夜、少女は月を見上げる。
 とてもとても、きれいな月の夜だった。
 紅い満月。
 水溜りの中に月が落ちて、パチャンと跳ねた。

「行くのか?」

 まるで闇夜から生まれたかのように、静かに、不意に現れた姿に驚くこともなく、黒蝶はただ、頷いた。
 何の脈絡もない言葉だが、それでも通じていた。
 黒蝶は常に纏う微笑を消し、空から、悠穹の踏んだ水溜りに目を移した。悠穹もまた、水に落ちた紅い月を見つける。

「ねぇ、悠穹。貴方うちはイタチを調べたでしょう」
「…まぁな…。大したことは、何一つ見つからなかったけどな」
「当たり前よ。だって、念入りに消したもの」
「やっぱ、お前か」
「ええ。そうよ」

 示し合わせたかのように、ゆるゆると2人の視線があがり、ぴたりと、互いの瞳に定まる。
 悠穹の黒髪とその立ち姿はすぐに闇夜に消えてしまいそうだった。
 黒蝶の黒髪が白い頬を縁取り、彼女もまた、闇に溶け込む。
 それでも、2人はしかと互いを確認していた。

「うちはイタチを、愛しているわ。ずっとね」
「………そうか」

 目を伏せて、悠穹は頷いた。
 婚約者同士だった彼ら。言葉の上では簡単に言い表せるが、本当にそこにあった絆や感情は誰も知らない。想像することしか出来ない。
 似ていると、思ったことはあった。
 何かを隠している、とも思った。
 けど、こうして彼女の口からうちはイタチに対する言葉が出てくるとは思わなかった。
 彼女にとってそれは、何よりも重要なことであったに違いないから。

「なぜ?」
「…誰か一人くらい、知っていても良いかなって思ったのよ。それだけ」

 2人の会話は、色々なものが抜けていて、それでも分かってしまう。
 だから、言葉はあまり必要ない。
 そしてまた、話は移り変わる。

「他の奴らには」
「キバとシノには、言わない。紅先生にも。彼らはそのままでいいと思うから。ナルト君は、これから」
「そうか」
「…箱庭を、ありがとう」
「…この木の葉に、居場所は出来たか?」
「……ええ、そうね。本当の居場所はここではないけど。…居心地は良かったわ。とても」

 それは、自分が思っていた以上に。
 本当に、本当に居心地が良かった。
 ―――そう。離れがたくなるほどに。

「なら、いい」

 彼の楽園ならきっと、もっと居心地は良かったのだろう。
 自分がそれに甘えたくはなかった。
 ただそれだけのこと。

 そして2人は、闇夜に消えた。
 水溜りの中にある紅い月が、静かに、静かに、揺れた。