ガラクタの世界


  『少年と少女』












 少女の世界とは60メートル四方のだだっ広い部屋だった。

 常に薄暗いそこに、少女はただそこにいた。
 何をするまでもなく、何を思うのでもなく、ただそこにいた。

 それはまるで空気のように。
 薄く薄く。
 そこにいた。

 そしてそこは無音の世界。
 何もない虚無の世界。

 何故そこにいるのか、とは考えたこともない。
 自分が何者か、とも考えたことはない。
 己がなんと言う名をもつのか少女は知らない。 
 そもそも名前という概念を持ってはいなかった。

 少女の世界はいつも昼過ぎにかわる。
 大きな男がやってきて、言葉を教えるよりも先に、武器の使い方を教える。
 クナイ。手裏剣。刀。弓。鉄扇。槍。千本。
 少女は武器の名前を学んだ。
 言葉という概念。名前が一つ一つにあるという概念。数字という概念を学ぶ。

 クナイが赤に染まった。
 人は血というものが流れているのだと学んだ。
 武器の次は体術。
 柔拳と剛拳。
 少女は体術に関することを吸収する。

 何故それをするのか考えたことはない。
 少女はやはり空気のように。
 60メートル四方の世界に佇んでいた。

 思考なんていらなかった。
 理由なんて要らなかった。

 完結した世界に少女は生まれ、そしてそこで止まっていた。

 ―――一人の少年に会う、そのときまでは。




 60メートル四方の世界から連れ出されて、少女は初めて沢山の人に出会った。
 彼は、その中の一人。

「日向ネジです。ヒナタ様、よろしくお願いします」

 一目で気付いた。
 一目でわかった。

 この人は、自分の大事な人だと。
 だって、一緒にいるだけで、こんなにもあたたかい。
 何もなかったのが嘘みたいに、飢えた喉が潤うように、満たされていく。充足していく。

「あ、あの、お願いします……」

 久しぶりに喋ったせいで、舌足らずの掠れた小さな声だった。
 けれど、返された日向ネジの輝くような笑顔はきっと一生忘れない。










 そして、少女は初めて自分の名前を知った。
 そして、少女は初めて少年の名前を知った。
 そして、少女は初めて父親の名前を知った。
 そして、少女は初めて自分の立場と価値を知った。

 感情を知らなかった少女は、少年に抱いた愛情をきっかけに知ってしまった。
 必要のないものを知った。
 守りたいものを知った。
 手に入らないものを知った。
 自分の無力さを知った。


 だから。
 ―――絶望した。

 それから、どれだけの日々が過ぎたのだろうか。
 日向ヒアシの言うままに生きた。
 生まれた感情をもて余しながら、自分を偽って、人を偽って。何もかもに嘘をついて。
 辛いと思わなかったわけじゃない。
 苦しいと思わなかったわけじゃない。
 けれど、それがあの人を守るための手段だと知っていた。
 そうやって、指示されたとおりの性格で。
 指示されたとおりに動いて。
 傷つけて、傷ついて。
 生きて。

 それでいいって、本気で思っていた。




 けれど。
 どうしてなのだろう。

 いつの間にか。
 いつの日か。
 気づかないうちに、自分が"彼"に惹かれているのだと、知った。

 うずまきナルト。

 最初は命令されて、九尾の狐の動向を探っていただけ。
 想い人にするだけで、視線は容易に固定できた。観察できた。
 馬鹿で、うるさくて、ドジで、落ちこぼれで、負けず嫌いで、目立ちたがり。
 ―――でも、自由だ。
 誰に何を言われても、何をされても、どんな状況にさらされても、決して彼は諦めない。
 前向きで、強くて、夢を叫び続ける。
 
 日向ヒナタはそんなうずまきナルトに憧れた。

 何もなかったから、感情を抱いた瞬間に動けなくなった。
 己を知っていたから、日向ヒアシに逆らわなかった。
 それ以外の生き方を知らなくて、知る勇気もなくて。
 何かを変える勇気もなくて。

 でも、うずまきナルトを見ていたら、変えたくなった。
 
 逆らいたくなった。
 抗いたくなった。
 自分にもできる気がした。
 だから。
 だから。

 日向に操られるあの人を、解放したいと思った。

 日向ヒナタは、望んだのだ。
 あの人を自分の全てをかけても守り、自由にすることを。




 日向ヒナタは目を開く。
 飛び込んでくるのは青々とした緑の世界。
 差し込む光の天井。
 日向の持つ森の一つで、日向ヒナタは寝転んだまま笑う。
 色んな事を思い出した。
 あの60メートル四方の世界とはまるで違う広い世界。
 けれどもパーツが狂ったガラクタの世界。
 誰かさんの操る人形の世界。
 けれど、そんなの関係ない。

「貴方に、私は絶対に負けない。負けたくない」

 これはチャンスだ。
 中忍試験。
 砂の忍。
 月翼。
 蛇。

 全て利用する。
 全て握るのは日向ヒナタ。
 決して日向ヒアシではない。

 最初は中忍試験ごときで行動を起こす気なんてなかった。
 けれど、日向ネジが…あの人が参加すると、知った。
 うずまきナルトが参加すると知った。
 月翼の正体を知った。
 蛇が動くと知った。
 砂が動くと知った。

 何よりも、愚者の望みの一つが中忍試験で起きると知った。

 ―――この狂った世界で、自分が何が出来るのか、なんて正直わからない。
 でも、絶対に、日向ヒアシの好きになんかさせない。

 不意に、日向ヒナタは飛び起きた。
 音もなくクナイを引き抜き、気配を探る。
 そして、気がつく。
 日向の人間の気配。
 ―――うずまきナルトの気配。

「―――はは。すごいね、これって運命かしら? でも、金羽も桃羽も頑張るなぁ。日向ヒノトなんてもうどこにもいないのにね」

 そうして笑う。
 うずまきナルトは金羽だったけど、それは自分でも意外なほどにすんなりと胸に落ちた。
 自分の憧れたうずまきナルトは偽者でも、そんなこと、どうでもよかった。
 
 うずまきナルトが何者だったとしても、日向ヒナタに力をくれたのは確かだったから。
 今の日向ヒナタがあるのは、紛れもなく彼の力。

「でも―――」

 だからこそ。

「嫌われっぱなしっていうのも嫌なんだけどな」

 少しだけ寂しく笑って、少女は気負いなく歩き出す。
 憧れの人の気配を追って。

 うずまきナルトは自由だった。
 誰よりも強い人だと思った。

(じゃあ、貴方は―――?)





















2011年9月4日
ガラクタの世界のヒナタはぶっ飛んでるだけで、あんまり原作とは変わらないかも。
でもよく笑う。辛くても悲しくても苦しくても虚しくても寂しくても楽しくても嬉しくても。

そういえば、カップリングは最初からわざとぼかしてた記憶があります。
ここまできたらもう確定同然ですが(汗)
苦手カプは許せない派の人には申し訳ないな、と思いながら書いてました。
ガラクタはネジヒナでナルヒナで、後はシカテマがデフォです。
設定ページに反転文字でこっそり書いてあります(笑)

もう今更過ぎる更新ですが、久々に読んで懐かしくなって前の話とか読み返してくれたら嬉しいなぁ、なんて(汗)
次の話は結構早く上げれる筈です〜。