『木の葉の銀獣』


   〜銀獣の絆〜









 予期すべき死は彼女の元へ訪れはしなかった―――。








 ―――ぺチッ。









 ゆっくりと目を閉じたヒナタの元に訪れたのは…
 本当に…本当に軽い衝撃だった。

 軽く頬をはたかれて、え―――?と思って、ようやく新たな気配に気付く。
 それは、とてもよく慣れ親しんだ…ヒナタにとって大事な者達のもの。



     ―――どう…して…?



 きょとんとして、開いた目には2人分の足元。
 よく知った、けれどこの姿のときではあまり見ない足の姿。
 ゆるゆると顔を上げると、予想したとおりの姿が2つ。

 ―――黄金に輝く髪と深い深い蒼の瞳―――
 ―――自分と同じ黒い髪と、同じく黒い瞳―――

 けれどその瞳は、よく見れば黒と銀とが溶け合い、混じりあっており、深い不思議な色合いをたたえている。
 それはその時々によって、鋭い銀色を放ち、または鈍く黒色が己の姿を写しかえす。

「目ぇ覚めたかよ、ヒナタ―――いや、蒼黒!!」
「俺達の色を纏ってるんだ。それを忘れんなよ」

 決して、途絶えることのない絆を彼らとは結んだ。
 自分の色は彼らに、彼らの色は自分に。
 銀獣たちを結ぶ色彩は、そのまま呪となり彼らを結ぶ。
 誰かがいなくなれば自分のもつ彼らの色は消える。
 それは何が消えるのか、何が抜け落ちるのか。

「目…覚めた…ごめん」

 少女はそう頷いて、強く強く笑った。
 それは彼女本来の笑み。前を向くことを知っている、そして自分たるものを確固として抱く少女のもの。
 彼らだけが知る彼女の笑み。




 結界の中の3人は呆然と、彼らと彼女を見守る。
 もはや思考がついてはいかなかった。

「ナル…ト…?」「シカ…マル…?」 

 驚きを通り越して、ただ彼らを認識するために、彼らのものであるはずの名前を呼ぶ。
 彼らは彼らであると同時に、彼らではあり得なかった。
 その目はひどく冷めた色を浮かべていて、いつもの明るい無邪気なバカな少年や、面倒くさがりの雲ばかり見上げて、ぼ〜っとしている少年の瞳ではない。
 身体中からにじみ出る空気は、全くの別物。

 だがそれは、ヒナタのそれと酷似していた。
 ヒナタが蒼黒であって、彼女が蒼黒であることを知るのなら、彼らの予想はつく。人数も合う。
 だが認めたくはない。



「何者だ―――!!」

 "やこう"の生き残りは、驚きを禁じえない。
 彼らは現れると同時に、ヒナタに降りかかる全ての術や手裏剣を払いのけ、なおかつ1人の人間を細切れにしてしまった。しかもその直後にヒナタは結界に守られている。

 問われた2人は乱れた息を整えた。
 それは身体的なものからくるものではない。
 焦りや怒り、恐怖から導かれたもの。

 2人は応えなかった。
 ただお互いの目を見て

「さて…と、シカマル…。行くぞ」
「おうよ―――」


 そうして、舞うように彼らが巻物から取り出したのは―――

            ―――狐のそれによく似た、鋭く伸びた鉄爪

  ナルトはそれが宙に現れると同時に両手にはめ込み

            ―――黒色の刀身を持つ刀と、銀色の刀身を持つ短刀

 シカマルは銀色の短刀を取った後、黒色の柄を短刀で一度宙ではじいて空の手へ収める 


 その動きに何一つよどみはなく、流れるような動作は思わず見とれてしまうほど。



「ま…まさか…」
「あれは―――」
「―――銀狐の両爪……黒雷の双刀…―――」

 その呆然と零れ落ちた男らの声に、2人は笑った。
 冷たく冷たく…ひどく艶やかに…。

「暗殺戦術特殊部隊―――木の葉の銀獣が一人、銀赤―――。てかてめぇら…マジで許さねぇよ」
「暗殺戦術特殊部隊―――木の葉の銀獣が一人、白金―――。当たり前だ銀赤…こいつらはちりも残さねぇ」

 ヒナタを背にした2人の子供は、もはやその殺気を隠さず、酷薄な笑みを浮かべていた。
 それは"やこう"の者らを恐慌に陥らせるには十分で…。
 彼らはすぐに逃げへと転じた。

 たった1人の銀獣にすら、ここまで追い詰められたのだ。
 それがあと2人。
 誰が勝てる?…それは不可能だ。

 ―――が…

「誰が逃げていいって言ったよ?」

 彼らの前に立ち塞がるのは、銀狐の両爪―――その名のとおり、化け狐の爪から削ったといわれる"月孤"を両手に持つ少年。

「てめぇら、楽に死なせはしねぇよ」 

 彼らの後ろに立ち塞がるのは、黒雷の双刀―――2つの刀を合わせることで、雷を導くといわれる"黒月"を両手に持つ少年。



 さぁ―――どう料理しようか―――?







