『戦う覚悟』
お茶の準備をする前に、とりあえずガラスを片付けた。布で一応の補修というかなんというか…まぁその場つなぎの処置をして、4人分の湯飲みを準備する。
はて、紅茶の方がいいのだろうか? あのタクティシャンと名乗った彼女はそっちの方が似合いそうだが、生憎とパックの紅茶しかなく、それを出すのもなんだか忍びない。
なんて結構どうでもいいひどく日常的な事に悩みながら、結局普通に緑茶の準備をして、お茶菓子を引っ張り出した。
正直そんなことで頭を悩ませないと、変なことばかり考える。
それで、準備はしたはいいが中々客はやって来ない。
実はからかわれただけで、タクティシャンは帰ったのじゃなかろうか、なんて疑ってみる。…帰るとしたら土蔵の中に帰るのだろか? というか、契約とかマスターとか訳が分からないし、結局あのランサーって男はなんだったのか、とか、疑問は尽きることなく…ガラリ、と扉が開く音に、過剰に反応してしまった。
「…タクティシャン?」
居間から廊下に出て少し歩けば、すぐにそのメンバーとはち合った。
ああ、確かに2人ばかり人数が増えている。
「………」
「………………」
「………………………………………」
「マスター、お茶の準備は出来ていますか?」
固まった俺を、どこか意地の悪い微笑を浮かべたタクティシャンが覗き込んで―――やっと、我に返った。
「お、おまえ遠さ……か?」
「ええ。こんばんは、衛宮くん」
驚いた。
本当に驚いた。
人生でこんなに驚くことなんて中々ないんじゃないか、って思う。
にっこり、と極上の笑みで返してくる遠坂凛。
「あ――――う?」
それは、参った。
そんな何げなく挨拶をされたら、今までの異常な出来事が嘘みたいな気がして、思わず挨拶をかえしたくなってしまう―――
「ああ、いや、だから、ええっと…な、なんでさ?」
「………なるほど。これはダメっぽいわね。貴女の気持ちが少し分かったわ」
「あら、ありがとう」
なんて笑いあう赤い2人組み。
「ふむ。居間はそっちだな」
まぁ、なんというかその、俺の頭の中はほぼ完全にショートしていて、なんで遠坂がいるのかって話で、ついでに言うならその後ろのこれまた赤くて馬鹿でかい男は一体なんなんだって話で―――!!
しかも3人とも俺をすり抜けて居間に入っていく。
家主完全無視ですか。
呆然と立ち尽くしていると、ふと一番前にいた遠坂が引き返してきて。
「まぁ貴方がどういうつもりだか知らないけど、こうなった以上今のところ貴方に手を出すつもりはないわ。安心なさい」
「は―――?」
いや、いや、いや、全然意味分からない。
「全く私も甘いわね。でも、同じ学校に他にも魔術師がいたなんてね…。全く計算外。ホント信じられないわ…」
「―――」
今、信じらんない言葉を聞いた。
あまりにもあっさりとしてた所為で聞き逃しそうになったが、それはとんでもない台詞だった。
「魔術師、だって―――? そんな、おまえ魔術師なのか遠坂…!?」
目を見開いて思わず指差してしまう。
「………………」
なんでか、遠坂の目が細くなって……まぁ、ようするに、とんでもなく不機嫌そうな顔になった。
これは、なんというか、物凄くこわい。
「あ、いや、その」
「―――そう。納得いったわ。ようするに…そこから、というコトなのね」
「な、何の話さ」
「ああ、気にしないで。衛宮君が何も解っていないってちゃんと分かっただけだから」
さらりと遠坂は言って、廊下をずんずん進む。その後を馬鹿でかい赤い外套の男が歩いていって、タクティシャンの姿はとっくに消えたりしてた。
うむ。
なんというか、その……むしろ俺が消えたいと、切実に願ってしまった。
そんなわけで、今現在緑茶をすすっているわけである。ちなみに2杯目。
時計は既に午前1時半。
居間に落ち着いて30分が切った。
その30分は―――思い出したくもない。
そう、とりあえず地獄だった。
まぁ聖杯戦争というシステムと心構えと魔術師としてのなんやかんやととにかくもう色々なことを説明されて詰め込まされて、ほとんど脳みそ飽和状態だ。
ああ、応急処置の窓ガラスはあっさりと遠坂に直された。
魔術師様様である。
…おかげ様で自分の未熟さを痛感した挙句に、色々と怖い目にあった。
とりあえず、言っておく。
コイツら3人とも絶対に性格に問題があるぞ。くそ。
美人だとか女社長みたいだとか憧れの優等生だとかそんなの関係あるか。
背が高いのとか皮肉っぽい笑い方とか、まぁ何気に一番ムカつくとかそんなの関係あるか。
大体、この状況はおかしいのだ。
コイツらの話で言えば、俺と遠坂、それとアーチャーと名乗ったサーヴァントは敵同士だ。全然納得もいかないが、戦い、争い、競い、殺し合う関係だという。だからって殺伐とした空気で殺気立てという訳じゃないが、こうして落ち着いて話し合っている状況自体有りえるものではないのではなかろうか?
