『決着』














 ―――にも関わらず。

「―――あ」

 見えた。
 見えてしまった。
 割れる。
 割れる。
 割れる。
 容易いガラス細工のように結界という名の守りが砕け散る。
 何枚も、何枚も何枚も何枚も何枚も。あらゆる強度を誇るように築かれたそれを、いとも容易く光は分断していく。それでもなお守りは築かれる。
 それはようするに、力と力のぶつかり合い―――。
 障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる。障壁が築かれる。障壁が破られる障壁が築かれる。障壁が破られる破られる破られる破られる破られる破られる破られる破られる破られる破られる―――!!!!!!!!

「く―――…っっぁああああ!!!!」

 何十何百何千もの繰り返しによる障壁によって弱まったその光を、タクティシャンはその一身に浴びていた。
 バチバチと火花を散らしながらそのありえない魔力と神秘を受け止め―――

「ああああああああああああああもうEs last frei.(開放)Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei.Es last frei!!!!!!!!!!!」











 それはどれだけの時間だったのか―――。
 俺は網膜を焼く光の中にありながら、この身を消し去るであろう光の中にありながら―――それでもなお

「生きて、る…」

 そう。
 衛宮士郎はこの期に及んで尚、五体満足に生きていた。
 怪我の一つすらなく、現状は先ほどまでとなんら変わりない。
 光が消えていた。
 風は既になく、物音をたてる者もいない。

 タクティシャンの背中だけが見える。
 朽ち果てそうな赤い外套が見える。
 所々破れたスーツが見える。
 伝線どころか殆んど糸くずと化したストッキングが見える。
 髪留めなど吹き飛んだのか、黒い髪が腰まで落ちている。
 足元に溜まるのは外套と同じ赤。
 どこまでも鮮やかに夜を彩る赤。
 血の出所が何処なのかはっきりとは分からない。
 ただ、致命傷に近いほどの傷だと直感する。
 その零れ落ちる赤が、流れれば流れるほど、タクティシャンの命は削られていくのだと、そんなことを思った。

 左手が痛い。
 令呪がサーヴァントに呼応するように熱を持つ。

 散々な有り様だった。
 それでもなお立っている姿。
 倒れてしまえば俺を守れないとでも言うように―――。

「―――」

 その、後姿に…俺は近づく事もできず、体は立ち尽くしたままだった。

「嘘…なんで…?」

 唖然とした声。必殺を放ったサーヴァントのマスターの幼い声。ありえないと、そう、言っていた。
 セイバーは微動だにせずに立っていた。剣を振るった姿勢のまま動かない。
 タクティシャンも同じだ。微動だにせず、空気は凍りついたまま。

 俺は何故動かないのか。
 何故動けないのか。
 見るからにタクティシャンはぼろぼろだった。
 駆け寄るべきだと思った。それなのに、どうしても体が前に進まない。

 ゆるりと、本当にゆるりとした動作でセイバーが顔を上げる。
 ―――何故、そんな苦痛を堪えるような顔をしているのか、理解できない。

「…私の、勝ちですね」

 剣を持ち上げる動作。止めを刺そうというのか―――

 ………それは、させない。
 させてはいけない。
 俺は―――倒れている誰かを、見捨てる事はできない。
 衛宮士郎はそういう生き方を選んだ筈だし、なにより―――タクティシャンは俺を守る為に戦っていたのだ。
 それを、目の前で失うなど―――できる筈が、ない。

 足に力が戻る。
 手に力が戻る。
 頭に光が戻る。
 視界が晴れわたる。

 足が動く。あの背を喪わないために―――

 だが、止まる。
 セイバーの腕は止まっていた。
 驚愕に目を見開き、愕然とタクティシャンを凝視する。

「…私の勝ちよ、セイバー」

 不意に、タクティシャンが顔を上げた。どこに力が残っていたのか、その青白い面に浮かぶは不敵な笑み。勝利を確信した絶対なる笑顔。
 今まさに殺されようとするその間際にて、タクティシャンはひどく優雅に笑っていた。彼女にしては遅く、けれどもしゃんとした動作で左腕を上げる。
 ばぁん、と口で言って、その左手でセイバーのマスターたる少女を撃つ。
 その指先から黒い弾丸は出ない。ただ口先だけの行為。それでも、セイバーは息を呑み、己のマスターを振りむきざまに走り寄ろうとし―――。

