ガラクタの世界


  『苛立ち』












「サクラ」
「分かってるわよ…!」

 微かに体を緊張させながらも、周囲に気をめぐらす。
 静かに、静かに、息をするよりも密やかに気を張らせれば、確実に引っかかるその気配。
 敵意、ではない。けれど、好意でもない。
 それは実に不可思議な気配であった。

 一通りいつもどおりのやりとり…下忍としてのパフォーマンスを行い、サスケが遠ざかっていくのを確認してから2人、軽く視線を合わせる。下忍としてのものではない。暗部第3班有翼所属である金羽と桃羽の顔だ。

 奇妙な気配は、ただそこにあるだけ。
 何をするわけでもない。ただ、居る。
 それを感じるから、ナルトもサクラも落ち着かない。

「いてーじゃん」
「うわっ!!!」
「こっ、木の葉丸ちゃんっっ!!」

 ふっ、と、2人の意識を逸らしたのは、全く別なものだった。なじみのある声と名前に意識を取られ、それと同時に奇妙な気配も消え去る。
 ナルトとサクラは表情を下忍時のものに戻し、視線を移動させれば、予想通りの子供3人組。それと対峙しているのは砂の忍だ。額宛でそれを判断し、眉を潜める。暗部として近々中忍試験を行うという事は聞いていたが、他国の忍が既に訪れているという事は本当に間近なのだろう。情報の遅れにイラ付きながらも、顔には出さない。それに、恐らくシカマルは知っていたに違いない。彼の情報網はかなり正確で幅広いし、その面に関しては、有翼の誰よりも火影からの信用がある。

「木の葉丸を放すんだってばよ!!!!」

 下忍の口調で、ナルトは思いっきり言い放つ。
 対峙するは、砂の国の下忍。全身黒尽くめの格好に、顔全体に歌舞伎役者のような舞台化粧を施した男。背に人間1人分ほどの大きさの荷物を背負っている。年の頃も容姿も、その濃い化粧に阻まれ伺えないが、恐らくはナルト達よりも年上であろう。
 その男が、木の葉丸の小さい身体を片腕で持ち上げている。
 木の葉丸が男にぶつかるなりなんなりしたのだろう。他里でそれほど油断出来るとするなら、余程自分の力に自信があるのか、それとも余程の馬鹿であるかどちらかだ。もっとも、ただ単に喧嘩っ早かったり、木の葉に恨みがあるということも有り得そうであるが。

 ふ、と、視線を感じて、ナルトは自然と目線をそらす。
 冷たい輝きを放つ緑石があった。深い、どこまでも見透かすような、その冷たい眼差しは一瞬で、直ぐに呆れたかのように伏せられる。濃厚な金の髪を4つに縛った砂の忍。大体15、6辺りの少女。こちらは男と対照的になんの化粧も施していないようだが、白い素肌に唇が血を塗りたくったかのように赤かった。

 彼女を見た瞬間、ナルトが覚えた感覚。
 それを、なんと呼ぶのだろうか。

 ぞわ、と、全身を言いようのない爆発的な感情が走って。
 普段感情の起伏が少ないナルトの荒立ったその感情が、理性を取り戻すよりも先に、行動となった。
 
 バックポーチから取り出されたクナイが弾丸のように空をきり、それは、瞳を閉じたままの少女の頭に突き刺さるかのように見えた。
 だが、そうはならない。
 大気中の空気が急激に集まり、そのクナイを柔らかく、何事もなかったかのように受け止めた。クナイはそのまま地に落ち、誰も気に止めない。

 その出来事はあまりにも一瞬で、ナルトとサクラのみが理解できた事。
 ナルトの行動に泡くらい、その事態収拾をどうするべきかサクラは迷う。多分、余程の人物でなければナルトがクナイを投げた事にすら気付かないだろう。現に木の葉丸も、砂の男も、ナルトが急に呆然とした風になったので、それに驚いているばかり。その衝撃から立ち直るよりも早く、声が響き渡る。

