『始まりの出会い』







 あれ? と思った。
 なんか見覚えがある、とも思った。

 思ったけど、顔には出さずにとりあえず敵を排除する。
 扱いなれた短剣。手足の延長線上にあるそれを両手で支え、馬鹿力に対抗しながらいなす。
 同じサーヴァントの気配。得物は何か。
 やけに眩しくて、どうにも視界がはっきりしない。
 まぁ、敵であることは違いないだろう。
 なんせサーヴァントなんだし。

 とりあえず短剣の射程距離、敵サーヴァントの至近距離へと踏み込み、腕を振るう。完全に防がれた事は些か不満だ。
 もっとも、不意打ちに近かった所為で体勢を崩してくれた。
 たたらを踏んだ男―――得物は赤い槍だと認める。

 ―――赤い槍?

 記憶のどこかで引っかかる。
 サーヴァントの男、槍が得物であるのならランサーなのだろう―――は、獣のような俊敏さで外へと飛び出した。
 それで、気づく。
 この場が外でないと言う事に、今更ながら気づく。

 背後で雲が流れたのか、狭苦しい空間を月光が照らし出した。

 振り向けばへたりこむ少年
 暗くてよく見えない。
 よく見えないけれど、パスがかなり細くて頼りない事に気が付き、強引にかっぴらく。開いたパスを通じて流れてくる魔力はどこか懐かしい。

 差し込む僅かな光が徐々に少年の面差しを照らし出す。

「―――」

 息を呑んだことに、少年は気が付いただろうか。
 ―――否、気づくはずもない。

 何故なら、少年はそれどころではない筈だ。
 身に降りかかった出来事に処理など追いつかず、茫然自失状態に違いない。
 それを良しとして、止まった呼吸を正常へと戻す。

 混乱に満ちそうになった頭を必死に動かして押さえつけ、あっはっはー参ったなー、なんて、わざわざ思う。
 それで、心の中で笑った。
 それはそれはもう笑った。
 だって、笑うしかないじゃないか。

 けれどもやはりそれは微塵も顔にべきではないのだろう。
 うん、と頭の中で頷く。
 そういった真似は、実は結構得意だ。
 ―――違う。得意に"なった"のだ。
 だって、それだけ時間は無限にあって。
 時の流れの中で、どれだけ繰り返すかも分からない時間を彷徨い続ける自分という存在は、"今"の自分を形成した。

 まぁ、それはようするに始まりなのだ。
 天の杯を巡る、面倒で仕方のないお祭りの始まりなんだ。

 そう、だから。
 口にする。

 儀式の始まりとも言える言葉を。
 私が始めに口にしなければいけないことを。

「―――初めまして。マスター」

 初めまして、愛しの貴方。
 心の中で付け加えて主の言葉を待った。




 それからは簡単。
 マスターは予想通りのへっぽこぶりだったので、置いて外に出る。
 目の前にいるのは青き槍兵。
 サーヴァント、ランサー。
 敵だと分かっているのに、敵意よりも懐かしさが沸き起こる。

 とりあえず、ランサーはランサーだった。
 そう愉快な気持ちで笑う。
 心の中で笑うにとどめていたにも関わらず、うっかり途中で我慢しきれなくなったのは、仕方ないと思う。
 愉快というか、なんというか、だって、嬉しかったのだ。
 そう、タクティシャンは嬉しかった。

 ずっと昔。
 ずぅっと昔の記憶を引っ張り出す。

 それは"タクティシャン"としての記録ではない。
 一番初めの聖杯戦争の記憶。
 タクティシャンが、英霊なんかじゃなかった頃の、幼い記憶だ。

 あまりにも記憶とランサーが変わらなくて、それが嬉しく、そしてやけに心の琴線に触れた。

 きっと目の前のランサーにタクティシャンの事は分からないだろう。
 サーヴァントの記憶は継続しない。
 はじまりは終わりであり、終わりははじまり。
 呼ばれれば戦い、負ければ消え、勝っても消える。
 同じ聖杯戦争の記録は持っているに違いないが、今回とは仔細が違うし、そもそも、平行世界ともなり得る世界の同じ状況下での記録は、何よりも曖昧になる。
 同じサーヴァントと顔を合わすなんて相当確立が低い上に状況すら同じとなれば殆んどないに等しい。それ故に同じとなった場合世界はそれを気づかせない。
 なんせサーヴァントとやりあった記録が明確に残り、記憶として形作っていたのなら、それは確実に聖杯戦争の結果に影響をもたらすだろう。

 顔を見れば宝具が、真名が分かる。
 誰が何を企んで、どうやって動いているのか分かる。

 それは聖杯戦争を更なる混乱へと導くに違いないし、もし、一部のみがそれを知りえたなら、圧倒的有利な状況を与える事になる。

 それなのに、タクティシャンがランサーを知り得るのは、英霊となる前の記憶だからだ。
 それも自身が聖杯戦争へと参戦し、生き残った記憶。

 英霊となる前の記憶。
 すなわち、生前の記憶は確かに磨耗する。
 些細な事は忘れるし、知り合いの顔も友人の顔も忘れる。
 それは生きていく上で避けられない当たり前の事だ。
 それでも、一番大事なものは決して忘れない。老いても過去を思い出せるように、決して失うことのないものがある。

 何故なら、それこそが英霊を形作るものだから。
 宝具を扱い、武器具を扱い、魔術を扱う。
 望みがあり、守るべきものがあり、願うものがある。
 だから、聖杯に惹かれる。
 聖杯が求める。

「―――わたしもあなたみたいな人は好きよ」
 
 心から、そう告げる。
 いつか言った記憶を掘り起こしながら。

 それにしても、と思う。
 彼が去って次に会うのは、果たしてあいつなのだろうか―――と。

 まぁ、サーヴァントの気配はまだ遠いから分からない。

「…と、それより」

 振り返る。
 土蔵から足を引きずりながら身を引き出し、壁に背を預ける少年。
 茫然自失状態のマスターに、どう謝ろうか、なんて考えながら土蔵へと足を向けた。
2010年6月20日