「―――抵抗は無意味ではないかね。セイバー」
「……キサマ!」

 白い少女は赤い弓兵の手の中にあった。
 喉元に剣を突きつけられた少女は不愉快気に自分を捕らえる男を見上げる。
 白髪に浅黒い肌。赤い外套を纏う鋭い瞳の男。
 現れたは何も赤い弓兵だけではなかった。
 そう。彼と彼女は一対の主従
 彼がここにいるというのなら―――

「アインツベルンがセイバーのマスターだったのね。それに、今の宝具―――」

 彼女が、現れない筈がない。
 2つに結んだ黒髪をなびかせながら、赤い服を纏う少女は颯爽とこの場へ現れた。
 その目は鋭く公園の惨状を見据え、何よりも白い少女へと向けられていた。

「―――。トオサカ、リン」
「あら、知っていて貰えたなんて光栄だわ。アインツベルンのお嬢様」
「…フン。人質のつもりかしら。見た目どおりの野蛮人ね。それにみっともない。自分たちだけじゃ勝てないからってさっさと手を組んだってわけ? バッカみたい。どうせ最後には切り捨てるだけじゃない」
「―――そうね。その通りよ」
「へぇ、認めるの? トオサカは1人で戦う勇気も度胸もない弱虫で意気地なしの魔術師だってコト―――」

 ぴくり、と遠坂の眉が跳ねる。
 現れた時点で友好的な空気など彼女は纏っていなかった。
 あるのはただ相対する少女への敵意。
 ―――それはいまや、明確な殺気であると言っていい。

 人形のように整った冷たくも鮮やかな顔が、更なる酷薄さと切れを出す。
 美しいからこそ、背を凍らすほどの恐ろしさだった。

 今の遠坂は遠坂であって遠坂でなく。
 そう―――そこにいるのは、ただ1人の魔術師。

「冗談にしちゃ悪趣味ね。さすが負け犬はよく吼える。…残念ね。殺してなんかあげられない。全くこんな手間、心の贅肉だわ」
「―――何よ。どういうつもり」
「簡単よ。そこのサーヴァントが言ったでしょう? セイバーと話をしたい、ってね。だからそれを叶えてあげようってんじゃない―――ま、話し合える状態かどうかは知らないけど?」

 明確な殺意を持ちながら、この地の魔術師は冷たく笑う。
 それに、ぼろぼろの策士は笑って応える。
 震えた声に力はない。けれど、確かな謝辞がそこにはあった。

「―――ありがとう。メイガス。心から感謝します」
「ふん。別にアンタに従ったわけじゃないわ。この借りは高いわよ」

 魔術師同士の取引は等価交換。
 もっとも、タクティシャンは魔術師ではない。けれども遠坂がタクティシャンの意図を汲んだのは、この状況をもぎ取ったタクティシャンへの賛辞か。
 最強のサーヴァント相手に対等に渡り合いっただけでなく、そのマスターの命を握ったのだ。しかも遠坂とアーチャーにはなんの実害も出ていない。それは遠坂にとっても予想外の報酬に違いなかった。

「2倍にして返します。…セイバー。貴女まだ魔力は残ってる?」
「そうですね。大丈夫です」

 セイバーはタクティシャンに何の躊躇もなく近づく。
 赤い弓兵の剣がピクリと動き―――。

「アーチャー、従って」
「―――む」

 赤い主従の低いやり取りすら気にならないと言うように、サーヴァント2人は相対する。
 両者の瞳に敵対の意思はない。あるのは―――絶対なる信頼か。
 何故、と、わけも分からずわめきたくなる。
 殺しあっていた。
 確かに、殺しあうためにあの2人は戦っていた。
 それなのに、何故、そんなにもまっすぐに向き合えるのか。
 信頼しあえるほどの仲だったのだろう。互いの武器防具の特徴も知るほどの仲だったのだろう。
 だからセイバーにもタクティシャンにも、互いの武器防具に対する驚愕も困惑もなく、その手の内は分かっていると、真っ向勝負に出た。
 一方はマスターの意に従い、一方はマスターを守るために―――。

「タクティシャン…」

 かすれた声が出た。
 タクティシャンは応えず、ただセイバーだけを見ている。
 ―――遠かった。
 その背はあまりにも遠く、あまりにも不可知な場所にあった。

 セイバーは握り締めた剣を持つ。実体化した、黄金の美しい剣。
 タクティシャンは短剣を持つ。
 まるで儀式のように、セイバーは膝を付き、タクティシャンの短剣へと剣を打ち付けた。
 きん、と軽い音。
 火花が散る。魔力の猛りがうねり、消える。

