ガラクタの世界


  『本質』












「な、ナルト、君…?」

 どこかで聞き覚えのある声で呼ばれて、ナルトは下忍の動作で振り返る。
 日向独特の白い瞳。ここしばらくで嫌と言うほどに見慣れた存在だ。結局、任務に始めて失敗した屈辱的な日から、日向ヒノトの正体は掴めていない。日向家の分家下忍はどいつもこいつも外れだ。ちょっとした微量な殺気に気付くこともないし、自分と桃羽がつけている事に気付きもしない。毎日する事はお遊戯のように簡単な、Dランク任務ばっかりだ。

 中忍試験までに決着をつけようと思っていたのだが、それももう不可能なことであろう。
 
「なんだってばよー。ヒナター!」
「あっ、う、うん。……あの、ど、どうしたのかな、って、思って……」
「べっつにー? 俺ってばたまには違う道を冒険してみようと思ったんだってば! けどさ、けどさ、こっち、なーんもないのなっ!」

 ひどくつまらなそうに唇を尖らせたナルトに、ヒナタが小さく笑って、こくこくと頷いた。

「う、うん。ここ…日向の土地だから」

 日向家のものですら入らないような、うっそうとした、ただの森。名義だけは日向家。
 意識の端で、つけていた日向分家の下忍の気配が途絶えた。しまった、と思いながらも、護衛対象でもある日向ヒナタを無下にする事も出来ない。

「そうだったってば!? へーーー日向って、すっげーーー!!」
「……そ、そうかな…?」
「ヒナタは、こんなところで何やってたってば?」
「あ、わ、私は、修行を…」
「ふーーん。頑張れってばよ!!」
「う、うん」

 大きく頷いたヒナタは、じ、とナルトに視線を固定させる。真ん丸とした真っ白な瞳はあの日向ヒノトより幼い。似ていない、と、当たり前の事を思って、ナルトは下忍の演技を続ける。
 日向ヒノトに似ていなくて良かったと、そう思う。

 あの感情のない瞳に似ていたら直視する事が出来ないから。
 あの黒く真っ直ぐな長い髪が同じなら、零れ落ちる殺気を抑えることが出来ないから。

 真っ白な瞳は、感情を乗せて              ナルトを見ていた。
              ―――それはなんという感情?

「何だってばよ」
「…一つ、聞いていい?」
「お、おう。何でも聞けってばよ!」
「どうして…強くなりたいの?」

 返事は決まっている。
 いつものように馬鹿みたいに明るく無謀な夢を叫べばいい。
 演技をするのはとても簡単で、いつだって誰だって安易に引っかかるし、そこに罪悪感なんてある筈がない。
 だっていうのに、どうしてだか息を吸い込んだまま動きが止まってしまう。
 白い瞳が、瞬きもせずに真っ直ぐにナルトを貫いていた。
 どんな動きも、どんな嘘も、全て、全て見抜いてしまうように。

 息が美味く出来ない。
 演技が引っかかる。
 ―――どうして?

 ナルトの疑問とヒナタの言葉が重なる。

 ―――どうして?

「…どうして、って、火影に、なるために決まって」
「他には?」
「…他?」
「…火影になりたいから強くなるの? 本当にそれだけ? それだけの理由で強くなるの?」

 "それだけ"なんて軽い理由ではない筈だ。
 忍として上を目指すのは当然だし、里を愛するものなら誰しも火影に憧れ、目指すだろう。
 答えには何一つ不備なんてないのに、日向ヒナタは尚もナルトに問い詰める。

「それは…」

 まるで何かに操られるように、ナルトは口を開いていた。
 真っ直ぐに見つめてくる白い瞳。
 その時点で既におかしい筈なのに、もう気にならない。

「…オレが火影になって里を守ったら、喜ぶ人がいるから」

 そう、うずまきナルトは笑った。
 馬鹿で落ちこぼれで我武者羅に火影を目座す少年とは違う、ただひたすらに静かな顔で。その口癖すら忘れていた。

 この瞬間、完全にうずまきナルトの演技ははがれていたのだ。

 落ちこぼれの下忍の演技も。
 任務にしか興味のない暗部の演技も。

 覆って覆って、何が本当か分からないくらいに麻痺した感情の中で、唯一自分らしいといえる火影への執着が、うずまきナルトの本質。
 自分を守ってくれたかの人への恩返しが、うずまきナルトの夢。

 日向ヒナタの真っ白な瞳にその姿は映されて、それはそれは静かに覆われた。
 崩れた演技は日向ヒナタと同様。
 決して気弱で大人しい、ナルトに憧れる少女ではない日向ヒナタがそこにいた。
 まるで鏡合わせのように少年と少女は向き合い、そして、笑んでいた。

 今この瞬間に"嘘"はない。

 日向ヒナタは静かに感情を押し込める。

(…ありがとう)

 心の中の呟きはそのまましまい込んで、演技が始まる。

「そ、そうなんだ…」
「っっ。そ、そうだってばよ!」

 ぎこちない、けれどもいつも通りのやり取り。
 うずまきナルトは今まで感じていた違和感を撤去され、僅かに眉をひそめ、日向ヒナタはいつものように俯きがちに曖昧に返事をしていた。




 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。
 ありがとう。

「ははっ。あはははははっっ!!!!」

 変わらない。
 貴方は変わらない。
 うずまきナルトも金羽も。
 どちらも日向ヒナタに力をくれる。

 そうだ。
 憧れた姿が嘘でも、一緒だった。

 そんなこと、きっと彼の正体を見た時点で気付いてた。
 日向ヒノトが本気を出した白眼で見抜いたのだ。
 気付かない筈がない。

 日向ヒナタが理解していなかっただけだ。
 それだけのことが泣きたくなるほどに嬉しかった。





















2011年10月16日
ナルトの性格が自分でもよく分からなくなります(汗)