『最強の主従』














「―――こんばんは、お兄ちゃん」

 幼い声が夜に響く。
 歌うようなそれは、紛れもなく少女のものだろう。
 視線が公園の入り口に引き寄せられる。

 そこには―――

 いつのまに雲は去っていたのか、空には煌々と輝く月があった。
 影はふたつ。どちらも小さく、まるでおとぎの国へ迷い込んだような違和感。
 ほの暗く青ざめた公園の中で、酷い違和感を纏う存在がそこにいた。

「―――セイバー」

 噛み締めるようにして呟いたのは、タクティシャンだった。
 その声は驚愕と困惑に満ちている、と感じたのは何故か。
 "セイバー"、それは昨日散々説明された聖杯戦争の一部を担う存在。
 聖杯が招く七つのクラスの中でも最強とされるサーヴァント。

 銀の光沢を放つ防具。時代がかった、滑らかで鮮やかな青い服。
 ほの暗い町を照らすような金の髪は、砂金をこぼしたようにきめ細かい。
 あどけなさを残した顔はひどく高貴で、白い肌は目に見えて柔らかそうだった。
 まだ十分に幼い少女。多分、俺よりも小さいだろう。

 それが、セイバー。
 最強と称されるサーヴァント。
 彼女が? そう思うのは当然のことだろう。
 だって彼女はその身のどこにも剣など携えていないのだから。

「はじめまして、だね。シロウ」

 その、最強のカードを堂々と従えて―――
 ひどく無邪気に、雪のように白い少女は微笑みながら言った。

 軽やかな笑い声。
 少女は行儀良くスカートの裾を持ち上げて、とんでもなくこの場に不釣合いなお辞儀をする。

「わたしはイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルン」
「…イリヤ、スフィール…?」

 幼い少女だ。
 嘘みたいに小さくて、真っ白で無垢で、そんな少女。
 その、彼女が―――最強のサーヴァントを従えるマスターだと言うのか―――
 
(タクティシャン―――)

 呼びかける。心の中で、ほんの僅かに感じるタクティシャンへの魔力の糸を通じるように。
 タクティシャンから一方的に言葉が送りつけられることはよくあるが、自分からそれをしようとしたのは初めてだ。
 それが上手くいったのかどうかは分からなかった。

 ただ、動揺する。
 緊張、疑心、不安、覚悟。
 その中に混じる、困惑と動揺。
 それは、自分のものではない、と、直感する。

(…タクティシャン?)

 あの常に俺の行動を一段上から見守るような、冷静で悪戯なサーヴァントはそこにはいない。明らかに困惑し、動揺していると思うのは、彼女と自分を繋ぐレイラインゆえか。

 ちらりと見上げる横顔は真っ白で、ただ、目の前の様子を凝視している。
 イリヤという少女のことでなく―――セイバーを、見ているのか?

 立ち尽くす俺達に構わず、白い少女は、

「―――じゃあ殺すね。やっちゃえ、セイバー」

 なんて、歌うように命令した。 


 ぞくん、と背が凍る。
 あまりにも無邪気な響きをもったその言葉は、それ故に残酷で、慈悲の欠片も見当たらなかった。

 これは、まずい。
 そう思うのと、同時。
 セイバーは一歩足を踏み出し、思わず身を引いた俺を守るように、タクティシャンが前に出る。
 その細い背から感情は伺えない。
 ただ、あのよく回る口が、貝のように閉ざされたまま―――
 それが、逆にひどく不安を煽る。
 違和感なんてもんじゃない。不気味極まりない。

 何が起こるのか分からない。
 ただ緊張のあまり、こくりと唾を呑む。
 そして。

「―――え?」

 ぽかん、という表現が相応しい顔に、セイバーがなった。

「―――は?」
「………」
「ちょ、セイバー? 何やってんのよっ。早く行きなさいよ!」
「あっ、はい、でも―――…ええ?」

 あの信じられないほどに高貴で美しい少女は、ちょっとびっくりするくらいに可愛らしく首を傾げる。
 あどけないと感じるほどの動作に、白い少女が真っ赤になって憤っている。
 逆に、落ち着きを取り戻したのはタクティシャンだった。

「…まぁ、どうやら…。私の直感も捨てたものじゃないってことね」

 そう、本当にしみじみと俺のサーヴァントは息を吐いて。
 その緊張感をそぎ落とした声に、全員の注目を集めた。
 黙りこくっていた彼女になど白い少女は対して注意を払っていなかったのだろう。憮然とした面持ちでタクティシャンを睨みつける。
 タクティシャンは白い少女とセイバーとを交互に見つめ、

「―――久しぶり、セイバー。貴女の感覚でどのくらいぶりなのかは知らないけど」

 なんて、のたまってくれた。
 ―――はい?

