カカシは自身の気配を絶ち、周囲を探る。
 人間の気配はまるでない。自分たちを吹き飛ばしたヒナタの術で、たった一人放り出された。森の中で周囲を探索しつつも、罠の確認も怠らない。彼女は罠がないと言ったが、それを信用する理由はない。
 罠も何もない森で、ただの危険動物相手なら武器などなくても切り抜けられる。

 そう、思って。
 背後に感じる獣の気配に対して術を発動しようとした、その、瞬間。

 ―――ぞわり、と嫌な感覚が、首筋を通り抜けて。

 反射的にその場を飛び出した。
 と同時に通過するクナイの群れ。
 その群れにつけられた起爆札に目を見張り、土遁の術で土の中へ潜りこんだ。

 鳴り響く轟音はカカシの元だけの起爆札では明らかに足りず。

「…一斉攻撃開始ってこと?」

 あはは、と乾いた笑いを漏らす。
 納得した。
 罠は、確かにないのだろう。
 あるのは森と、獣と、彼女、だけ。

 にこりと笑った少女は土から出てきたカカシの後ろを指差してから、溶けるようにして消えた。おそらくは、影分身なのであろう。

 カカシも笑った。
 背に感じる圧倒的な気配。ちりちりと身を焦がす強い、殺気。

「まったく…嫌になるでしょ」

 組んだ印と練りこんだチャクラによって生まれた火球と轟音を背に、壮絶に笑って見せた。






 まったく…、と、紅は一人ごちる。
 ほんの少しだけ髪が焦げてしまった。
 色任務で人気の漆黒の髪の無残な姿に、大きな大きなため息をつく。術で変化するより楽なんだよ、と首を振って、けれども躊躇のない動きでその髪を切り落とした。そこだけではなく、髪全体を短く、耳元辺りまでそろえる。森の中において長い髪など邪魔になるだけだ。
 彼女が使っているクナイは、つい先ほど起爆札が貼られていたものの一つだ。
 飛んできたクナイに起爆札が貼られているのは気づいていたが、その中の一つを掴み、起爆札だけを引き剥がした。その所為で逃げるのに遅れたのだ。

 相当短くなった頭を振って、紅は笑う。

「ねぇ、ヒナタ。このクナイを持っているのもルール違反になるのかしら?」

 笑って、クナイを投げる。
 その先にいるのは、可愛い可愛い教え子の姿。それは影分身に過ぎないのだけど。

「返すわ。貴女に嫌われたくはないし。…お手柔らかにお願いするわね」

 パチリとウインクを残して、紅は歩き出す。答えはしない影分身の少女に背を向けて。







「あー…くそ。ヤニ切れとか勘弁してくれよな。無味無臭なんだぜ? 特別製なんだぜ? ったく、女神さまは厳しいねぇ」

 手の中から消えた煙草にため息をついて、ポケットの中を探るが、案の定何も出てこなかった。
 アスマはがりがりと頭をかいて、落とすようにして笑った。

「護衛対象のガキもそうじゃないガキも死なすなよ。火瑛さんよぉ」

 瀕死くらいはありえそうだな、と思いつつも、生死に関しては大して心配していなかった。日向ヒナタ…火瑛にとって下忍の大半が護衛対象であることは今も変わりないから。

 彼女は影分身を利用して、散々自分たちの邪魔をするだろう。
 それははっきり言って罠以上に厄介な存在だ。何せ彼女はアスマ達の行動を監視し、嫌なタイミングというのを見極めることが出来るのだから。油断している瞬間を狙うことが出来るのだから。
 だから、ルール違反は出来ない。彼女の影は常にそこにいる。それを理解させるための攻撃。一斉射撃。
 もっともそれに下忍が気づくことはないかもしれないが。

「さて、張り切って修行でもするかね」

 ふてぶてしく笑って、アスマはこれ見よがしに袖をまくって見せた。少女が見ているのを承知の上で。







 さすがに上忍達は落ち着いたものだ、とヒナタは笑う。
 それだけの落ち着きが下忍にも欲しいものだと。
 ちらり、と意識を下忍に向けてから思った。

「死ぬ! 絶対死ぬってばよーーーー!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ、罠はない筈でしょう!?」
「…ちぃッ!」
「おいおいおいおい…冗談だろ? めんどくせー」
「めんどくせーとか言ってる場合じゃないわよーーー!! ど、どうなってるわけーー!」
「わ、分からないけど、とりあえず、ここ、離れた方がいいんじゃない?」
「……………罠、か?」
「罠はねーって言ってたよな。ったく意味分かんねーーーって!」