 ヒナタは己の張った結界の元へ足を進めながら、思わず苦笑した。
 2人の銀獣達が張った結界は、自分が動くと共についてくる。

(2人とも…余計なもの引き連れてきたわね―――)

 だが、それは口には出さず、彼女は8班の面々に顔を向ける。
 騙してきた人間達だ。
 それに後悔はないし、罪悪感はない。
 たとえ軽蔑されて、恐れられ、嫌われようとも、これらは全て、自分で選んだ道の先にあったものだ。
 幾ばくかの寂しさがあるのは、ごまかせはしないけど。

 複雑そうな顔の3人に、ヒナタが口を開こうとしたとき―――
 そしておりしも銀赤と白金がそれぞれつれてきた面々が、到着したそのとき―――


「っっつか!!!よぉーーーっく聞きやがれ!!!いいか?蒼黒はな!!オレの女なんだよ!!!人の女に手ぇ出しといて、ほいほい逃げようなんて許されるわきゃねぇだろ!!!!!」


 その馬鹿でかい声に、8班の面々はハッキリと硬直し、7班、10班の面々はその少年のしゃべり方と身に纏う空気の違いに、目を見張り、口を広げる。

 ―――ってか…オレの女?

 そして、次なる少年の言葉に、その場は更に硬直した。


「ああっ!?ちょっと待ちやがれ銀赤!!!てっめぇ勝手なこと抜かしてんじゃねぇぞ!!!いいかっ!?蒼黒はなっ!!オ・レ・の・女なんだよ!!!!!!」


 ―――はい?


 状況は更に混乱を際めた。
 そもそも下忍は銀獣のことは知らない。
 ので、サクラ、サスケ、いの、チョウジは仲間である彼らの変貌にただ驚愕し恐怖する。

 そして最も困惑を強めたのは上忍の2人。
 木の葉の銀獣の名を知り、実はともに"やこう"との戦争に参加した2人。
 確かに彼らの付けている武器具は、銀獣たちのもので、互いに言い争いながらも敵を殺すことなく、ちまちまといたぶっている姿は銀獣のそれで…。

 えっと…それがナルトとシカマル―――?
 っていうか…3角関係ですか?…いやそれ以前に蒼黒は誰―――?


「全く…あのバカ2人…」


 1人だけ冷静にヒナタはため息をついた。
 その凛と響いた声は誰だろう?と、新たに増えた下忍と上忍の視線がヒナタに集まり、更に驚愕の表情が深まる。

 当然だ。
 ヒナタの姿は服は乱れ、足からは絶えず血を流し、身体中に返り血を浴び…といった、凄惨極まりない姿であったので、サクラといのは半ば失神しかける。
 その上、彼女の彼女らしい動作とか話し方とかが一切ないのだから、困惑するしかないだろう。

「ひ…ヒナタ!あの2人が言ってるの本当なのかっ!?」
「と…いうか…どっちが」

 だが、違う意味で困惑しているのが2人。
 大分恐怖やら驚愕やらを通り過ぎてしまい、今はナルトとシカマルの問題発言が頭を占めているようだ。
 それに、ヒナタは半ば安堵した。
 怒りと侮蔑の目で見られることは覚悟していたから。

「私は誰のものでもないよ?」

 そう応えて、ヒナタのその言葉に、上忍2人は、彼女が蒼黒―――?と、紅に視線を送る。 
 紅は複雑そうに、一応それに応えて頷いた。

「いやっ!ちがくて…っ!!」
「つまり、ヒナタはあのどちらかと付き合っているのか?」
「付き合う?どこに?…ああ。銀獣のこと?」
「あーーーーっ!!違うって!!!!」
「いや…だから」 

 いつものヒナタと違って、打てば響くように言葉がかえってはくるが、キバとシノの本当に聞きたい事の意味は、全く通じてはいない。
 紅は呆れ、ヒナタを手招く。

「ヒナタ、来なさい」

 紅の言葉に、一瞬だけヒナタは身を強張らせた。
 正直、紅から、その名前はもう呼んでもらえないだろうと思っていたから。
 キバやシノはまだ子供ゆえに、その幼さと純粋さゆえに、ヒナタを軽蔑はしても、いつか受け入れてくれるかもしれないと、期待はした。

