見習い魔女っ子の旅路 11
なんだか、郵便屋さんの元気がない。
あたしが街から帰ってきてから…ううん、もっと前から?
いつからかは分からないけど、一緒にお茶会した翌日いつものように配達にやってきた郵便屋さんの様子はもうおかしかった。
心配事があるって顔にかいてあるのに、無理してそれを隠している感じ。
隠してるって分かってるからそれを聞くこともできなくて、瑞月は悶々とした日々を送っていた。
「どう思います?師匠」
郵便屋さんが帰った後、部屋でくつろいでいる黒猫の正面に座ると師匠は毛づくろいをやめて瑞月を見た。
「どうもこうも、何が?」
…と、心底不思議そうに返された。
師匠は郵便屋さんの様子には気付いてなかったのかな。
けっこうあからさまだと思ったのに。郵便屋さん、隠し事ヘタなのねとか。
浮気したりしたらすぐ分かっちゃうよなぁとか。
思ったのに。
…て、ちょっと待て自分。
今何を考えた!!
浮気したら…のくだりでちゃっかり新婚生活を想像したりとかしなかったかあたし!?
あああああ、恥ずかしい。
両手で顔を覆って恥ずかしさにのた打ち回りつつ、居間から自分の部屋に逃げていくあたしを、師匠があくびしながら見つめていた。
見習い魔女っ子の旅路 12
郵便屋さんの様子は、あれから悪化の一途をたどっていた。
お茶会してるときでも、ため息はつくわ潤んだ目であたしをみるわ。何かを言いたそうにしてるんだけど、結局最後には口をつぐむ。
言いたいことがあるのなら言えばいいのに。
そんなことを思いながら、でもあたしは聞きたくない気持ちでいっぱいだった。
なんか嫌な予感がする。
聞きたいような、聞きたくないような。矛盾する気持ちを抱えながらあたしは今日も郵便屋さんのため息に気付かないフリをした。
「瑞月さん、聞いてください」
そとは雨。
郵便屋さんこと、グラトルはざぁざぁ降りの雨のなか傘もささずにあたしの家の扉を叩いた。
「郵便屋さん、なかに入って」
慌てて家の中に引き返して拭くものをとってこようとするあたしを、グラトルは腕をつかんで引き止めた。
その手はまるで人の手ではないかのように冷え切っていて、掴まれたあたしはぞくっと身を震わせる。
聞きたくない。この手を振り払って逃げ去ってしまいたい。
自分の腕をつかんでいるかすかな温もりはいつもなら、あたしの心臓を壊れそうなほどどきどきさせてくれる甘やかなもののはずなのに。
今は違う意味でどきどきしている。
これは恐怖からくるもの。
ぎゅうっと心臓を掴まれたような痛みを感じながら振り向いたあたしは、たぶん泣きそうな表情をしていたんだとおもう。
彼は申し訳なさそうな表情をして、そして悲しそうな声で、あたしに言った。
「瑞月さん、黙っていてすみません……」
彼は申し訳なさそうな表情をして、そして悲しそうな声で、あたしに言った。
「瑞月さん、黙っていてすみません……」
見習い魔女っ子の旅路 13
激しく降り続け雨の音が遠く聞こえた。
腕をつかまれたまま、あたしとグラトルは見つめあった。ぴりぴりと張り詰めた空気が肌を撫でる。
グラトルが言おうとしていることに、嫌な予感しか感じない。
あたしが聞きたくないことを、彼は言おうとしているのだと根拠もないのにそう思った。
「瑞月さん、僕はこの街を離れます」
そう声が聞こえたけれど、あたしはグラトルの口元を睨みつけたまま動かなかった。動けなかった。そのままでいれば、彼が放った言霊は消えてなくなるのだと思った。
後から思い出せば、あたしはただただ混乱していたんだと思う。
グラトルに異動がでたこと。