まぁ、話し合いで解決できるならそうするべきだし、俺は遠坂と争いたくなんかないし、この状況は嬉しい。
嬉しいけど、素直には喜べない。
なぜなら、現状況は2対2ではなく、まず間違いなく3対1という俺が絶対的不利な状況だからだ…!
まず赤い。
なんでか示し合わせたかのようにヤツらは揃って赤い。
遠坂はコートを脱ぎ捨てて制服姿だから構わないが、サーヴァント2人組みはまぁ上から下まで赤いままだ。同じ布から仕立て上げたんですか、と言いたくなるくらいのおそろいぶりだ。
アーチャーの方は上半身と下半身で分かれた外套。
タクティシャンの方は、遠坂のコートのように全身を覆い尽くすタイプ。
ちなみに遠坂のコートは少しだけ材質が違う。色も少し深い。
まぁでも赤いのには違いないし。
なんというか、とりあえずそれで疎外感を覚えたりする。
それから、説明の間に差し込まれる、
「……なんでこんなヤツがマスターに」
とか。
「ふむ。多少手を抜きすぎじゃないかね? もう少し良い茶菓子を出しても罰は当たるまい」
とか。
「うんうん。予想通り見事なへっぽこぶりだわ。さすがは私のマスター」
とか。
……………心ある人なら言いにくいコトを平然と言ってくる。
うう、俺の味方はどこにもいないのか。
コイツらの第一印象とかイメージがガラガラと崩れたぞ。それはもう見事に。
まぁとりあえず、状況はそれどころではない。
あんまりにもこいつらが平然としているから困る。
「それで、そもそもそんな悪趣味な事を誰が、何の為に始めたんだ?」
「それはわたしが知るべき事でもないし、答えてあげる事でもない。そのあたりはいずれ、ちゃんと聖杯戦争を監督しているヤツに聞きなさい。
わたしが教えてあげられるのはね、貴方はもう戦うしかなくて、サーヴァントは強力な使い魔だからうまく使えって事だけよ」
遠坂はいかにも面倒そうに言いきって、タクティシャンに向き直る。
「さて、衛宮君は貴女をタクティシャンと呼んでいるけれど、まさか真名ってわけはないし…もしかしなくてもそういうコトなわけ?」
「まぁそう言う事だろう。しかし、なんとも珍しいな。タクティシャン―――考える者。策士のサーヴァントか」
「あら、アーチャー、タクティシャンに会った経験があるの?」
「む―――。ある、と言っていいものか。タクティシャンというクラスがあると言う事自体は知っているのだが…。なにぶん、物覚えが悪くてね」
ちらり、とアーチャーは遠坂を見下ろし、やれやれと肩をすくめる。
遠坂は明らかにむっとして、小声で応酬する。
む…これは、なんというか…。
「喧嘩するほど仲が良いってヤツかしら?」
「な―――違うわよ!」
「やれやれ。心外だな」
…まぁ、仲が良いかどうかはともかく気が合っているのは確かに違いない。どことなく腹が立つ気がするが、それこそ気のせいに違いない。
しかし、話の内容が分からない。
「クラス?」
「ああ、そうね。説明しておくわ。聖杯戦争には決められたルールがあるのはもう判ってるでしょ? それはサーヴァントにも当てはまるの」
赤組2人は遠坂に口を挟むつもりはないらしく、遠慮なしにお茶菓子を開けていく。………さっきから思っていたが、英霊ってのは食に拘りでもあるのか? 高級なものが先に減るのは絶対に見間違いじゃないはずだ。
「…訊いてる? まず、呼び出される英霊は七人だけ。
その七人も聖杯が予め作っておいた“役割(クラス)”になる事で召喚が可能となる。英霊そのものをひっぱってくるより、その英霊に近い役割を作っておいて、そこに本体を呼び出すっていうやり方ね。
口寄せとか降霊術は、呼び出した霊を術者の体に入れて、なんらかの助言をさせるでしょ? それと同じ。
時代の違う霊を呼び出すには、予め“筐(ハコ)”を用意しておいた方がいいのよ」
「役割―――(クラス)ああ、だからアーチャーなのか! それってタクティシャンもそうってことか」
「そういう事。英霊たちは正体を隠すものだって言ったでしょ?」
