少女は己の髪にチャクラを通し、幾人もの忍を、一斉に突き刺した。
少女は身体中から刃を抜き出し、幾人もの忍を、一斉に切り裂いた。
それは本当にたった一瞬の出来事。
あっという間に、上忍の手に余り…カカシでも勝てなかった忍が…全て、細切れになっていた。
「「はい?」」
重なった声は、同時だった。
「サク…ラ?」
「い…の?」
呆然と、互いを見つめる。
確か、自分達は今、下忍3班合同任務中で、敵国の忍に襲われていた。
その忍が強くて上忍達が強くて敵わなかったので、血継限界と秘伝の血筋の保護を暗部任務として言い渡されている自分としては、仕方なく正体を晒して彼らを助けたのだ。
そう、実は下忍でなく、里でも指折りの実力を持つ暗部だという正体を。
ただ、助けるために刃を振るったのは、自分だけではなかった。
下忍として、表の顔としての自分が親友で恋敵と定める相手。
「う、そ…まさかあんたもなの?」
「こっちのセリフよー…」
さすがに驚きを隠せない2人の少女の周囲で、遠巻きにして様子を見ていた同じ班の上忍と下忍が、恐怖を色濃くして呟く。
なんなんだよ。
サクラじゃないのかよ。
どうなっているんだよ。
いのは…。
化け物。
何者だ―――。
怖い。
鳥のさえずりの様に鈴なる言葉の中で、2対の瞳が輝いて唇が弧を描いた。
「一体なんなんだってばよ…!!!」
癇癪を起こしたようなその叫び声に、サクラといのが振り向いた。
その、顔に既に感情は無くて。
サクラの顔はただひたすらに冷たく凍り付いて。
いのの顔はただ涼やかな笑みを貼り付けて。
それは、12歳やそこらの少女のするようなものではなかった。
纏う空気は近寄るだけで気絶してしまいそうなほど、冷たく凍りついたもの。
背筋を凍らせて、下忍は後ずさる。
その、空虚な表情が怖い。
「…い…やぁ…」
「ヒナタ…!」
がくがくと震え、へたりと座り込んだヒナタをキバが支え、シノが庇うようにして前に出る。
彼らとて、必死に気力を奮いたたせてはいるが、身体はごまかせない。
ねっとりと絡みつくように汗が流れて、地に落ちる。
「サクラちゃん…!!!じゃないんだろ!お前ってば…!本当は偽者なんだってば!!!」
ナルトの叫び声に、誰もが「そうだ」と思った。
これが、あのサクラで、あのいのであるわけがないのだ。
だって、彼女らは、こんな冷たい空気を纏わない。
こんなに冷たく凍りついた瞳をしない。
いのであるものが笑った。
「なによー皆。何をそんなに驚いているのー?私がー、私であることの何が可笑しいのー?」
あはは、と軽やかに笑って、血をべっとりとつけた頬を指でなぞり、指先を赤く染める。
「忍が人を欺いて何が悪いのよ」
サクラと呼ばれる人物は冷たく言い放った。
冷たく。冷たく。
誰もが背筋を凍らせる。
籠められた殺気に指一本動かすことが出来ない。
哀れなほどに震えだし…
震え…
震え…?
「な、ると…?」
「ヒナタ?」
違う。
違う。
違う。
震えているのではない。
―――彼らは笑っているのだ。
こらえて、こらえて、それでもこらえきれない爆発的な笑い。
「あ…っっは…はは…はははははっっ!」
「…くっっ…は!あは…あはははは!」
笑って、笑って、笑って。
もう我慢できないというように、ナルトとヒナタは2人、腹を抱えて笑う。
それは、異様な光景だった。
血にまみれた惨状の中で、ただただ笑う2つの影。
まるで狂ったかのように、笑い続ける。
サクラも、いのも…この2人ですら、呆然と立ち尽くした、まま。
そして。
不意に、下忍が倒れた。
ついで、上忍もだ。
「なっっ!」
「何!?」
残されたのは、血を浴びた2人と、笑い続ける2人だけ。
「さーってっと。ヒナタ!」
「はーい。ナルト君!」
とても、とても楽しそうな声が響き渡った。
同時に、サクラといのの回りに無数の刃が出現し、空間に縫いとめた。
2人、勿論刃を防ごうとしたが、身体が何故かぴくりとも動かない。
隙なく刃によって囲まれ、顔だけが難を逃れて事態を見ている。
「あらあら、暗部最強とも呼ばれるピンクとキンキンが惨めなこと」
その、ヒナタの楽しそうな声に、サクラといのの表情が劇的なまでに変わった。
暗部最強の名を争う有名な暗部。
その一…春野サクラ。暗部名ピンク。
その二…山中いの。暗部名キンキン。
冗談でもなんでもなく、忍者登録書にしっかりと書き込まれた、正式な暗部名だ。
本人たち非常に不満で仕方ないが。
「なっっ!って!なななななな何でその名前!!!!!!」
「なんで知っているのよーーーーーーーーーー!!!!!」
「朔姫に静燐って言って欲しかった?」
それは、自分たち自ら考え、絶対にこうとしか呼ばせなかった2つ目の暗部名。
だって誰が名乗れる?
会ったばかりの暗部に、私の名前は『ピンク』『キンキン』です。…だなんて…。
「うっっ!」
「あーーーーっっ!」
「「でもさ、ちゃーんと登録書にかかれてる名前で呼ぶべきだよなーーーー」」
「「いやーーーーーーーーーーーーー!!!!!!!!!!!!!!」」
涙目になって叫ぶ2人の姿に、ナルトとヒナタは大爆笑。
サクラもいのも、すっかりナルトとヒナタのペースに飲み込まれていた。
「さ、最低!!! なんなのよ!あんた達!!!!!!!!!!!」
「そうよーーーー!!!!!!なんなのよーーーー!!!」
必死に拘束から抜け出そうと足掻く2人だが、何の術をかけられたものか、全く動けない。
いや、動いたら動いたで針の巣なのだが。
「分からない?」
「ほんっとーに分からない?」
「分かんないっつってんでしょ!この馬鹿!!!」
「分からないわよーーーーーーー!!!!!!!!!もーーーー!さいてーーーー!!!!!!!!!!」
「そいじゃ、ま」
「種明かしだね」
くすくすと笑いあう少年と少女。
それを見て、なんとなくわいてくる嫌な予感に、サクラといのは前言撤回しようと口を開き…
間に合わなかった。
ポン、と軽い音をたてて、そこには2人の黒ずくめの男が立っていた。
意外にも若い、暗部の服を着た、真っ黒ずくめの―――。
全てが酷似した鏡写しのように瓜二つの2人。
「「嘘」」
全く同時の2人の少女の言葉。次の瞬間に2人の拘束が消え去った。
身体を支えることが出来ずに地面に音を立てて落ちた。それは、忍としてはあるまじきことで。
くっくっく、と2人分の男の笑い声が響く。
「みじめだね。ピンク」
「格好悪い。キンキン」
声は、記憶の奥底にしまいこんだものと少しも変わらなかった―――。