「そ、それでは矢張り貴女はリ―――っっ」

 パキュン。
 ………なんか、出た。
 なんか恐ろしく高速の物体が、セイバーの頬横をすり抜けていった。
 気が付けばタクティシャンの指先はセイバーに向けられている。
 恐ろしいほどの早業。というか何をしたんだタクティシャン。

「あら、ごめんなさい。不意打ちなんてセイバー相手にすることじゃなかったわね」

 にこり、と笑う女に、セイバーは見る見るまに青ざめ―――そして、ぎこちなく、自らの主を振り返った。

「あ、あの、イリヤ、申し訳ないのですが、少し彼女と話をしても構わないでしょうか?」
「はぁ…? セイバー貴女何を言っているの!? もう、一回目は絶対譲らないって言ったじゃないの!」
「あ、いえ、そうなのですが…」
「イリヤスフィール、私からもお願いするわ。セイバーと話をさせて下さらない? その間、誓って、私はセイバーにも貴女にも手出しをしない」
「ふざけないで! セイバー! 貴女がソイツとどういう関係かなんて知らない、知らないけど、一回目は絶対に譲らないって言ったわ! 約束を破るの? 約束は破っちゃダメなんだよ、そうでしょう? セイバー!」

 憤怒に満ちた少女の顔に、セイバーは詰まり、拳を握る。
 自分よりも遥かに小さな少女にセイバーは心底申し訳なさそうに頷いた。

「…そう。そうですね、イリヤスフィール。これは私の我侭でした」

 セイバーは自嘲するように俯き、白い少女を背に俺たちへ向き直る。
 顔を上げた彼女の視線に迷いはない。まっすぐにタクティシャンへと向けられる。

「約束は守ります」

 当たり前の事を言い聞かせるようにセイバーは腕を前へ突き出す。
 おかしな構えだった。
 まるで、何かを握り締めているような仕草。

「手を抜いたら許さないんだからね」
「はい。令呪を使いますか?」
「ううん。セイバーは約束守ってくれるでしょ?」
「―――はい。勿論です。イリヤスフィール」

 そう、セイバーは不敵に笑って見せた。
 自信に満ちたその表情。
 白い少女の期待に応えるそれこそが我が身の誇りなのだと。
 そう、その態度は言っていた。

「ふぅん。成る程、ね。どうやら守るべき価値がある主だという訳か」

 虚空でタクティシャンが腕を振る。振り切ったそこで、いつの間にか握り締めた短剣を引き戻してくるりと回す。宙で回転した短剣は危なげなくもう一度手の内に収まり、獲物を映し出す。
 どこか不愉快そうに、チ、と舌を打つタクティシャン。
 不穏な半眼でセイバーを睨みつけ、獣のように構える。タクティシャンの短剣はダガー状。左右対称の諸刃の剣は、全長でも30センチないだろう。セイバーというクラスに向かい合うにはあまりにも頼りないそれをタクティシャンは片腕で持つ。

「私はイリヤスフィールのサーヴァント、クラス・セイバー。相手をさせていただきます」
「―――ふん。いいわ。遠慮なくかかってきなさい。セイバー」
「はい。それでは―――」

 迷うように言葉を切ったセイバーに、タクティシャンはただ一言。

「タクティシャンよ」
「―――成る程、確かに」

 くっ、と笑うセイバー。
 タクティシャンは薄く笑い、それに応えた。

 そして、空気は凍りつく。 
 サーヴァント同士の対峙。
 それはあまりにも圧倒的な存在と存在のぶつかり合い。

 手出しは、出来ない。してはいけないのだと、理性は叫んでいる。
 ―――それだけじゃない。逃げろ。逃げろ。逃げろ。
 体は危険を察知している。
 曲がりにもなにも魔術師である体がこの場を否定している。
 逃げろ、と全身が叫ぶ。