「―――なんて、でたらめ…」

 遠坂が遠く呟く。
 セイバーから溢れる魔力はタクティシャンへと流れ向かっている。
 流れ込む先はタクティシャンの持つ短剣。
 短剣から目が離せない。アレは、最初から気になっていた。
 タクティシャンというサーヴァントが今のところ見せる武器はアレだけだ。
 中身を見ようとしても、設計図が明確には浮かばない。衛宮士郎が理解できる範疇にはないのだろう。それでもその効果というか性質くらいなら理解できる。
 セイバーの膨大に放出される魔力を、あの短剣は貪欲に取り込んでいるのだ。それはかつて衛宮切嗣という魔術使いが俺に見せた、周囲から魔力を吸い上げる、というものではないのだろうか。

 だが違う。
 アレには儀式をあった。呪文があった。

 けれどあの短剣はその儀式を必要としない。セイバーの打ち出した魔力を、その短剣へと吸収し保管する。恐らくは短剣そのものが魔術回路のような役割を果たしているのであろう。吸収した魔力を留めているのはあの柄のダイヤモンドに他ならない。セイバーの馬鹿げた量の魔力を吸収してなお、びくともしないとなると、その許容量は空恐ろしいものがある。
 とんでもない魔力を自発的に充填できる魔力タンク。それは一定量の魔力しか持たない魔術師にとって恐ろしく魅力的なものだろう。魔力を自然界などから汲み上げることは難しくはないが、ここまで徹底して効率化したものはないと思われる。
 そしてそれは、大自然に干渉するほどの魔術を個人で行うコトが出来るということだ。短剣そのものが魔術回路の役割を果たし魔力を精製、その魔力を燃料に起動し、定められた魔術を起動する。それによる魔術の行使量は、もはや魔術師自身のキャパシティも魔術回路の数も関係ない。弾切れの存在しない拳銃。しかもそれが一工程(シングルアクション)で行使できるとなればほとんど無敵であろう。

 ―――もっとも、相手がセイバーのような恐ろしく強固な対魔力を持っていなければ、の話である。

 とりあえず、セイバーの魔力放出による恐ろしい力を持った一撃一撃を事もなく受けきれることに納得はいった。
 爆発的に高まった一瞬一瞬の魔力放出すら取り込む事のできる魔術礼装。
 ―――それこそがタクティシャンの宝具なのか。

 やがてぼろぼろだった女は赤い外套を取り戻し、手馴れた動作で髪を結い上げた。完璧には程遠いが、そうしていつものタクティシャンの姿が出来上がる。

「だい、じょうぶなのか…? タクティシャン」

 俺の声にタクティシャンは振り向き、小さく笑う。
 その顔は確かに、この2日間で見慣れたもの。
 血は流れていない。傷の後はない。服も髪も元通り。
 それでも―――あの背は目に焼きついて離れない。

「ご心配をかけました。大丈夫ですマスター。マスターもご健在のようで何よりです」

 じ、と上から下まで観察されて、そのあんまりにも軽い調子に、一気に力が抜けた。
 がくりと膝が落ちて、地面に叩きつけられそうになる。
 それを、タクティシャンがやんわりと防いだ。
 体を受け止められ、そっと座らされる。

「―――の、…かっ」
「―――シロ?」
「………死んだかと、思った」
「ああ、確かに死ぬかと思いました」

 簡単に、さらりとタクティシャンは言った。
 だから、許せなかった。
 それは許せなかった。
 するりと離れそうになった手を掴む。

「―――ふざけんな…。 全然大丈夫じゃない。大丈夫なワケがあるか!」
「え?」
「おまえな、自分がどんな状態だったか判ってるのか!? あんな怪我して、そんなぼろぼろになって、それで大丈夫なワケがあるかっ」
「―――あー…んー」
「戦うなとは言わない。俺だってちゃんと覚悟してた。でも、俺を庇うくらいなら自分の身を守れ!」
「―――っ」

 きょとんとしていたタクティシャンの目が、何故か急激に光って、俺を睨みつける。
 が、そんな視線に押される事なんかない。

 無力な自分を守って。
 その代わりに傷ついてしまう誰かなんて許せない。
 救うのは俺の役割だ。
 憧れた正義の味方の役割だ。

 ああ、頭の中がごちゃごちゃしてる。
 焼きついたあの背中。アレは俺の所為だ。
 そう、タクティシャン1人なら、もっとうまく立ち回れた筈なのだ。
 俺が居たからタクティシャンは動けなかった。
 俺を守ったから、タクティシャンは真っ向からセイバーと戦うしかなかった。

