね!」
「約束でしたから…ね」

 なんだかキラキラしてる笑顔を直視できなくて視線をそらしてしまう。
 なんかいたたまれないのは気のせいですか。
 ああ、今すぐここから走って家に帰りたい。
 てか、帰って来たことを知らせるという用事は済んだんだから帰ってもいいんじゃないか?
 そうだよ、帰ろう!1ヶ月間放置していた家はどうなっているか分からないし、移動で疲れているからゆっくり休みたい。師匠に頼んだ荷物も整理しなくちゃ。…なのに。
 ああ、なのに。

「せっかくだから、お茶しませんか?」

 なんで、その言葉に頷いてしまったんだろう、あたし。
  










 見習い魔女っ子の旅路 9



 ああほんとに、何で頷いちゃったのあたし。

 お勧めの喫茶店があるんですよ、なんて言う郵便屋さんに連れられて、近くのお店にやってきた。木目を生かしたテーブルや椅子、壁には綺麗な風景画。暖炉の上には布で作った人形が飾られていて全体的にすっごく乙女チックな雰囲気。
 そんな乙女チックな店内にいる郵便屋さんと魔女であるあたし。
 なんかすっごく、場違いじゃないですか…っ!?



 街に来るのは久しぶりだった。
 いつも、黒い服にフードを目深にかぶってうつむきがちに歩くから、こんなおしゃれな喫茶店があるのを知らなかった。そして、こんなふうに誰かとそこに入ってお茶をするというのもしたことなかった。
 慣れた様子で喫茶店に入り、お店の人と話をしてる郵便屋さん。…なんだか、本当に。

「世界が違うなぁ…」
「何がですか?」
「い、いえ、何でも」

 思ってたことが口から漏れていたらしい。慌てて首を横に振り、郵便屋さんの顔を見て固まった。

 幸せそうに微笑みながらあたしをみている郵便屋さん。からみつくような視線を感じる…な、なんかもぞもぞしてきた。落ち着かない。
 とりあえず、会話をっ!
 図らずも見つめ合う状態になっちゃってるけど、何か話そうと思えば思うほど頭が真っ白になって何も出てこない。
 …どうしよう。



 混乱したまま固まってると、ふふっ、と郵便屋さんが笑った。
 そして、テーブルの端に置いてあった本をあたしに向けて開く。

「何にしますか?ケーキもおいしいけど、サンドイッチとかもありますよ?」

 どうやら、置いてあった本はメニューだったらしい。こういうところ、本当来ないからなぁ…。全然わかんなかったよ。

「えっと…じゃぁケーキセットで」

 そんなにお腹減ってないし、ここは無難に「おすすめ!」って書いてあるやつにしとこう。
 郵便屋さんは頷いて、店員さんに自分のと一緒に注文してくれる。慣れてるなぁ…。
 あっそだ、コレ話題にすればいいじゃん…!

「このお店、よく来るんですか?」

 内心喜びつつ見つけた会話の糸口にくいつくと、郵便屋さんはナゼか困ったような顔をした。

「聞いちゃまずかったですか?」

 心配になって、首を傾げつつでもせっかく見つけた会話の糸口は手放したくなくて。でも聞いて欲しくないことなんだったらこれ以上聞くのも悪いよなぁ…なんて目まぐるしく考えていると、郵便屋さんはうっすら赤くなった。
 目、泳いでますよお兄さん。なんかちょっとカワイイんですけど。

「い、いや……配達中とか前を通る度にこういうところ瑞月さんが好きそうだなぁと思って。人に話を聞いたりいろいろ、調べてたんですよ。だから…ま、何度か、来てます」

 そう言ってますます照れて赤くなる郵便屋さんを見て、なんかあたしも照れてしまった。
 あたしが好きそうだから探していた…って、つまりはあたしのために探してくれてたってことじゃなかろうか?そう考えるのは自惚れすぎ…って思っても、そういうときにあたしのこと考えてくれてたっていうのはなんだか……うれしい。

 あぁ、絶対いま顔赤いよ、あたし。
  










 見習い魔女っ子の旅路 10



 家に帰ってから、あたしはすっごく挙動不審だったと思う。

 家に帰って、着替えて(いつもの黒のローブはなんだかすっごくほっとした)、旅行の荷物を片付けて(そういえば旅行から帰ってきたばっかりだった)、旅行中に溜まった埃を掃除して、洗濯して、ごはん作って。

 やんなきゃいけないことは山ほどあって、どれからしなきゃいけないとかそーゆーことも分かってるのに、始めの2つくらいでなんか動きたくなくなった。
 椅子にすわって、さっきの出来事を反芻してる。
 郵便屋さんと話したことを思い出して笑ったり、恥ずかしくなって身悶えたり、にやにやしたり。
 あぁ、落ち着けあたし。
 パシパシッと頬をたたいて気合を入れる。いつまでもこうやってる訳にもいかないし。
 幸いにして、師匠はお出かけ中であたしの奇行を目撃してはいなかった。…よかった。絶対見られてたら、からかわれてたよ。
 そう考えた瞬間、またなんだかあたしは恥ずかしくなって身もだえしながら意味もなく目の前の机をぱしぱし叩いた。
 ……手が痛い。



 ……これって恋なのかなぁ。
 そう思って、街で師匠にさんざん読まされた恋愛小説を思い出してみる。
 主人公たちはみんな、恋をしたら一直線!他のモノなんて見えません、いや見たくない!そんな感じの猪突猛進型なヒロインばっかりだった。あたしとは全然違う。
 こんな、コレが恋だか何なのだか判別つかないような乳臭い小娘とは。

 胸のなかにうずまくのは、これからどうなるのか分からなくて不安な気持ち。それから、少しの喜びとも期待ともつかない浮き立った気持ちと恥ずかしくて縮こまって隠れたいという思い。逃げ出したいと尻込みする小さな自分。
 世の女性達はこんな気持ちに向き合っているのかぁ。偉大だ。

 普通の女の子だったら、お母さんとかに相談できるんだろうにな。

「『おとかーさん』じゃ無理かな」

 くすっと、笑顔とともに思わずもれた独り言。
 あの人に相談しようものなら、むしろ喜んで無理矢理にでもくっつけにかかりそうだ。そういう強引な展開は、今は望んでいない。

 これからどうすればいいのか、そんな迷いを抱えながらとりあえず。
 慎重派なあたしは(自分で言うな)これまでと同じ態度と気持ちで彼に接しようと決めたのだった。