「―――っ」

 落ち着け。
 セイバーとタクティシャンはまっすぐに向き合っている。
 遠く白い少女が笑う。
 俺に出来ることはないのか。
 何が、何でもいい。
 出来る事は―――。

『マスター』

 ―――!
 息を呑んだ。
 レイラインを通じて流れ込むタクティシャンの意思。

『絶対に、手を出さないで下さい』

 …静かだった。
 セイバーという最強のカードを目の前に、タクティシャンは冷静だった。
 先ほど見せた動揺など既にない。

「―――くそっ」

 釘を刺され、俺はじりじりと後ずさる。
 せめて2人の戦いの邪魔になどならないように。
 分かっていたはずだ。
 囮として街に出ると言う事は、他のサーヴァントとやり合うかもしれないという事だと。
 衛宮士郎は、それを望んでいたのか。

 月の光の下、金砂の髪が揺れた。
 同じような髪型をしていながら、全く違う対照的な夜の輝き。
 空気はただひたすらに重く、喉が渇く。呼吸が上手く出来ず、不器用に喘ぐしかない。

 その緊張感。
 ついさっきあった弛緩した空気など―――どこにも、なかった。


 対峙する2人の距離は圧倒的にセイバーに有利。
 そもそも短剣など"刺す"、"投げる"以外の用途には向かない。
 その武器の小ささは、隠し持つ事には優れているだろう。だが、その代わり人体の急所を的確に狙わない限り致命傷とはならない。相手が鎧を纏う騎士だというのなら、その威力はないに等しい。
 補助的に扱うならばまだしも、それ自体を必殺の武器として扱うなら短剣は明らかに不向き。役不足なのだ。

 だが。

 一瞬、目を疑った。
 黒い弾丸が走る。タクティシャンの左手から打ち出されるそれを、セイバーは手に持った"何か"で打ち払う。
 そして、激突。距離はあってなきもの。
 瞬きすら必要とせずに距離は0となり、英霊達はぶつかり合う。
 タクティシャンの持つ短剣に光が灯った。

 セイバーの持つ"何か"、は剣なのだろう。セイバーと名乗るからには剣に違いない。
 それなのに、俺の目にその剣の姿は見えない。
 それが一体どのような形状なのか、どれほどの長さなのか。
 その全てが不可視。

 反則じみた武器はタクティシャンの短剣と幾たびも打ち合う。

 爆薬を叩きつけるような一撃は、真実その通りなのだろう。
 セイバーとタクティシャンが刃を合わせるたびに光が散る。
 それがなんなのか、俺にも分かった。
 アレは、視覚できるほどの魔力の猛りだ。
 少女の何気ない一撃一撃には、とんでもない程の魔力が篭っている。
 そのあまりにも強い魔力が、触れ合っただけで相手の武具に浸透しているのだ。
 しかし

 ギィ…ン―――

 ぶつかり合う。
 一合、二合、三合…

「…なん、なんだ…?」

 それは、おかしい。
 不可視の剣。それに対峙しながら、タクティシャンの目は幾らも揺らがない。成る程確かに彼女はセイバーを知るのだろう。そうでなければ、あの不可視の武器相手に初見で間合いを計れる筈もない。
 それは、分かる。
 それは異常でも何でもないのだ。
 異常というならセイバーの剣を受けきるその技量こそ異常。
 そして、恐ろしいほどの魔力の篭った一撃一撃を、しかも片腕で受け止めながら平然としていることこそが―――とんでもない異常なのだ。

「何よ…なんなのよ、あいつ…っ」

 責めあぐねるセイバーに、白い少女は苛立ちと共に吐き捨てた。
 彼女とて気付いているのだ。タクティシャンの異様さに。

「―――っ。デタラメね、セイバーっ」
「デタラメは貴女の方です…!」

 間合いはセイバーのものだ。
 その卓越した技量にタクティシャンは踏み込みきれず、守りに回ざるを得ない。
 第一剣と短剣では間合いが違いすぎるだろう。
 赤い外套が翻り、それはセイバーの視界を侵害する。よく見れば時折タクティシャンが外套を握り、意図的に翻しているのだと知れる。その妨害はセイバーの見えない剣を僅かながらでもゆるませる。
 それで、ようやく俺はタクティシャンの本領に気が付いた。

