「それで、何か?」
テマリが不思議そうに首を傾げる。
この、名前くらいしか知らない、何の接点もない少女に呼び出された理由が皆目分からないのだ。
ヒナタは、心を決めて、ぐっ、とテマリを見上げた。
「あのっっ!」
「ん?」
そう、見下ろされると、何となく息が詰まって、言葉が押し出しにくくなる。
もう一度深呼吸をして、ヒナタは一息で勢いよく言った。
「テマリさんは男の方ですか!?」
言った…!
言えた事に満足感を覚え、ようやく謎が解けるのだと期待してテマリを見つめる。
突然のヒナタの言葉に、目をぱちくりとさせたテマリは、視線を右に逸らして、左に逸らし、上を見上げて首を傾げる。
「もう一度言ってくれる?」
「テマリさんは男の方ですか!?」
テマリのヒナタを見ないで言われた言葉に、またもヒナタは一息に声を出した。
「うーん」
首を傾げたままテマリは軽い動作で印を組んだ。
その印は見覚えのあるものだったので、ヒナタは止めなかった。
むしろ、最初からそうしておくべきだったのかもしれない。
わざわざ隠しているのだから大変な事情があることくらい予想出来る。
3m四方の結界が張られ、その完璧な結界にヒナタは感心した。
上忍レベルでも難しいほどの強度、それに加えて扱いにくさを誇る結界だ。
だが、使い勝手は最高。
誰一人ここに結界が張られていることを気付くことはないだろう。
結界の外からは普通にヒナタとテマリが話しているように見えるだろうし、例え話しかけられようと、触られようと、それが崩れることはない。
「何でそう思った?」
不意に、テマリの視線がヒナタの元へ帰って、それまでじっとテマリを見つめていたヒナタは逆に視線を逸らした。
「何となく、です」
本当に、何となく。
何となくそういう気がしたというだけだ。
「そか」
面白そうにテマリはヒナタを観察する。
テマリは額宛の下に付けていた首飾りを外して、それに向かって術を使う。
と、同時に、小さな竜巻がテマリを包む。。
身長はもっと高く、瞳は更に鋭く、唇は薄く。
髪の毛がはらりと落ちたと思ったら、次の瞬間には後ろに一つでまとめられていた。
肩幅は広く、喉仏が持ち上がり、頬や身体全体からふんわりとしたやわらかさが消える。
小さな風の竜巻が終わったとき、彼女は彼になっていた。
なんとなくその様を凝視して、ほんのりと頬を紅潮させた。
矢張り、男の人だった、と内心安堵と興奮を繰り返す。
これが本当は女の人だったら目も当てられない。
鋭い眼光がヒナタに向けられる。
ヒナタは首が痛くなるほどテマリを見上げて、それに応えた。
「ヒナタ、だったな」
「はいっ」
にんまりと笑ったテマリの顔が、不意にヒナタに近づいた。
その翡翠のような瞳が驚くほどに澄んでいる。
何だろう?とヒナタは緊張してテマリを見つめる。
不思議なほどに危機感は、ない。
だが、
「て、てめぇ!!ねぇちゃんに手、出すな!!!!」
「………!?」
「ヒバリ!?」
不意に、どこから現れたのか、激昂してテマリからヒナタを引き離し、ヒナタと同じ顔をした可愛らしい少年はテマリを睨みつける。
何故、ここにヒバリがいるのか、ヒナタには全く分からない。
そもそも結界はどうしたのだろうか?
