ガラクタの世界


  『親子』












「―――生まれたかっっ!!!」
「はい。元気な女の子です」
「そうか―――っ!よくやった…」




      あの人のあんなに嬉しそうな顔は初めて見た―――。











 闇の中を小さな影が抜ける。
 日向宗家の地域での中心部にある、日向本家にすんなりと影は身を滑らす。
 そうして、目指すのはたった一つの場所。
 この優秀な忍が数多く存在する場所を、誰にも気付かれることなく影は歩く。

 一つの扉の前で立ち止まった。
 ゆっくりと扉を開ける。
 するりと身を滑らせて、気配もなく影は中に入る。

 ―――タン。

 軽く扉の閉じる音にあわせて、部屋に結界が張られた。
 それに慌てることもなく、影は上座に座す男を見やる。


 ―――日向ヒアシ。


「遅かったな。ヒナタよ」
「申し訳ありませんでした」

 小さな影、日向ヒナタは下座に着くと、静かに膝を折り指をつく。

「暗部が来たな。何故逃がした」

 日向の森に日向以外の者が忍び込んだ時点で、ヒアシにはそれが分かる仕組みになっている。

「暗部"有翼"を今亡くしては、里に大きな打撃となります」
「ほう。"有翼"が来たのか。その力は如何に?」
「金羽は私と同じ位に。黒羽と桃羽はカカシより上といった所でしょうか」
「ふん。その程度か。木の葉も終わりだな」

 本当はもっと下であると知ったらこの男はどうするだろうか?
 ふと、それを思う。
 彼ら"有翼"の力は黒羽と桃羽については、確かにその程度だったが、金羽の力はヒノトよりも下だ。
 "有翼"全員と戦っても自分が勝つ自信がある。

「それよりも、呪印はどういう意味でしょうか」
「ああ。あまりに遅かったからな、案じてやった。よく思え」
「それはそれはありがとうございます」

 感情の一欠けらもない男の声に、ヒナタも感情の一切を消して答える。
 例えお互いの本心が180度別のところにあろうとも、それが表に出たことは、多分一度もない。
 案じて呪印が発動するなら面白いことだ。

 だがお互い様だ。
 自分達は呼吸をすると同じくらい自然に嘘をつく。
 今更言うこともない。

「久方ぶりの兄との邂逅はもういいのか」

 深く深く身を伏したまま、ヒナタはぴくりと瞼を震わせた。

「ええ。健在なのは存じておりますので」

 ガラスのように無機質に、ヒナタは告げる。
 ヒアシにも、ヒナタの感情を読み取ることは出来ない。

 そういえば、とヒナタが呟く。

「今日は久方ぶりに妹と話しました。よくよく成長されておられる」

 綺麗に綺麗に。
 広い鳥籠の中で、己が籠の中の存在と知らぬまま、真っ直ぐに育っている。
 何かを揶揄するようなヒナタの言葉に、ぴくり…とヒアシの顔が動いた。
 眉間に深く皺を寄せて、ひどくひどく不快そうに唇を歪めた。

「来い」

 ただ一言。
 これから何が起こるかなどヒナタはよく知っている。
 だからこその先程の言葉。
 どちらにしろ今日はこうなるのが分かっていた。
 暗部を逃がしただけでなく、日向ネジと関わったのだから。
 それならば少しでもこの男に意趣返しをしても構わないだろう。

 ゆっくりと折り曲げた身体を伸ばし、立ち上がると、ヒナタはヒアシの元へ赴く。
 今夜は眠る事など出来ない。
 安らぐことすら出来ない。
 その事を知っている。



 ヒナタはその小さな身体を、日向ヒアシという深い深い闇の中へ滑らした。














 ―――この男を唯一つ動揺させれる人間はハナビしかいないのだ―――














 






2005年2月26日