『白い世界で赤を見た』







 初めて見た世界は、とても、とても、白く見えた。
 正直、自分は3歳まで盲目なのだと思っていた。
 あまりにも世界は白くて、全てがそれに隠れて見えたがために。


 け れ ど も


 あの日

 鮮やかな真紅を見た―――。





「ヒナタ様。貴女の世界は何色をしていますか?」

 そう、これから死すべき人間は問うた。
 いる筈のない人間。
 ここにいてはおかしい人間。
 この人間が死ぬことを、自分は知っている。
 そして、その原因が自分にあることも―――。

「お、じうえ…?」
「私はね、ヒナタ様。貴女にとてもよく似た人を知ってるよ」

 彼の顔など分からないのに、霧のように真白く覆い隠されているのに、何となく、微笑んだのが分かった。

「貴女の母君だ。私もね、とても好きだった。母君は君を生んですぐに亡くなってしまったけど、君を抱いて、幸せそうに笑っていた」

 未練かな?私はとても彼女が好きだった。
 妻を愛している、それとは別にね。
 彼女と私と兄は幼馴染だったんだ。
 一緒に育ったよ。
 だから、本当に君の成長が怖い。

「ど、うして…?」

 どうして、怖いの?

「君は、世界が見えないだろう?今の君は、まだ世界を見たこともない赤ん坊。きっと、白い世界に一人ぼっち」
「な、んで…!?」

 誰にも話したことはない。
 誰もヒナタの見ている世界を知らないはず。
 この、白い世界を。

「君の母君が言っていたよ。幼い頃にね」

 ―――色が、見えるの。

 とてもとても白い。

 ねぇ、ヒアシ。
 ねぇ、ヒザシ。

 この世界は何色をしているの?

 貴女の髪の色は何色?
 私は、私は何色なの?

 日向の檻にいなければ、きっと違う世界を見れたのだろう。
 けれども日向は特殊だった。
 一族全体の持つ色。

 それが、白。

 だから彼女の世界はいつも白。
 白色の世界。
 彼女はとても白かった。
 日向の血をあんなに使いこなせる人は、今も昔も彼女しか見たことはないよ。
 きっと、昔の日向は君の母君みたいな、世界の色を見る力があったのだと思う。
 先祖帰り、って言えばいいのかな?

 君にもその力があるね。
 彼女は、白以外の色を見つけたとき、とても強くなった。
 どうしてかは、分からないけど。
 とても、とても強かった。

 ……強くて、強くて……異能だったよ。

 君に、難しいことを言うかもしれない。
 それでも聞いて欲しい。

「な、に…を?」
「ごめんね。君の傍に入れないのは、とても残念だよ」

 だから、これは最後の私の言葉。私の意志。

「君は、きっと強くなる。母と同じ異能の強さを手に入れる。それを疑う余地がないほどに、君と母君は似ている」

 とても、強い言葉だった。

「強いことは、いいことだ。けれど、強すぎてはいけない。彼女は強かった。たった10の子供が、木の葉の精鋭である暗部を30以上を楽に倒してしまうほどにね。その強さは、異常だった。異常に、された。彼女は戦乱のさなかは重宝されたよ。強かったから。悲しいほどに強かったからね。…そして、平和を手に入れた木の葉には、不要だった」

 この女は、危険だ。

 そう言ったのは誰だっただろう。
 もう思い出せない。

「木の葉は彼女を消そうとした。一個人が強力すぎる力を持つのは、とても危険なんだ。何故だか分かるかい?」
「う、らぎったら…たいへん…だから?」
「そう。やっぱりとても頭がいいね」

 そんなところまでそっくりだ。

「けれど、彼女は日向宗家で、日向当主が妻として娶った。だから、彼女は守られた。それしか、方法はなかった」
「仕方、なかった…から?」

 だから母と父は結婚した?

「それは、違うよ。彼らは確かに愛し合っていた。けれど、兄は彼女に日向から逃れて欲しかったんだ」

 逃れて、もっと世界を見て、日向などに縛られては欲しくなかった。
 幼い頃に日向に囚われ続けてきた彼女には、自由に生きて欲しかった。
 軽く頭を振って、彼女の面影を頭から締め出す。

「君は、決して、そうなってはいけない。余分な力は出さない。人が君に求める力より1つ下の力で答えなければならない」

 神妙に頷く少女に、ほんの少し、泣きそうになった。
 それがどれだけつらいことか、彼女はまだ知らない。
 けれど、どうしても。
 この幼き少女には、母親と同じ運命をたどっては欲しくないから。

「その力を、隠しなさい。誰にも知られてはいけない」
「父上には…?」

 とても不安そうに見上げてくる少女に、ヒザシは苦笑した。

「兄さんは、いいよ。多分もう気付いてる」

 言葉に、少女はほっとして笑う。

「約束、してもらえるかい?」
「は、い…約束…します」
「良かった」

 大きな手が、ヒナタの頭を包み込んだ。
 それは、父のヒアシがヒナタに向かってよくやる動作で、とてもヒアシと似ていた。
 この手はもう失われてしまうのだ。自分の所為で。

「絶対に…守ります」

 それしか出来ないから。

「ありがとう」

 そう笑ったのが、最後だった。




 日向ヒザシは、自害した。
 首を落したのは日向ヒアシだった。

 それを、ヒナタは見ていた。

 彼らに隠れて見ていた。
 どうしても、己の罪の決着を見ておきたかったから。
 彼の姿を、この白い世界の向こうにしか見えない彼の姿を、どうしてもこの目に映しておきたかったから。





         そして、初めて現実の色を見た―――。





 一面に広がる



             赤


                     真紅を―――