とある庭の光景 4
僕の趣味。それはバードウォッチングと世間一般では呼ばれるものである。
わざわざ山やら川やらに出かけてまで鳥を見るほどの情熱はないが、家の窓から見える小さな庭には、鳥用の餌籠、水飲み場や果樹がなる樹まである。
コーヒーを飲みながら、庭でくつろぐ小鳥達を眺めるのが僕のささやかな趣味であり、癒しである。
8月。
じりじりと目に痛い日差しと熱、セミの鳴き声がにぎやかな夏である。
あまりの眩しさに、日中はさすがに薄いレースのカーテンを閉めるようになってきた。鳥の姿がよく見えなくなるから、あまり閉めたくはないのだが。
肝心の小鳥達の餌場は、周りの木々が青々とした葉をしげらせて、実に涼しげな木陰となっている。餌の減りは冬場と比べると少ないが、水を飲みにくる小鳥たちはよく見かけられる。
レースのカーテンを動かすと、たとえ窓越しでも小鳥達に気づかれて逃げられてしまうから、隙間からそっとのぞくだけだが。
余談だが、水場の近くには百日紅の木がある。その近くには僕の目の高さほどにも育った向日葵。
百日紅の方は時期でないにもかかわらず、鮮やかなピンクの花を少し咲かせていたりする。向日葵のほうは言うまでもなく、大輪の花を重たげに咲かせている。
そんな百日紅の木の枝の上。僕は疲れているのだろうか、たまに幻覚をみることがあるのだ。
髪を丁寧に梳き、最後に百日紅の花を髪にかざる楽しげな女性の姿を。なぜ幻覚と断定するのかといえば、彼女が古代ギリシャの映画に出てくるような、白い布をただ巻きつけたような服をきているからと、彼女が僕の手の平に乗れるほどの身長であるからだ。
僕は、やはり疲れているのだろうか。そんな彼女に心惹かれている、かもしれない。