 彼女の短剣は攻撃のためにあるのではない。
 確かにそれは戦いにおいて実用的な役割を果たすだろう。そのために研ぎ澄まされた刃であり鍛え上げられた剣だ。だが、それは攻めるための刃ではなく、受けるための刃―――。だからこそ、ただひたすらに無骨で頑丈であり、そのあり方は優美で美しい。

 そして、彼女の纏う赤い外套もまた守りのための武具。
 ある程度の攻撃などアレを通しはしない。だからこそ、剣の妨害たりえるのだ。
 それでもおかしい。
 セイバーの一撃は魔力放出による絶大なる威力を成すもの。
 それを、幾ら守りのための武器防具とはいえ、受けきれる道理がない。

 それにも関わらず、タクティシャンは防ぎきる。
 それも片腕でだ―――。

 何度目の激突か。
 火花が散り、魔力が散る。
 その体勢のまま何を考えたかタクティシャンは口を開く。

「Es last frei.EileSalve!(解放。一斉射撃)」

 大気がうねる。魔術行使は一瞬だった。
 タクティシャンの目の前、セイバーの目の前に光が現れ―――

 ―――霧散する。


「な―――!」
「そんな魔術! セイバーには効かないっ」

 そう、セイバー、ランサー、アーチャーの三騎士には強力な対魔力を持つ者が多い。
 事実、タクティシャンの魔術は恐ろしいほどの魔力の放出とうねりを持って光の弾丸と化したが、セイバーに届く前に次々と無効化される。その全てが俺には想像も付かぬ圧倒的な魔術。あまりの魔力の濃厚さにぞっと背筋が粟立つ。
 だが、終わらない。
 まるで散弾銃の如く打ち出される光の渦。
 何もかもを打ち抜くように魔力は放出される。
 その、圧倒的な魔力量―――!
 あの一つ一つの光はセイバーの一撃にも等しいのだ。
 その証明として、土が吹き飛びコンクリートが削れ、玩具が消し飛ぶ。
 何もかもを削り落とす弾丸。

「―――っ…く!」

 光の弾丸を打ち出しながら、タクティシャンはセイバーから距離をとる。霧散し続ける魔術に何の反応もない。ただ当たり前の事を当たり前と受け止める、冷静な瞳。
 ただしそれも僅かな間。

「―――っ!」

 全てをかき消すような光の散弾銃に、何を思ったかセイバーは勝手に無効化されるそれを、剣を持ってなぎ払っていた。

 キキキキキン―――

 音がした。
 無効化されたならありえない筈の音だ。
 しかし魔術である筈の光の中、確かに質量を持ってそれらは弾かれる。
 よく見れば光の渦に黒い弾丸。魔術でありながら魔術を越えた物理攻撃。

 光の渦は消え去り、タクティシャンは小さな舌打ちと共にまたもセイバーへと打ちかかった。踏み込みは一瞬。取った距離は一瞬にて埋まり、またもセイバーとの近接戦へと変わる。
 セイバーが光の目くらましに怯んだのは一瞬。すぐに体制を整え、タクティシャンを迎え入れる。
 何故、セイバー相手に接近戦を挑むというのか―――。
 タクティシャンには遠距離による攻撃法がある。遠くはアーチャーが狙っている筈だ。それならばセイバーを足止めして遠くから狙い撃った方が、余程安全で勝利の可能性が高い、筈。

 だが、タクティシャンは剣を交える。
 愚直に、数十にもなる剣戟を繰り返す。
 
 セイバーは決してタクティシャンの間合いにはしない。
 不可視の剣を巧みに操り、タクティシャンを寄せ付けない。タクティシャンの全ての剣筋を読んでいるかのように、絶対なる余裕を持って短剣を弾く。
 それでも尚、セイバーは攻めきれない。
 あと少し、あと少しのところで踏み切れず、気が付けば後退する。
 それは、決して旧知の者へ対する慈悲などではなく―――

 ただ、そう…巧いのだ。
 外套を弾き、舞わせ、剣を翻弄する。短剣の柄を用いセイバーの剣を滑らせ、弾く、そしてかわす。そのどれもが、ギリギリの攻防。どれか一つ間違えれば、タクティシャンは致命傷を免れないだろう。それどころか、受け損ねたその瞬間に死体に転じる可能性すらある。それほどの状況で、タクティシャンはひたすら受け続ける。魔力に満ちた爆発めいた一撃一撃を―――。