む、確かにそういう説明を受けた気がする。英霊の正体は、あらゆる時代で名を馳せた英雄だから、その真の名を知られれば得意技も攻撃法も弱点さえも分かってしまう可能性があるからだ、とかなんとか。
確かに名前が分かれば図書館等でその人物像を事細かに知ることが出来るだろう。
「だから本名は絶対に口にしない。自然、彼らを現す名称は呼び出されたクラス名になる」
ちゃんと覚えていたのを確認したからか、遠坂は、偉い偉いと褒める幼稚園の先生みたいな顔して、説明を続ける。
…そこまで子供じゃないぞ、俺は。
「で、その用意されたクラスは、セイバー、ランサー、アーチャー、ライダー、キャスター、アサシン、バーサーカー、の七つ」
その中にタクティシャンは呼ばれなかった。
遠坂が知らないと言うのはこの中に入ってなかったからなのだろう。
「聖杯戦争のたびに一つや二つはクラスの変更はあるみたい。今回がその例ね。タクティシャン。策士のサーヴァント。正直訊いた事もないわ。
…これらのクラスはそれぞれ特徴があるんだけど、サーヴァント自体の能力は呼び出された英霊の格によって変わるから注意して」
「英霊の格……つまり生前、どれくらい強かったかってコトか?」
「それもあるけど、彼らの能力を支えるのは知名度よ。
生前何をしたか、どんな武器を持っていたか、ってのは不変のものだけど、彼らの基本能力はその時代でどのくらい有名なのかで変わってくるわ。
英霊は神さまみたいなモノだから、人間に崇められれば崇められるほど強さが増すの」
そんな凄い存在が目の前にいるのか、と思うと、なにやら奇妙な感慨が浮かぶ―――の、だが。
………見えない。全然見えない。
勝手に台所に入って隠しておいた高級茶葉とか取り出してる奴らが本気で英霊だって言うのか。…コイツらを崇めてるヤツらはこの状況を見たら即刻宗旨替えをするに違いない。というか何でこいつらそんなにお茶入れるの上手いんだ。特にアーチャーとか絶対日本人じゃないだろ。
第一、スーツ着てネクタイしめた英雄が何処にいるってんだ。
遠坂の口調も物凄く疑わしい。当然だ。
お互い生暖かい目で英霊なんて物凄い存在を見守る。
「存在が濃くなる、とでも言うのかしらね。信仰を失った神霊が精霊に落ちるのと一緒で、人々に忘れ去られた英雄にはそう大きな力はない。
もっとも、忘れられていようが知られていなかろうが、元が強力な英雄だったらある程度の能力は維持できると思うけど」
「……じゃあ多くの人が知っている英雄で、かつその武勇伝も並はずれていたら―――」
「間違いなくAランクのサーヴァントでしょうね。…まぁ、多分アイツらは違うわね…」
「俺もそう思うぞ」
しみじみと遠坂と頷きあう。
こればっかりは全くの同意見なのである。
「…でも、ただそうとは限らないところが唯一の救いか。…宝具だってまだ使ってないんだし」
「……遠坂。その、宝具ってなんだ」
「その英霊(サーヴァント)が生前使っていたシンボル。英雄と魔剣、聖剣の類はセットでしょ? ようするに彼らの武装の事よ」
「……? 武器って、タクティシャンの持っていた短剣とか?」
「ん、私は知らないけど、タクティシャンは短剣を使うんだ…。―――策士の武器なんて想像出来ないわね。…まぁ、タクティシャンは分からないけど、ランサーの槍を見たでしょう? あれがどんな曰くを持っているか知らないけど、ランサーのアレは間違いなく宝具でしょう。
言うまでもないと思うけど、英雄ってのは人名だけじゃ伝説には残れない。
彼らにはそれぞれトレードマークとなった武器がある。
それが奇跡を願う人々の想いの結晶、『貴い幻想』(ノウブル・ファンタズム)とされる最上級の武装なワケ」
「む……ようするに強力なマジックアイテムって事か」
「そうそう。ぶっちゃけた話、英霊だけでは強力な魔術、神秘には太刀打ちできないわ。
けれどそこに宝具が絡んでくると話は別よ。
宝具を操る英霊は数段格上の精霊さえ討ち滅ぼす。
なにしろ伝説上に現れる聖剣、魔剣は、ほとんど魔法の域に近いんだもの」