「テマリ、カンクロウ、何をしている」

 ざわりと、砂が動いたのが分かった。

「我愛羅…」

 木に逆さに立ち、背に大きなひょうたんを背負い、腕を組む人物。年はナルト達を同じくらいであろう。短く切りそろえられた髪は赤。冷たく、何も写さないような瞳は、嫌になるくらい鮮やかな緑。
 一番年下のように見えて、一番態度の大きいこの新手が、カンクロウと呼ばれた男をねめつけると、わずかにその身体が震えたかのように見えた。
 
「わ、分かったじゃんよ…」

 どことなく焦ったかのようにカンクロウは息をついて、そのまま木の葉丸を放り投げる。まるで物のように投げつけられた子供は壁にぶつかる直前、黒い塊に受け止められた。
 つい先ほど別れたばかりのサスケだ。

「行くぞ」

 それを見届けることもなく、砂のマークを額宛に刻んだ3人は背を向けた。もはやその行動になんの未練も躊躇いも感じない。

「おい、そこのお前、名前はなんと言う」

 サスケの言葉に、振り向いたのは我愛羅だけで、足を止めたのがカンクロウとテマリ。

「…我愛羅。砂漠の我愛羅だ…。…お前は?」
「……うちは、サスケだ」

 にやりとどこか挑戦的に笑ったサスケに、我愛羅はただ睥睨するにとどめた。
 それが、砂の3人とナルトたちの初めての出会いとなった。








 くすり、と笑う。
 最初は小さな小さなそれ。
 けれど次第にこらえきれないように大きくなって。
 最後には爆発的な衝動となって、身体を折り曲げて笑った。

「…テマリ、目立つな」
「ったく…一体何じゃんよいきなり」

(確かに今日は朝っぱらから妙に楽しそうだったけどよ…)

 そう心の中でだけ呟いて、カンクロウは深々とため息をついた。
 未だかつて、この姉の心中を理解できたことはない。彼女の行動は全てにおいて捕らえようがなく、頻繁に自分たちと別行動をすることについても一切を明かさない。それでいて自分たちの事については、まるでそこにいたかのように知らないはずのことを平然と口にするのだ。
 年の離れた弟はどう考えているのか知らないが、カンクロウはこう、思っている。

 ―――姉もまた、化け物だ…と。

 弟の心など知らず、テマリは笑い続ける。
 楽しそうに、楽しそうに。

 
 彼女は何故笑うのか、決して語らない。







 イライラする、とナルトは思う。
 イライラというものはこういう感情だったのだ、と理解してみる。
 あまり覚えのなかった感情であり、遥か昔に知っていたような気もしないでもない感情。どちらにしろ抱いていて心地よいものではなかったので、何故イライラするのか考えてみる。

 日向ヒノト。
 それは任務の対象でしかなかった相手。
 それはナルトにとって一欠けらの価値もない存在であり、目を向ける必要すらない存在。
 その認識が誤っていたのだと理解したのは、日向ヒノトという存在に接触した瞬間だった。

 相手は自分よりも強いのだと理解した。
 圧倒的な力の差というものを初めて知った。
 火影しかいてはならない場所に、日向ヒノトという存在は入り込んだ。

 それから、砂の女。
 見た瞬間、身体が動いていた。
 反射、とも言える速度で身体が動き、クナイを抜き放った。
 それは、下忍どころか上忍すらも上回る、暗部最強の金羽としての動き。
 …恐らくは、暗部のものであっても反応出来なかったであろう速度だ。
 それを、何をしたのか、見た目の変化は何一つないまま、その場から一歩も動く事もなく、簡単にいなして見せたのだ。

「……っっ」

 イライラする。
 イライラする。

「…ムカつく…」

 知らず、唇を噛んでいた。
 慣れた塩味を含む鉄錆。

 あまり経験した事のない感情は、ナルトの中に溜まり続け、消えることはなさそうだった。









 こん、こん、と音がした。
 執務室での事だ。
 それは、窓を叩く軽い音。幾年か前、確かに聞いたことのある音だった。
 眉を軽く上げ、ふかしたキセルはそのままに唇を持ち上げる。
 鍵の開いた窓が静かに開き、一つの影が舞い降りる。
 結界という結界を影がすり抜けた瞬間、火影による結界が張られる。