実は中忍試験中ずっとヒバリはヒナタを見ていたのだが、ヒナタは、ヒバリに対しては全く警戒心がないので、気づくこともなく、至極自然に見逃していたのだ。
一瞬ぽかんとそれを見た後、テマリは妙に面白そうに唇を歪めた。
ヒバリが破ったらしい結界を修復して、聞く。
「双子か?」
「だからなんだよ!!!!」
ぎら、と、瞳孔のない瞳をきらめかせて、ヒバリはテマリを睨む。
ヒナタに何かしようものなら、すぐ様飛び掛ってきそうだ。
「ふん。甘いなヒナタの弟」
にやり、テマリは親指を歯で咬み、血を流す。
扇にそれをなすりつけ。
「必殺!口寄せ!」
白煙と共に何者かが現れ、その新手に少年は隙なく構えた。
実力で言うなら自分の方が上だ、と思うのだが、用心するに越したことはない。
―――が、現れたのは何とも意表をつくもの。
「………だーーーーーーーーーーーーーーっっ!!!!!!!!!!」
「う、うわ!」
「きゃっっ!」
突然の大声に、ヒナタとヒバリが耳をふさぐ。
テマリは何でもなさそうに笑い、現れたそれを指差す。
「紹介しよう。俺の双子の弟、テジナだ」
テマリの紹介のとおり、それは、人だった。
テマリと全く同じ顔をした、ぎらぎらと輝く緑の瞳。
身長も髪の長さも、何もかもが同じ。
違うものは身に着けている衣服くらいだろう。
テマリは黒を基調とした忍装束を着ているが、テジナは明らかに何処にでもいそうな私服だ。
「テマリ!!お前、何回も言っているけどな!人をいきなり呼び出すな!!!!俺は今まさにナンパ成功の真っ只中だったんだぞ!?」
「ああ。悪いな。用があったのでな」
「はぁーーーーっっ!?」
「ほら、横を見ろ」
言うと同時に、くきっ、と音が鳴りそうな勢いで、テマリがテジナの首を横に向けた。
そこにはヒナタを背中に庇ったヒバリの姿。
「うわー可愛い男と可愛い女。何?俺が貰っていいの?」
「女は俺のものだ。男はやる」
「えー。つまんねーのー。俺って男色じゃねーしー。でもまー利用できそうな顔」
「だろう?そうだ、それに木の葉には中々いい女が揃っているぞ」
「えっ!?マジマジ?」
「そうだ。山中いのに、春野サクラに、テンテンだったかな。どれもお前好みの気の強い女だ」
「わわわ!テマリさいっこー!」
「おう」
にか、と、実にそっくりな笑みを浮かべて、2人はがし、と手を組んだ。
この2人、好みが全くの正反対なので、女好きの割りに女で揉めた事がない。
2人で唐突にヒナタとヒバリの方を見る。
全く同じ顔、しかも全く同じタイミング、動作、表情で振り向かれて、2人、びくりと後ずさる。
だが全く気にしないテジナは、びしっ、と、ヒバリを指差した。
「おい!そこの男!」
「…は!?お、俺?」
「あたりまえ!お前以外にいるか!とっとと付いて来い!」
突然の名指しにヒバリは目を剥く。
何がどうなっているのかさっぱり分からない。
「はぁ!?何で!」
「山中いのに、春野サクラに、テンテンのところに連れていけ。顔が分からん」
なんとも自分勝手な理由で、テジナは固まっているヒバリの襟首を掴んだ。
くっ、と首が絞まって、一瞬言葉を失い、何とか体制を立て直す。
「ちょ、何言って!うわっっ!ね、ねぇちゃん!!」
「ひ、ヒバリっっ!」
「ねぇちゃーーーーん!!!!」
木霊が聞こえるほどの大声を残して、ヒバリの姿は消えた。
消えたのではなく、テジナが無理やり飛んだのだが、その動きは、人を1人引きずっているとは思えない速さ。
その姿を見送って、テマリは満足げに頷く。
おろおろと2人の消えた方向を見ているヒナタは、この危険な現状に全く気付いていない。
全てはテマリの思うがまま。
「さて、ヒナタ」
「は、はい!」
突然、名前を呼ばれて、ヒナタは飛び上がった。
何故だか妙に緊張する。
「何か聞きたいことでもある?」
「え?」
「何で女の格好してんのかーとか、ま、色々と。知られちゃったのは別に仕方ないし。聞きたいなら話すよ?」
「え、えっと…」
どうしよう、と考えをめぐらす。
テマリの正体を知って、知ってどうするか、ということまでは全く考えていなかった。
「俺も、聞きたいし」
「え?」
「あんたみたいに強い女が、どうして下忍なのか、とかな」
気づいていたのか?と目を見張った。
「でもそれは…テマリさんも、でしょう?」
「ああ、テマリでいい」
朴訥とした喋り方は、女のときと全く変わらない。
なんとなく、安心した。
「はい。テマリ」
だから、笑って頷いた。
これが初めての本当の出会い―――。
2005年9月18日