 面白いほどの慌てぶりに、ため息。
 彼らに向けたクナイの数は上忍に対してよりはるかに少なく、けれども彼らは爆風を受けるやら怪我をするやら騒ぐやら喚くやら大忙しだ。
 ヒナタの影分身がすぐそこにいるというのに気づきもしない。
 この5日間、ヒナタがちょっかいを出すことを理解させるための攻撃と、影分身だったが、無駄に終わりそうだった。






 そして5日後。

 ヒナタの影分身によって森の外まで誘導された11人の姿は、まるでぼろ雑巾のようで。そのあんまりといえばあんまりな姿に、こっそり覗き見をしていた火影はやれやれと深い息をついた。

 そしてヒナタはにこりと笑う。

「それぞれ単独で5日間生き延びる事。上忍の3人は術の使用禁止。下忍の皆はちょっとは真剣に術書を探してください。この森だけで1万200本置いてきたんですから」

 そのうちの5、60本は上忍が見つけている。彼らはそれを読むだけ読み、知らないものだけを何回か試し、自分の力へとした。その後下忍にも分かるように簡単な結界で囲んで放置。カカシも紅もアスマも、この辺の行動は揃って同じだった。

 それを、下忍は幾つか見つけている。
 それしか見つけていない。

 ヒナタの仕掛けた様々な結界の中にある術書を、彼らは見過ごしているのだ。
 最早言い返す気力もなかったのか、疲れきった表情で、下忍らは頷き、ヒナタの術によって飛ばされていった。

「質問。巻物を見つけた場合、その術を試すのは違反かしら?」
「ノーカウントで。術、結構便利なものばかりだし、さっさと覚えてください」
「りょーかい。それより煙草作っちゃーいけねぇか? 口元が寂しいったらねぇんだよ」
「上忍なんですからそれくらい我慢してください」
「…りょーかい」
「んー、もうちょっと難しい結界にして放置してた方がいい? あの子達にはまだまだ無理でしょ?」
「…そうして下さい」

 好き勝手な事を言ってから、上忍らはヒナタに飛ばされるまでもなく、自分の足で森の中へと帰る。さすがは上忍というべきなのか、妙に適応能力が高い。もうすでに日向ヒナタが火瑛であることに動じない。

「…難易度、上げようかな」

 ゆとりのある生活なんてされたら困るし。
 くすりと笑って、影分身を作る。

「…ちょっと、あんまりじゃないかのぅ?」
「死なせはしませんよ。ちゃんと見てますし。…時間がありませんから」

 ヒナタの台詞に、火影は1ヶ月でと言ったことをしみじみと後悔したのだった。




 ぼろぼろ、というのが一番ふさわしいような状況で、キバは笑った。強くなっている、という実感がある。最初は、やけに凶暴化している上に身体が異常発達している獣に逃げ惑うばかりだったが、今では赤丸と協力して一発で倒せるようになった。
 ヒナタの結界はまだ解けたことはないけど、見つけ出せるようになった。ヒナタの影分身が常に自分を見張っていることにも気付いた。

 それから、ヒナタの事も。

「………」

 守るべき存在だった。守りたい存在だった。
 小さくてか弱くて、神経が細くて、いつも落ち込んでばかりいたから、守りたいな、と、そう思って。それはきっとシノも一緒だったのだと、言い切れる。
 それはただの独りよがりで、勝手な考えでしかなくて、だから、綺麗に綺麗に覆されてしまって…。そう。守られていたのは自分達。守っていたのは、ヒナタ。

「…ちぇ」

 つまらなそうな言葉に、赤丸がくぅん? と、キバを見上げて鳴く。それに、なんでもないと笑って、キバは走り出した。

 守られていた。
 ずっと。
 守られていた事にさえ、気付かずに。
 ―――そんなの、悔しいじゃないか。

『面倒です』

 そうヒナタは言った。

『だから、強くなってください』

 強くなれば、護衛をしなくてもいいから。
 護衛なんていらないから。

 きっと、そうなのだろう。
 きっと、そんなことを考えているのだろう。

 キバは嗅覚を最大限に広げ、覚えのある匂いを探す。ひどく希薄で分かりにくい、けれど、嗅ぎなれたもの。
 相手は直ぐに見つかった。
 と、言うのも、向こうもこちらを探していたようだから。

 これは協力ではない。
 ただ、話をしたいだけだ。

 だから。
 見逃してくれよ…ヒナタ、と、キバは笑った。





 そんなこんなで修行兼任務の難易度は次々と上がっていき、ヒナタはその結果を上々と笑った。

 だってほら。
 上忍達はもう、ヒナタのいる場所を見付だせる。

「ヒナタ、貴女結構楽しんでない?」
「ええ、まぁ」
「あのさ、禁術書が散々置いてあるんだけど、これってどこから持ってきたわけ?」
「っつーか何で医学書混じってんだよ。薬草学もか」