 だが紅は…すで一人前の忍びとして完成された存在だ。
 ヒナタがその力を隠して、暗部に所属していたことの重大さは分かるであろうし、立場からも見逃すことも出来ないだろう。
 そして、本来自分が上であるのだから、生真面目な彼女はきっと暗部名で呼ぶのだろう―――と。

 なんとなく素直に従って、紅の元へ行くと、紅が未だ血の流れる足の応急処置を始めた。
 その紅の行為に、キバとシノは我に返って、ヒナタと紅を見守る。

「何故―――ですか?紅上忍…。貴方なら私達の隠していたことの重大さも分かるはずですね?」
「………それでも私にとって、貴方はヒナタだわ」

 その顔はひどく複雑なものであったけど…。

「そうそう。ヒナタはヒナタ!!」
「ちょっと強いがな」
「…そんな簡単なことじゃあないと思うんだけど…」

 困ったように首を傾げる少女に、キバが笑い、シノと紅は目を細める。



「あー8班の3人いいかもー」

 もう既に、動かない塊を蹴りつけながら、密かにそれらを観察していたナルトは、どうでもよさそうに口を開く。
 その両手の月爪には、べっとりと血が絡んでいる。
 蒼い瞳に浮かぶ色は無関心。けれどヒナタに何かないかという観点にだけは強い注意を払っている。

 それにシカマルも応える。
 その双剣―――黒月は、チャクラをはじき、まるで雷のように躯の上へ降り注ぐ。
 既に人としての原型をとどめぬそれらに、彼らはまるで無関心で、それを見守る者達を心から震撼させた。

「だよなー。っつかヒナタの人徳だよな…。うちのとこ固まってんぜ?アスマ以外」
「いっやー。オレのとこなんてぜってぇー攻められんぜ?っつかうっぜぇんだよなあいつら」
「お前が演技しすぎなんだっての。ってかよ…こいつら一匹くらい残しといたほうがよくねぇ?」

 瀕死の状態が残り1人になったところでシカマルが提案する。

「なんで?こいつら俺らの蒼黒を傷つけたんだぞ?」
「だからよー。"やこう"の生き残りの居場所を聞き出すんだよ。蒼黒を傷つけたんだ、全部消してやるのが筋だろう?」
「あー…なーる。それ賛成。そんじゃこんまま時間止めて持って帰ろうぜ。んで後はイビキにでもやらせりゃいいだろ」

 簡潔な、けれど正確な言葉にシカマルは目を細め、そのまま印を組む。
 その複雑で、ひどく高度な呪式は、黒雷の銀鷹白金ことシカマルにしか使えない。
 ちなみに術を提案したのは蒼黒。開発をしたのは白金である。
 こういった、細かく繊細な技術の必要な術は、シカマルが一番長けている。

 それが完成する前に、紅によって傷の応急処置を済ませたヒナタがシカマルを止めた。 
 ナルトが目線で傷の具合を聞く。

「大丈夫。それより、そいついくら時間止めても死んじゃう」
「そっか〜?」
「うん。だからナルト君お願い」
「オレ苦手なんだけど。…っても、ヒナタにやらせるわけにもいかないしな?」
「たりめぇだろ?とっととやれって」

 印を組んだまま、シカマルが不機嫌そうに言うと、ナルトも不機嫌そうに印を組み始める。
 それは多分、蒼黒を傷つけた者が相手であることが理由であろう。
 ナルトが印を組み終わると同時に、瀕死である"やこう"の生き残りの一人の傷が、ゆっくりと塞がりはじめる。

「シカマル」
「ほいさ」

 そして、生き残りの動きがピタリと止まった。
 今までもほとんど動いてなどなかったが、今では呼吸の微かな動きも見当たらない。
 完璧に彼の時間は止まっているのだ。



 それら高度な術のやり取りに、上忍らは改めて彼らが、あの銀獣達であるのだと理解する。
 だが、それはただ理解しただけであって、感情までがそれについていったわけではない。
 現に今、誰もが声を発することもできず、目を見開いている。

 彼らはあまりにも違いすぎた。
 自分の中にある感情が何かも分からない。

 彼らが怖いのか?
 騙してきた彼らに憤っているのか?

 驚きに強張った身体は、疑問すらも思いつけないのだ。