とあるバレンタインの喜劇





「あれ? 社長今日来たんですか? 珍しいですね…」

 普通の会社ではまず有り得ないような言葉に、まだ20代と思しき青年はにんまりと笑って見せた。現代社会の会社員においてあってはならないような長い髪を後ろで一本に三つ網にした細身の男こそ、この会社での社長その人だった。

「だってさー、今日ってバレンタインじゃん? 僕甘いもの好きなんだよねー」
「…そんないきなり来ても貰えるとは…」
「あー大丈夫大丈夫、あいつに俺が今日来るってこと教えとくように言っておいたから」

 社長があいつと呼ぶ人物は一人だけだ。
 丁度その人物が顔を出したので、社長は小さく口笛を吹く。ご機嫌だ。

 やって来たのはまたなんでこんなところにいるのか意味不明の感じの、やたらと爽やかな男。ほりの深い顔立ちはどう見ても日本人ではないわりに、日本語が恐ろしく流暢だったりする。微妙に着崩したスーツ姿はまさにホスト! ………にしか見えない副社長だ。

 世の中は不思議に満ちている。
 入社して十数年、その事を噛み締めない日はない。

「おー、戦利品は社長室だぜ」

 副社長の言葉に、社長は瞳をきらきらと輝かせて物も言わずに走っていった。というか、まだ社長室に行ってもいなかったのか。
 この会社に来る事が一番少ない社員は、社長だ。会社の誰もがそれを知っているが、実際社長の顔を知っている人間は少ない。そこらをブラブラしていても誰も社長だとは思わなかっただろう。社長の次に出勤日数が少ない副社長を社長と思っている人間も多い。
 この会社が落ちぶれる事もなく回っているのが不思議でならない。

「あんたにも選別。まぁ、貰っているだろうけど」

 どこからともなく取り出したラッピングチョコを渡される。ポケットにでも入れていたのだろうか。

「いえ、自分は妻帯者ですから…」
「じゃあなおのこと選別。奥さんにも、旦那にいつも世話になってるからってことで」

 ひょい、と、もう一つ現れたチョコレートが渡されたチョコレートの上に乗った。

「ありがとうございます。ですがお世話なんて何も…」
「いや、世話になってるよ。あんたのおかげでこの会社回ってるようなもんだし。俺もあいつも細かい事あんましねーし」

 副社長があいつと呼ぶ人物も一人だけだ。
 少し照れたような雰囲気ではにかむ副社長に、不覚にも感激してしまう。これだから、この会社を辞められないのだ。
 いつのまにか結構な立場に上り詰めたのも、給料がいいのも勿論あるのだが、会社に神出鬼没な社長と副社長が一番の理由。
 こんなに刺激的で面白い会社、他にはない。

「…ありがとうございます」

 深く頭を下げると、その肩を2度ほど叩いて副社長は歩いていった。
 手の中にはチョコが2つ。

 副社長室への扉を開いた副社長の隙間から部屋の中が小さく見えた。
 あの爽やか美青年の副社長の下には山とならんばかりのチョコレートが集まっていたはずだが、それは一体どこに消えたのか。机の上にあった筈のチョコレートは綺麗さっぱりなくなっていた。たとえ胃袋の中だとしても早すぎる。

 全く持って世の中は不思議である。









 2009年1月12日
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 おこんばんは。
題名に真夜中と入れるのが不可能になって諦めた空空汐です。
そして置き所がないままに忘れ去られていた吸血鬼と仙人です。
この会社は第三者の彼に支えられています。
仙人の七つ道具にはきっとどこでも○ケットが…。


 空空汐