ガラクタの世界


 『ヒノト』












 日向の地域に入り、その中でも最も広大な土地を持つ日向宗家の本家を目指す。
 多くの木々に囲まれるようにしてそれはある。
 多分日向に縁あるものでなければ訪れもしないような場所。
 黒羽と金羽は8年前に訪れているが、桃羽は初めてである。
 そのあまりに広大な土地に、桃羽はいっそ呆れた。

「さすが日向。でかいわ…」

 想像以上である。
 木の上からその存在を透かし見て、黒羽が金羽と桃羽を止める。
 日向は優秀な一族だ。
 下手な動きは出来ない。

 日向のすむ地域は、中心に宗家本家があり、それを囲むように宗家、森、分家となっている。
 黒羽の訪れたことのあるのは分家まで。草隠れは結局日向宗家にたどり着くことすら出来なかったのだ。

(さて…どうするかな)

 予想以上に面倒くさいことになりそうだ。
 と、そこへ。



「もしもーし。こんばんわー。そこ危ないよー」



 非常に気の抜ける言葉が掛けられた。
 ぞくり、と、身を震わして、声もなく身体を伏せる。
 それは他の2人も一緒。
 ほぼ同時に通りすぎるクナイの群れ。

(嘘だろう―――?)

 …気配、しなかったぞ―――。

「…ちゃんと避けたね。偉い偉い」

 そう言って、するりと身をさらすのは、長い黒髪を高く結い上げた美しい女性。
 その瞳は勿論白眼。
 ひどく整った容貌に、薄っぺらな笑みを貼り付けて。
 ひどく整った肢体を、惜しげもなくさらして。
 額宛てを額に巻いて。その下には分家である呪印が存在するはずだ。

(最悪だ…)

 完璧な誤算だと、黒羽は密かに舌を鳴らす。
 彼女は任務に出ているはずだ。
 そのはずであった。
 けれど彼女はここに居る。
 そして、もしも彼女に発見されたとしても何とかする自信はあった。

 …けれど―――。
 強い―――。
 それも半端じゃなしに―――。

 彼女は最近、暗部の中で腕が確かだと噂されていたし、任務を失敗した話も聞かない。
 けれど、多分それすらも本気を出してはいなかった。
 もしも本気を出していれば、最強をいう名を金羽はとうに失っていただろう。

 この力は予想以上。
 完璧に計算外だ。
 …3人でかかっても勝てるかどうか―――。
 それほどまでの実力差。
 もしかすれば今の火影を越すのではないのだろうか?

「冗談じゃないわよ…。全然強いじゃない…」

 噂なんて嘘ばっかりだと、桃羽が冷たい汗を流す。
 噂では、安定した力量とチャクラ量、それに体術…それら総合的な力がひどく優れているという話だった。
 けれど…。
 本気で強い…。
 暗部一の力をもつ金羽よりも強い―――。

「………」

 金羽はただ仰ぎ見た。
 自分より確かに強いであろう人物を。
 日向ヒノトと呼ばれる下忍であり、暗部である人間を―――。

「さて、場所を移しましょうか。暗部の皆様方」

 にっこりと笑うその顔はひどく綺麗なものであるけど…感情の欠片も存在しなかった。
 黒羽はゆっくりと頷く。
 例え敵わないにしても、ここよりは土地の開けた場所の方が有利ではある。
 人数の利を活かせるし、大技の多い金羽の力も最大限に発揮できる。
 それに…日向の者達が出て来る可能性もなくなる。 

(何なのよこいつ―――)

 面の下で、桃羽ははっきりと嫌悪の表情を形作る。
 はっきり言って、ここで戦った方が彼女には有利だ。
 土地の利は彼女にあるし、ここで戦えば、日向のものが出てきて自分達は退かざるをえなくなるだろう。
 勿論彼女がそれを許せば―――の話ではあるが。

 自分にとって有利な状況を突き崩すなんて理解不能だ。
 桃羽たちにとってみれば願ってもないことではあるが、それ故にヒノトの意図が分からない。
 罠ではないか?
 黒羽だってそんなことは分かっているだろう。

 けれど彼は頷いた。
 そこにどんな葛藤があったとしても、彼の決定はいつも正しい。
 なれば自分たちは従う他ない。
 日向ヒノトは笑顔を崩さずにきびすを返す。
 あっさりと自分達に背を向けるのは、己の力に対する自信の現われか。

 黒羽が動く。
 金羽が動く。
 桃羽が動く。

 そうして、4人の姿は日向から消えた。
 一つの気配がそれを知覚していたことに、ヒノト以外は気付かぬままに。







 






2005年2月14日