『木の葉の銀獣』


   〜銀獣の牙〜










     轟―――と音がして


                視界のすべてが紅に染められた―――





 結界に守られた3人は、呆然と立ち尽くしていた。
 それしかできなかった。
 目の前に広がるのは焦土。

 何もない。

 遅ればせながら、ゆるゆると、幾すじも幾すじも紅い煙が立ち昇った。
 その術は一瞬にしてこの場の全てを飲み込んだ。
 草草も木々も…そこにいた生物も…人間すらも…。

 存在するのは、ヒナタと…彼女の結界に守られた3人だけ。


 クレーターのようにぽっかりとあいた大穴の中心にヒナタはいた。
 紅月を強く握り締めて、がくりと膝を落とす。
 大量に浮かぶ大粒の汗が、血と混じりあい、幾つも地に落ちた。
 荒い呼吸を整える。

 常に高温を保つ紅月に練りこんだチャクラを注ぎ、炎としてではなく、高温の熱の塊として、爆発的に周囲を焼き尽くす技。

 ヒナタはクナイを己の足から引き抜いた。
 擦れるのどで言葉を紡ぐ。

「―――残り…ましたか…」

 その彼女の声に応えるように、忍が不意に現れる。

「これが…噂に聞く銀獣の牙が一つ"紅焼牙"…聞きしに勝る威力だな―――」
「だがもう終わりだ―――」
「まさか―――たった一人に…これほど手こずらせられるとわな―――」

 口々に言いながら、彼らはヒナタへと近付く。
 ヒナタはよろよろと、ゆったりとした動作で立ち上がり、己の足から引き抜いたクナイを前へ突き出した。
 既に紅月を持ち上げる力もないのだ―――。

「あなた達は…"やこう"の一族の生き残りですね―――。まさかとは思いましたが、今時空に逃げ込んだのを見て…確信しました」

 弱々しく…けれど強い響きを持つ声に、男達が笑った。

「ああ。そうさ…。俺達は貴様ら銀獣に滅ぼされた一族―――"やこう"の生き残りさ」

 それは3年前の銀獣によって行われた超S級任務。
 このときばかりは木の葉の銀獣も、他の暗部達と協力することとなった。
 駆り出されたのは、銀獣をあわせて27人。暗部でも指折りの人間が6小隊分―――。
 だがその場を指揮していたのは銀獣たちであり、もっとも活動し、全てを無へ帰していたのも、彼らであった。

「ミスをしたのは…あの時くらいですから」

 時空を操る特殊能力をもつ"やこう"という一族。
 その有名すぎる名前を持ちながら、彼らはどの国の忍でもなかった。
 国を持たず、けれど裏の仕事を一手に引き受ける―――。

 どの国もそれを危険視したが、彼らを壊滅させられるような国力と忍を持つ里はそうない。
 "やこう"一族だけで、既に小国レベルの力を持っているのだ。
 だが―――、彼らの目的が木の葉に向いたとき、火影は里を挙げて"やこう"に敵対した。
 それによる超S級任務。銀獣と里きっての裏の実力者達―――。

 彼らのような裏で生きるものたちによる任務だったのは、里の表で名前の知られたものたちであれば、彼らのいない間、他国を付け入る隙になり、里の者を不安にさせるという理由からだった。
 表には出ることのない、木の葉と"やこう"の戦争。

 そして―――最後の最後で彼らは銀獣の一人に傷を負わせた。
 時空を乗り越えて、蒼黒の周囲に一斉に現れ出た"やこう"達は、蒼黒に傷を負わせ、身に纏っていたチャクラを奪い去った。
 それによって変化は解かれ、暗部面が一瞬だけ外れた―――。
 暗部服は暗部時の蒼黒の姿に合わせて作ってある。それの変化が解ければ服は抜け落ちるし、暗部面も取れる。

 それは本当に一瞬の間で、すぐさま蒼黒はその場を引いたのだが、その特徴的な白い瞳を彼らの目に焼き付けるには充分であっただろう。
 その特徴的な白い瞳は、他国にまでその名とともに広がっているのだから―――。
 そして一族の中で、年齢の合うものを探せ出せばいいのだ。

「逆恨みですか―――?」
「なんと言われようが、私たちは木の葉を諦めるつもりはない」

 それは無理ですね―――。
 そう言葉を押し出して、ヒナタは笑う。
 艶やかに…妖艶に…。
 なぜなら、銀獣はまだ後2人、残っているのだから―――。

 だが…

(真面目にヤバいかな…)

 その笑みの裏で、ヒナタは自分の状況を的確に把握する。
 足の傷が特に深い。
 他の多くの傷がヒナタの血を着々と奪う。
 そもそもチャクラが既にない。

 さっきの"紅焼牙"は起死回生の術でもあった。
 それでも全てを焼き尽くすことができなかったのだ。
 血を止めることすらできず、ただヒナタはクナイを構え、敵を待つ。

(白金―――…銀赤―――…)

 自分の色を纏う彼ら。
 初めて対等な人間として出会えた者達―――。
 強く気高く―――誇り高い。
 果たして自分は、彼らの色を身に纏うだけの価値があったのだろうか―――。
 とりとめもなく考えて、そんな自分に呆れた。

 今まさに自分は死に瀕しているのだ―――。
 だが他に何も浮かぶことがない。

 男達がヒナタに止めを刺そうと動く。


 キバが、シノが、紅が


 声の限りに叫んだ―――。



 ひどく緩慢な動作でそれらをすべて見てヒナタは…






  ―――ああ…死ぬんだ。 







 そう 思った。