 影は、暗部のものだった。
 それは、木の葉の暗部のものではない。
 砂の忍がまとう暗部衣装だ。
 他国の暗部が堂々と火影室に忍び込み、それを当然のように火影は見据えた。
 その頬に浮かぶのは紛れもない微笑み。
 ただの慈愛の笑みではない。優しいだけの微笑ではない。
 触れれば切れるような、鋭い、微笑。

「久しぶり、じゃの」
「ええ。お久しぶりです」

 白い布の下からくぐもった声がすると同時、頭巾ごと布が取り払われ、ひどく鋭い光を放つ緑の瞳が火影を認める。濃厚な金の髪が背に落ち、鮮やかな赤をした唇がにんまりとつりあがる。

「黒翼から話は聞いておる」
「ええ。勿論そうでしょうね」

 くすりと笑う少女。
 くすりと笑う火影。

 いたずらっ子のような顔で、ひどく面白そうに、けれど油断のならない態度で笑う。

「さっき、うずまきナルトに会いましたよ」
「ほう。アレはお前のことを覚えておったかのう?」
「いいえ。…けど、身体は覚えていたみたいで。先手必勝とばかりにクナイ投げられました」

 そのときのことを思い出したのか、尚も笑う少女。
 火影もまた笑う。ナルトの行動は簡単に予想がついたから。
 昔はよく暗部姿の少女に対して、殴りかかっていたものだ。それが、ナルトの実力アップに一役買っていたことも一つの事実。

「砂の主は…どんなもんかのう」
「…不明、です」
「砂最強の月翼ともあろうものが迂闊じゃのう。従うべき主人を見失うとは」
「…返す言葉もない、が、音の主はどこの里出身か思い出して欲しいものだな」
「さて、のう…」

 とぼけた顔で煙を吐き出す火影に、少女は軽く肩をすくめる。

「砂は、ギリギリまで動かない。音の受験者に砂の受験者が鍵になる筈だ」
「…あやつは、今、どこにおるのじゃ」
「…あれは、思ったより用心深い。風の主を装っているのも本人じゃない」
「……確かに、これはわしの責じゃ。あやつが木の葉に戦争を売るつもりなら、正面から立ってやるわい」
「素直に木の葉に喧嘩をうるなら全然構わない。けれど、あれは砂を巻き込んだ。うちの主を巻き込んだ。だから、な。許さないよ。構わないだろう?」
「…出来る事なら、わしの手で決着をつけたいのだが」
「年寄りの冷や水って言葉知ってますか?」
「生意気な小娘っていう言葉なら頭にあるがのう」

 にこりと笑う少女。
 ぷはーと煙を吐き出してにやりと笑う火影

「中忍試験は何事もなかったかのように」
「あやつの目的は恐らくうちはじゃ。とりあえず護衛はついとるからの、すぐにどうこうということにはならんじゃろ」
「よろしく頼みますよ。火影様」
「お手柔らかにの。テマリよ」

 笑って、笑って、次の瞬間、結界は消え去り、同時にまた少女の姿も消失していた。
 火影は深く椅子に座し、嘆息する。

 中忍試験は一週間後に迫っていた。





















2007年12月23日
この日付マジか。(現在2011年9月4日)
駄目すぎる作者だな…。

なんか書いた当時に書いたっぽい後書きみたいのがあったから、追記しようかな思って。
以下それ。


何回見てもこのシーンのテマリとカンクロウの間に下りた我愛羅は、ドジョウすくいか、踊りますよの体制に見える。っていうか、ここいら砂キャラの性格が定まってなかったのがすごい分かる。特にテマリ。あとあと、あんな面白いポーズで登場してくれたサッスンとがーらに笑えて仕方がない。そんなだから私の脳内で凄いんだよ君ら。


これ見て、原作読み直して、爆笑してた。
…その後自分が真面目モードに戻るのが大変だった。
と言うわけでようやっと更新できたよ。まさか4年近く経ってるとは思いもしなかったよ(汗)。