 ヒナタが繰り出す刀を避けながら、そんな事を呑気に話す余裕もある。もっとも、ヒナタは全然本気ではなくて、それを彼らも十分に承知しているのだろうけど。

「もうすぐ下忍もここまで来る。貴方達が追いつかれるのもすぐかもしれませんよ」
「それは困っちゃうでしょ。まだまだ先生でいたいんだよね」
「あんのクソガキどもに越されてたまるか」
「何よ、既に越されてるじゃない? ヒナタに、ね!」

 くすくすと笑う紅に苦笑して、ヒナタは後ろに飛びすざる。
 通過するクナイの群れは放置して結界を張る。

「明日からは、上忍は暗部任務に行ってもらいます。遠慮なしにS級入れてもらうつもりなので、まぁ、死なないようにお気をつけて」
「うわひど!」

 カカシの叫び声は爆発音に掻き消されて、ヒナタの小さな笑い声だけが残された。





 それから数日後。

「ヒナターーーーーーーー!!!!!!! 見つけたーーーーーーーー!!!!!!」

 万感の思いを込めました、と言わんばかりの大声にヒナタは軽く耳をふさいだ。

「久しぶり。キバ君」
「いや、影分身なら毎日会ってるけどな。まぁどうでもいいやそんな事。ってかお前ちょっと修行タンマ。任務ストップ。シノもいるんだろ? 出てこいよ」

 キバの呼びかけに、もそもそと現れる暑っ苦しい服の少年。

「……先を越すな」
「いいからいいから。そんで、あれだ。どうだ、俺たち上忍レベルまでいったかよ?」
「ええまぁ、木の葉の新米上忍程度くらいにはなったと思うけど」
「……そうか」
「くーーーやっぱそうかよ! なんか相当鍛えられた気がするぜ!!」
「それで、用はそれだけ? そうなら攻撃開始するけど」

 どうにも面倒そうに刀を構えた少女に、キバもシノも慌てて両手を前に突き出す。…キバはともかく、シノの動作としては珍しい類だ。

「タンマ!」
「待てヒナタ」
「うん。何?」

 あっさりと刀を納め、ほっとした少年2人をヒナタは促す。

「スリーマンセル、辞めるなよ」

 シンプルなキバの言葉に、わずかに、ヒナタは瞠目する。
 別に、辞めるなんて、一言も言ってはいない筈だ。

「………」
「……俺たちは、護衛がいらない程度の力を手に入れても、ヒナタと組みたい」
「そうそう。俺たち3人が揃えば向かうところ敵なし! 絶対辞めんなよ!」
「………面倒、なんだけど」
「だから、護衛しなくていいってっ。俺たち強くなるから護衛はいらねーし。単にまた俺とシノとヒナタで任務したいんだよっ!」
「…そのとおりだ。ヒナタ。俺たちはそう決めた」
「勝手に決められても」
「ヒナタが頷くまで俺たち諦めねぇからな!!」
「諦める必要などないからな」

 うんうん、と頷いて、それと同時に2人して逃げていった。
 ヒナタの影分身の投げたクナイと術は綺麗に避けて。

「意味、分かんない」

 こぼす。
 本当に、心から、そう思って。

 そう思って、なぜか、笑っていた。





 それから。

「一ヶ月じゃな」
「一ヶ月ですね」

 火影の言葉にヒナタは頷き、小さく笑った。
 その表情が以前より大分柔らかなものであると、火影以外は知る由もない。

「例の件…のことですが」
「…"日向ヒナタ"を殺し、"火瑛"として生きる、というヤツかの?」
「ええ」

 少し、迷うように視線を落として、足元を見つめる。
 瞳を閉じて、小さく笑った。

「反故にしてください」
「…そうか」
「これまでどおり変わらず、日向ヒナタとして生きたいと思います」
「そうか」

 火影が満足気に笑ったのを、誰も知らない。
 2007年10月27日
 まずは遅くなってしまってすみませんでしたっ。
 鹿陽様からリクエスト、『スレヒナ最強その他のキャラはスレ無しで、戦闘ありのばれネタその後スレヒナが、上忍&下忍にスパルタ教育』です!

 何か、なにか期待を踏み外したような気がしてなりません…。あんまりスパルタらしくなってないし…いや、いや、なんか上忍はやっぱ結構長く生きているor長く任務についてきた分、プライド高いと思うんで、みっともない姿なんて子供たち(ヒナタ含む)には見せたくないんですよ。だからやせ我慢に我慢を重ね、余裕ありそうに…。余裕ありすぎだよ…orz

 全部書いていってたら本当にキリがなくなりそうだったので、色々迷ってまよって、結局こんなかたちになりました。
 気に入っていただけたら光栄です。
(というかまず気付いていただけるかどうか…uu)