 そうだ。
 俺には何も出来なかった―――。
 あまりにも無力な自分。
 何が正義の味方だ。
 何が“誰かを救う”だ。

「俺は―――…だから、くそ!」

 ワケが判らない。
 ただ腹が立った。
 無性に腹が立って仕方がなかった。
 ああもう、タクティシャン目は怖いし、他の奴らも唖然としてる。絶対馬鹿にしてる。こんなんじゃオモチャが手に入らなくて泣いているガキと一緒だ。
 自分の感情の表現方法が分からなくて叫んでいる。

 戦うしかないって覚悟はした。
 今更、泣き言なんて言うつもりなかったし、タクティシャンが他のサーヴァントと戦うコトだって理解していた筈だ。
 そうだ。戦う意思はある。
 男が一度でも戦うと口にしたのなら、逃げることなどできる筈もない。

 これは俺が始めると決めた戦いだ。
 いくらタクティシャンがサーヴァントでも、彼女自身にも望みがあるのだとしても。
 それでも確かにこれは俺の始めた俺の戦い。
 だから、俺の代わりに誰かが傷つくのは、違うと思う。
 いくら力不足だからってタクティシャンに戦わせて、
 あんな――――
 あんな光景は、我慢できない。

「つまりシロ。貴方は私が怪我をしたことが許せない、と」

 合点がいった、とタクティシャンは頷き。
 ふっ、とシニカルに笑った。―――ああ…なんだろうな。この非常にビシバシくる嫌な感じは。

「―――…そうだ」

 けれど、間違ったことは言っていない。
 その筈だ。
 誰かが傷つくのはイヤだ。
 俺が決めたことの結果ならば、俺が背負うべきなのだ。
 決してタクティシャンが背負うようなことでは―――ない。

「サーヴァントはマスターがいなければ存在できない。だから私は貴方を守る。それでは納得できませんか?」
「出来ない。そういう問題じゃない。俺が言いたいのは―――」
「衛宮士郎を守って死ぬ人間がいるのは許せませんか?」

 きっぱりと、タクティシャンは問うた。
 あまりにもはっきりとした口調であり、疑問でありながら断言。分かりきったことを確認するためだけに聞くかのような言葉。
 ―――そして
 それは、あまりにも、衛宮士郎の内面をついていた。

 心臓が鳴る。
 タクティシャンの赤い外套がゆるりとはためく。
 それはあまりにも赤く、赤く、赤く―――

 目の前に広がるのは炎か。
 焦土が広がる。
 ■■が転がる。
 足を動かす。
 足を動かす。
 足を動かす。

 そうせねば、ならない。
 衛宮士郎に出来るのは、ただ前を向いて歩くだけなのだから。

「―――ああ。そんなのは嫌だ」

 自分の目の前で、自分以外の誰かが…自分を守るために死ぬなんて、我慢ならない。
 
「―――ふぅん」

 タクティシャンは俺を見ている。
 感情をうかがわせない、硬質な光を放つ蒼。
 その威圧感に屈しそうになる。
 そこに―――

「主従の心温まるやりとりはその辺にして貰える? 結界は張りなおしたけど、こんな惨状じゃあいつまでもここには居られないわ。時間の無駄よ」

 ひどく殺伐とした感情の伺えない遠坂の声が響いた。
 いや、全然心は温まらなかったぞ。今のやり取りは。むしろ心から冷え切った。
 タクティシャンはあっさりと俺から視線を外し、セイバーへと向き直る。

「タクティシャン―――」
「今はメイガスの言うとおりにしましょう。問答は後で幾らでも出来ます」

 その時は相手をしてあげるわ、とでも言う風に笑われる。
 タクティシャンの背はそれ以上の追及の望んではおらず、そして現実問題この惨状をどうにかせねばならなかった。
 なんせ公園の八割方は吹き飛んでる。
 木は倒れ伏しているし花など既にどこにもない。土はえぐれ、滑り台は削れブランコも吹っ飛んでいる。ありとあらゆる障害物が消え、そしてそれは、タクティシャンの居た場所から二又へと分かれていた。
 タクティシャンの立っていた場所とその後ろだけを残し、土に断層が走っている。
 ようやくそれにぞっとした。
 あれが、タクティシャンと俺を消そうとした光の威力。
 ああ、人なんて跡形もなく消え去るだろう。
 サーヴァントですら、あの光の前には消え失せるしかないのだ―――。

「魔力の提供ありがと、セイバー」
「いえ、よろしいのですか?」

 セイバーの目は一瞬俺を捉え、何か懐かしむような温かみを持ってタクティシャンへと問いかける。

「ええ―――」

 ちらりと俺を見て、タクティシャンはすぐにセイバーへと向き直る。
 ―――その動作は、何故かひどく、胸にきた。
 多分それは、彼女の視線があんまりにも冷たく、あんまりにも硬質だったから。

