そして、世界が急に見え始めた。
 とても色鮮やかに。
 ようやく現実の色が目に入り始めたのだ。
 そうすると、視界はとても広く。
 ただ目を開いているだけでも白眼並みに遠くまで見えた。
 白の世界では気配だけで生活していたようなものだから、どれだけ気配を絶たれても楽に気付いたし、行動も読めた。
 けれど、ヒナタは慎重にそれらを隠した。
 ヒザシの言いつけどおりに。
 ずっと、ずっと、誰にも知られる事無くひっそりと…彼女は確実に力をつけた。
 とても、自然に。
 至極当たり前のように。



 白い世界を築く。
 結界を張って、一面を白く。
 これまで白しかない世界に生きていた為、時折全てを白に染めなければ身体が不調を訴える。
 よくよく降り積もった雪が反射してきらきらと輝く。
 まっしろいのに、ただ、自分だけが赤い。
 世界は色に取り囲まれ、色によって形成される。
 人もまた、そのうちの1つ。
 人が纏うのは2つの色。

 一族の色と自分の色。
 自分で自分を決める色。

 それは、子供の頃は揺らぎ安定しない混色だが、自己が形成されると共に自分の色になる。
 そして、ヒナタ自身の色は赤。

 血を思わす真紅。

 ふわり、と手を広げた。
 ゆらゆらと落ちてくる雪を少しでも多く被るために。


「え?」
「あ」
「―――!?」


 何故か響いた自分以外の声。
 ぎょっとして周囲を探る。
 この自分が、気配に気付かなかった?
 見回せば、呆然とした2人の少年。その姿に少し警戒を解く。
 結界は張った。けれども部外者がいる。ということは、彼らがいるのにも関わらず自分が結界を張ったという事だろう。
 こうやって世界を白く染める時は、広範囲にわたって結界を張る。
 彼らはいきなり結界に閉じ込められて驚いたに違いない。もっとも、結界が張られた事に気付いているのかどうかは怪しいが。
 頭は冷静に考えて、けれども身体は硬直していた。

 目を、奪われていた。
 現れた、2人の少年に。

 身体中に金を纏う少年。よくよく目を凝らせば、透き通った蒼。
 身体中に銀を纏う少年。よくよく目を凝らせば、深い黒。

 なんて綺麗で、純粋で、鮮やかで、気高い色。

 ゆるゆると振り続ける白に侵されることもなく、ただただ鮮やかな金と銀を世界に刻む。
 それは、自分自身の輝きだから、何よりも鮮やかで、美しい。
 これまでにこんなにも美しく、人を惹きつけてやまない色は見た事がない。

「あ…か…?」
「赤…色?」

 少年らの言葉に驚いた。
 この結界の中の世界は雪に染まる白銀の世界。

 白の他には、自分達の肌の色、髪の色、衣服の色、そんな色が点在しているはず。
 ヒナタ自身の目には見えないが、それを知っている。
 今はもう昔のように白の世界で生きるわけではないのだから。
 少年らは赤と言った。
 けれども誰一人として赤を身につけているものはおらず。この白の世界に異物はない。
 首を傾げるヒナタについては彼らにとって二の次らしかった。
 呆然とヒナタを見つめて、その後己の腕や身体を見る。

「な…んだよこれ…!!!なんでっ!何でこんなっっ!!!!!」
「だ、誰かいるのか!?くそっ!なんだよ!何で見えねぇんだよ!」

 はじめ、それらを呆然とヒナタは見ていた。
 何をしている?
 彼らは一体何をしている?

 当然の疑問。
 恐慌状態に陥っている彼らを見て、ヒナタ自身もまた焦る。
 こんなに綺麗な色を持つ人間たちを苦しめてはいけない。

 ―――色?

 そうだ。
 彼らは赤と言った。
 そして見えねぇ、と。
 簡単な話ではないか。
 赤はヒナタだ。
 失念していた。
 自分と同じような力を持つ人間なんていなかったから。
 しかも彼らは恐らく急にそうなったのだろう。
 でなければこんなにも混乱するはずがない。
 白の世界で、彼らは自分達の色しか見えず、盲目になったとでも思っただろうか?
 では、何故彼らは急にそうなった?
 考えられる、というか、可能性のあるのは矢張り結界が原因だろう。

 結界を張るとき、ヒナタは自分の色を見る力を解放する。
 白で埋め尽くすために。力を溜め込み過ぎないように。
 今では普通の色も当たり前に見えるが、生活していて色が見えるのは疲れるから。
 特に、日向の一族は白ばかりだ。そのくせ、汚い。汚濁した色。
 そんな色ばかり生活の暇に見るのはたまらない。
 例えばそう、結界に入り込んだ彼らのような色なら全然構わないのだが。
 すぅ、と息を汲んで印を組んだ。

「―――解」

 小さな、けれどもこの白銀の世界ではよく響く高い声。
 それを合図にして、世界は一変した。
 髪の色。肌の色。服の色。雪に落ちる影。濃厚に空を覆う雲の向こうに見える薄い青。
 様々な色が目に飛び込む。
 喧しいほどの多量の色。

「―――あ?」
「―――もど…った…?」

 少年たちに構わず、ヒナタは両の手を広げ、雪を浴びる。
 もう少し白に染めておきたかった。
 瞳の力は解放したまま。

「誰…あんた」
「んだよ…お前ら」

 やけに刺々しく、子供にしては冷たい言葉に、ヒナタは少年らに視線を向けた。

 金色の男の子。
 銀色の男の子。

 やっぱりとてもとても綺麗。

「私は、日向ヒナタ。貴方は?」