 セイバーの磨き上げられた絶対的な剣技を前にしては、タクティシャンのそれはあまりにも拙い。されど、受けることに限定すれば―――。

「ちっ―――」
「っ―――」

 互角だと―――ここに言い切ろう。
 それは、決して美しくはない、泥仕合のような有り様。疲れを知らぬサーヴァント達はただひたすらに打ち合う。
 美しくはない。
 達人同士の優美さなどどこにもない。
 卓越した技術と技術の攻防などどこにもない。

 されど、同じ太刀筋を繰り返すわけではない。
 飽きるほどの攻防の中、ありとあらゆる駆け引きが存在している。
 それでも決着は付かない。
 あまりにも拮抗した戦い。
 それは面白くもなんともない泥仕合。
 それでも―――ただ泥臭いだけの戦いだとしても―――ひどく…胸を打った。
 
 だが、あまりにも拮抗するがゆえに、その行為に決着はなく、お互いにジリ貧だ。
 セイバーは攻めきれず、タクティシャンは受けることは出来ても、攻撃には転じれない。

「セイバー! 何してるのよ! そんなヤツ早くやっつけなさい!」
「―――」

 音が止む。
 最後の剣戟の余韻だけが鳴り響き、ちっ、ともう一度タクティシャンが舌を打った。
 一瞬にしてセイバーは距離を取った。タクティシャンは追うそぶりを見せたが、何を考えるか、今度は自ら距離を取った。
 月明かりの下もう一度剣の騎士と赤い策士は向き合う。

 気が付けば、公園は恐ろしいほどの静寂に満ちていた―――

「………お覚悟を、タクティシャン」
「…そうね。分かっては、いたつもりよ」
「幸い街外れ。それに貴女の結界もある」
「今は後悔しているわ」
「さすが、と言っておきます」

 分からない会話を戦うサーヴァントらは低い声で交わし、そして。

 風が解かれていく。
 セイバーの持っている剣を中心に巻き起こる風は嵐へと化けていく。
 封が解かれる。
 幾重もの風を払い。
 彼女の剣は、その姿を現した。

「――――え?」

 我が目を疑う。
 視えない筈のその姿が、確かに見える。
 少しずつ、本当に少しずつ、包帯を解いていくかのように、彼女の剣が現れ始める――――

「黄金の――――剣?」

 吹き荒ぶ風。

 風の中、魔力が集まる。
 タクティシャンというサーヴァントに向かって、セイバーの魔力は移動する。
 封印を解かれた剣、そして剣を守っていた風は、ただひたすらに魔力の塊。

 嵐の中心でセイバーは小さく笑う。
 箱を開けるかのように展開していく幾重もの封印。
 風の帯は大気に溶け。

 ……時間が止まる。

 収束する光。
 それは、その純度は、先のタクティシャンの魔術と比べるべくもない。
 何故なら魔術とはあくまで人為的に神秘を再現する行為でしかなく―――。

 本物の神秘に敵う筈がないからだ―――。

「――――約束された(エクス)」

 それは、星の光を集めた、最強の聖剣。
 人知を超えた奇跡。

「勝利の剣――――!!!(カリバー)」

 ―――それは、文字通り光の線だった。
 触れる物を例外なく切断する光の刃。
 何もかもを切り裂くその光に対し、タクティシャンは俺の目の前にて赤い外套を翻していた。
 そうだ。
 彼女らは決して自分のマスターの前を動こうとはしなかった。
 あの戦闘の中にあってさえ、自らのマスターを守り続けた―――。

 ヤバいとか、まずいとか、考える思考すら残ってはいなかった。
 あまりに桁違いのそれに、思考は麻痺する。
 死ぬ。
 死ぬ。
 死ぬ。
 衛宮士郎はここで死ぬ。
 あの光に包まれてこの世から消え去るのだ。

 それなのに、怒りはない。苦しさもない。
 死ぬというのに何も浮かばない。
 ただ亡羊と光を受け入れるだけだ。
 なんせ、美しかった。
 どこまでも光は荘厳で神秘的で、ただただ美しかった。
 死ぬと分かっていながら、その美しさに見惚れた。

 だから、衛宮士郎は諦めた。
 生を、これ以上の生を捨て―――




 死を、受け入れた。
2013年7月12日
どんなに捏造したってセイバーは欠かしちゃいかんと思うわけで。