「最強の幻想種である竜を殺す剣だの、万里を駆ける靴だの、はては神殺しの魔剣まで。
……ともかくこれで無敵じゃない筈がないっていうぐらい、英霊たちが持つ武装は桁が違う。
サーヴァントの戦いは、この宝具のぶつかり合いにあると言っても過言じゃないわ」
なるほど、と2人のサーヴァントを見る。
………藤ねえスマン。多分、アイツら買いだめの菓子全部食い尽くしてやがる。
「………あー……つまり、英霊であるサーヴァントは必ず一つ、その宝具を持ってるってコトだな」
「………ええ。原則として、一人の英霊が持てるのは一つの宝具だけとされるわ。
大抵は剣とか槍ね。ほら、中国に破山剣ってあるじゃない。一振りしかできないけど、その一振りで山をも断つっていう魔術品。それと似たようなモノだと思う」
変な間が空いたのは、遠坂も心底疑問に思ったからに違いない。
それすなわち、アイツら本当にサーヴァントなのか。
「……もっとも、宝具はその真名を呪文にして発動する奇跡だから、そうおいそれと使えるモノじゃないんだけど」
「? 武器の名前を口にするだけで発動するんだろ? なんだってそれでおいそれと使えない、なんてコトになるんだ?」
「あのね。武器の名前を言えば、そのサーヴァントがどこの英雄か判っちゃうじゃない。
英雄と魔剣はセットなんだから、武器の名前が判れば、持ち主の名前も自ずと知れてしまう。そうなったら長所も短所も丸判りでしょ?」
「なるほど。そりゃあ、確かに」
さて、整理すると、
サーヴァントはそれぞれのクラスに別れており、そのクラスに見合った特性を持つ英霊だという事。
彼らは自分がどのような英雄かを隠しているという事。
そして、持っている武器は奥の手と言える切り札だが、正体を知られてしまうが故においそれとは出せない、という事。
「以上でサーヴァントについての講義は終わり」
喉が乾いた、と、遠坂は自分の湯のみに残ったお茶を飲み干す。
飲み干した傍から、アーチャーがやってきて、飲むか? と言うように急須を持ち上げて見せる。
…いや、だからさ。
遠坂も俺と同じ気持ちなのだろうが、ただ単純にお茶は頂きたいらしい。実に複雑そうな顔で湯のみを持ち上げる。
「講義お疲れ様です。まぁそんなわけで私はタクティシャンのサーヴァント。よろしくね」
実に朗らかな笑顔でタクティシャンは言ってのけた。
む、なんというか、これは……照れるな。
にたぁーと遠坂が笑うのが見えた。
アーチャーがフンと笑うのが見えた。
―――訂正。コイツらの性格は問題あるとかそんな可愛いレベルじゃない。
確実に歪んでいる。違いない。
「さて、話がまとまったところで覚悟はいいかしら? 衛宮士郎君」
と。
遠坂はいきなりワケの分からないコトを言い出した。
「? 覚悟ってなんの?」
「当然、聖杯戦争に参加するかどうか、よ。タクティシャンはそれを前提に話してたけど、私は戦う気もないヤツと同盟なんて組む気はないわ」
「ふむ。それは同感だな。私とて足を引っ張るだけの人間と協力などと遠慮願いたい」
………まず、話が分からないのだが。
とりあえず、にわかに遠坂とアーチャーが殺気だったのはよく分かった。
タクティシャンは相変わらず笑っている。2人のことなんてまるで気にしない、と言わんばかりにお茶を飲む。
自分で決めろということなのか、口を挟もうとはしない。
「俺は………」
どう、したいのだろうか。
聖杯戦争なんて知らなかった。だから突然そんなものに巻き込まれても意味が分からないし、聖杯に望む事なんてない。
だから聖杯戦争に参加する理由なんてないし、それに―――遠坂とも、戦いたくはない。
「――――――――」
言葉がつまる。
殺さなければ、殺される。
けど、そんなのは嫌だ。
俺は殺し合いなんてしたくない。
誰かが泣くのは嫌だ。
誰かが苦しむのは嫌だ。
みんなが幸せだったら良い。
みんなが笑っていたら良い。
そんな夢みたいな事が口癖の男がいた。
俺はそんな男のことが好きで、ずっと憧れていて。
―――その夢をかなえてやるのだと、誓った。
聖杯戦争は、人を殺す。