生まれた街で、働くことになったこと。
明日には、この街を出て次の職場に行くこと。
最後に、ずっと言えなくてごめんなさい、と言って彼は出て行った。
あたしは閉じた扉を見つめたまま、しばらく動けなかった。
見習い魔女っ子の旅路 14
それから2日間、あたしは家から出なかった。
ほとんど部屋から出ずにすごすあたしを見ても、師匠は何も言わなかった。
自分の部屋のベッドに寝転んで、あたしは天井を見てぼーっとしたり、目をつぶってうとうとしたり、意味もなく涙を流してすごした。
2日間、小屋のドアがノックされることはなくて、そのかわり森の入り口のポストに郵便物が入れられたことを知らせる使い魔のカラスの鳴き声が2回、聞こえた。
3日目、あたしは森のポストに入っていた郵便物を回収して、それから街に出かけた。
あたしが暁月さんの街から帰ってきたときに降り立った乗合馬車の発着所。当たり前のことだけど、グラトルさんが乗ったであろう馬車は影も形もなくて。2日間、緩みまくった涙腺からまた涙があふれてくるのを感じた。
あたしはこの3日間、何をしていたんだろう。
せめて、見送りに行けばよかった。
最後に会ったときに、ちゃんとお礼とお別れを言えばよかった。
ぎゅうっと締め付けられるような胸の痛みを感じて、あたしは深く息を吸った。
頭からすっぽりと被った黒いベールは、みっともない泣き顔を隠してくれたけどそのまま家に帰る気にはなれない。なんとなく脳裏に頼れる姉弟子の姿が浮かんで、あたしの足は自然と彼女の家へと向かった。
見習い魔女っ子の旅路 15
*シリアス注意!
泣きながら現れたあたしを見てアンシュセリアは吃驚したようだったけど、何も言わずに家に入れてくれた。
家に入れてもらってから、あたしはしばらく一人で泣いて、泣きつかれて、少しぼーっとしていたところで目の前にミルクをたっぷり入れた紅茶を置かれた。砂糖は多めで、やさしい甘さにまた涙腺がゆるみそうになるのをこらえる。
…さすがに、泣きすぎだよあたし。
「……さて、んで何があった?瑞月」
また師匠にいじめられたか?なんて冗談交じりに言ってくれる姉弟子に、あたしは思わず微笑んだ。
「はぁ……あの瑞月が、恋に泣く日が来るなんてねぇ」
「ひどっ、アンシュ姉」
思わず軽くアンシュセリアを睨むと、苦笑いしながら頭を撫でられた。
まったく、いつまでも子ども扱いして。……と思いはするものの、さっきまで子供のように大泣きしていたことも事実なので抗議は我慢。大人しく撫でられていることにする。
「で、どうしたいのさ瑞月は」
「わかんない……」
見送りに行かなかったことを謝りたい、とは思うけれど。でもそれで謝って許されたとして、じゃぁさようなら…っていうのはあまりにも寂しいと、今は思う。
でも、だからってあたしはどうしたいんだろう。
俯くと、両手で包むようにして持っていたカップの底に、溶けきれてない砂糖が見えた。最後の一口を口に含むと、ざらりとしてかなり甘い。
「甘い……」
「おぅ、ならば甘いあまいアンシュセリア様の恋話でも聞いてみるかい?」
「知ってるよ。街で働く旦那さんに一目惚れして魔女だってこと隠して押しかけ女房したんでしょ?」
その惚気話はこれまで嫌ってほど聞かされてきた。正直、耳タコだし聞き飽きた。
そんなあたしのうんざりした顔を見たアンシュセリアは、うんうんと満足げに頷いた。
「あたしみたいに、街に住む魔女もいる」
あんたも、そうすればいい。
真顔で言われたその言葉に、あたしはぽかん、と口を開けた。
街に住む?あたしが?
呆然とするあたしの前で、アンシュセリアは晴れやかに笑った。