「―――ではタクティシャン、ひとまず場所をかえませんか? さすがに少し目立ち過ぎました」
「それはアンタのマスター次第ね」
「イリヤスフィール。お願いします」
「―――別に私は構わないけど、そっちはどうなのかしらね」

 そっち、と水を向けられた遠坂は無言で頷く。
 アーチャーも既に諦観の域だ。ただ、皮肉気に肩をすくめるのは忘れない。
 ぴくりとも動かぬアーチャーの剣に視線を向け、セイバーは凛とした声を張る。

「戦うつもりはありません。マスターを解放していただきたい。そう剣を突きつけられていては移動も出来ない」
「イリヤスフィール、あんたは?」
「何? 私の言う事信じられるわけ? バッカじゃないの」
「バカはそっちでしょ。この状況であんた達を仕留めるのなんて簡単なんだから。けど、タクティシャンに免じて話をしようって言ってあげてるんじゃない。―――別に私は今すぐにあんたを始末しても構わないけど?」

 睨みあう2人の魔術師。
 遠坂は、本気だ。本気で言っている。イリヤスフィールという少女の返答次第では今すぐ殺すのだと。

「遠坂、もういいだろ? 今はここを離れる方が先だ」

 ―――そんなのは、見たくない。
 遠坂が誰かを殺す姿なんて、見たくない。
 無抵抗の相手を殺すなんてダメだ。

「―――なんか、貴方にそれを言われると無性に腹が立つわね」
「う―――面目ない」

 確かに、ついさっきまで場所も状況も忘れてタクティシャンと言い争っていたのは俺だ。それを棚に上げて遠坂に口出ししているのだから、腹が立つのも当然だろう。
 遠坂は俺を一瞥してすぐにイリヤスフィールの挑戦的な顔へ向き直る。

「イリヤスフィール、令呪を使いなさい。セイバーは私達を殺せない」
「―――っ!」
「遠坂!?」

 悔しげに息を呑むセイバーのマスター。その顔は真っ赤で、指先は震えている。怒りだろうか。その目には今にも涙が浮かびそうで―――。

「遠坂、そこまでしなくても―――」
「いいえ、マスター。当然の配慮です」
「この状況で命を奪わずに交渉しようというのだ。随分と良心的で紳士的な対応ではないか。それとも、タクティシャンのマスター殿はここでセイバーに殺されるのがお好みか」
「―――っ! おまえ、タクティシャンが居たから怪我もない癖に―――」
「当然だろう。そういう役割分担だ。元より、この協力関係は切ってもさして害はないものでな」

 くっ、と笑うアーチャーに、タクティシャンも遠坂も何も言わない。それが当然だと、それを分かっていたことだと、そう受け入れている。
 それは確かに正しいのかもしれない。
 俺達に有利すぎる条件。都合の良い展開。その代償が今こうして突きつけられているだけだ。

「イリヤ。私は構いません。まずは生き延びることです。だから使ってください」
「………いいわ。セイバー、アーチャーとタクティシャンは」
「イリヤスフィール」

 冷やりとした声が少女の声を遮る。
 それはどこか呆れを含む、それでも何故か従わざるを得ない、声。
 タクティシャンをイリヤスフィールは睨みつけて…何故か、そこでセイバーが吹き出す。いかにも堪えようとして、堪え切れなかった中途半端な表情。
 それにイリヤスフィールの顔が真っ赤になる。
 その顔がまぁなんというか、親に叱られた子供のようで…。

「ちなみに彼は衛宮士郎。メイガスの紹介はいらないわね?」
「―――っ。ああもう。セイバーはエミ、ヤシロウとトオサカリンを殺さない! これでいいんでしょうリン?」
「ええ、上等よ」

 それで、ようやく俺にも事情が分かった。
 初めイリヤスフィールは"セイバーはアーチャーとタクティシャンを殺さない"という令呪の施行をしようとしたのだ。
 サーヴァントが使えないのならマスターを狙えばいい。それが聖杯戦争の鉄則。
 サーヴァントを殺す必要などない。マスターを殺せばそこで終わる。だからイリヤスフィールはサーヴァントに対象を限定しようとした。サーヴァントを倒すよりもマスターを殺す方が余程簡単で単純。
 そのどこか子供らしい強かさに笑ってしまった。
2014年6月26日
タクティシャンってサーヴァントが自分的に大分気に入ってます。じゃないと書かないよねって話ではあるんですが(汗)