そんなのは、やっぱり嫌だ。
遠坂とも戦いたくないし、マスターだなんて言われても実感はまるでない。
迷う。
「ねぇ、マスター」
不意に思考を中断される。
タクティシャンと目が合う。
静かに俺の内側を見ているような、そんな真っ直ぐな目。
「私は貴方のサーヴァントだから、貴方の結論に文句は言わない。けれど、サーヴァントが人を殺すなら、サーヴァントを止められるのもまたサーヴァントだけ。人間は決して太刀打ちできない。それだけ、伝えておくわ」
言葉は真摯だった。
タクティシャンにとって当たり前の事実を、事実として伝えた。
それだけの話だ。
それなのに、心臓がえぐられたかのように痛かった。
だって、彼女の言葉は―――。
「………」
自分と共に戦うなら、止められるのだと、彼女は言った。
けれど俺1人なら、絶対に太刀打ちできないと彼女は言った。
傷つけないのなら、戦えばいい。
笑顔が見たいのなら、戦えばいい。
守りたいのなら、戦えば良い。
戦う理由は、あるじゃないか。
こんなにも分かりやすく目の前に横たわっている。
それを、認めていいのだろうか。
俺はただ、守りたいだけなのだ。
守るために戦うなんて、矛盾している。
けれど、戦わなければ何も守れないかもしれない。
それは、嫌だ。
守れるかも知れなかったモノが、守れないのは嫌だ。
「俺は―――戦う。うん。覚悟は出来た」
守りたいから、戦う。
それは矛盾している。
そんなの誰に言われなくても分かってる。
それでも、そう思うのは本心。
それに、タクティシャンなら―――
「では士郎、私は貴方の知恵となり、矢となり、剣となり、足となりまりょう」
…照れるけど、認めてくれるって思ったんだ。
それから遠坂とタクティシャンは二言三言交わして、なんだか勝手に契約を結んでいた。
なんでも、俺と遠坂は協力関係となり、情報を交換し合う義理があるのだとか、遠坂は俺の魔術を見てくれるとかなんとかかんとか―――。
はっきり言って破格に俺にとって都合の良い展開である。
これはなんというか、物凄く情けない状況だ。遠坂に世話になりっぱなしという事になる。
かといって、こちらから提供するものは何もない。
それを主張すれば、タクティシャンのサーヴァントとしての能力提供と、敵に回らないこと、ついでに遠坂の言う事を聞くことが決定された。
………多少、イヤ、かなり不安である。
それで、ようやっと一日が終わった。
遠坂とアーチャーはまた明日来ると言って家に帰り、タクティシャンは―――。
「あ、私は霊体になってますので、士郎は気にしないで下さい。どうぞ良い夢を」
なんて言ってあっさりと姿を消した。
…気にするな、と言われても気になるのだが。
「なぁ、タクティシャン」
疑問に思ったことを一つ、訊いておこうと思ったのだが応えはない。
もう寝た、という事なのだろうか。
いや、しかし。
「サーヴァントって…寝るのか?」
『寝なくても大丈夫ですよ』
「うわっ。な、な、何だ。起きてたんだな…」
姿が見えないのに声だけが聞こえる、というのは何とも不思議である。
『ああ、ついでに言っておきますが、本来食事も必要ありませんよ』
「んなっ!」
それはさすがに聞き捨てならない。
姿は見えなくてもタクティシャンのくつくつと笑う気配を感じた。
『中々美味でした。ありがとうございます。私は周囲を警戒しておきますので、士郎はゆっくりと休んでくださいね。私を召喚した上に、普段大して使ってない魔力をサーヴァントの維持に使っているのですから、相当消耗したはずです』
「む―――」
言われて見れば、確かに体はひどく重い。
というか、消耗とかそういうの以前に、一度殺された事の方が問題な気がする。あの最悪かつ最低な出来事を示すようなものは体に残っていないが、それでもあの恐怖と気持ち悪さは体に刷り込まれている。
『おやすみなさい』
声は静かで、どこまでも優しかった。
「ああ、お休み」
だから、そう返して、衛宮士郎はようやく長かった一日を終えた。
2011年7月3日