少年は闇に落ちた。
 それは伝え聞く地獄の様。

 血が広がる。

     それは…誰の?


   これは―――。


         これは―――…。



     自分 の       血      ?






 その、認識と同時に、激痛が走った。
 焼ける。
 全身が燃えるように熱い。
 むせ返るような血の匂い。口内中に広がる鉄錆の味。

 何だ?何だ?
 何が起こっている―――?

 


 焼け付くような臭い。

 強烈な腐敗臭。

 


    目の前に落ちる何か。



   自分の              腕   の   形 をしたもの






  絶叫した。


 その、自分の腕であった肉を、何者かが踏み潰す。
 幾度も、幾度も、それ自体を末梢してしまうように。
 顔を上げる事もままならず、瞳だけがぎょろりと上を向く。

 そこに見つけたのは…。


  口


 笑う、わらう、笑う


    笑い続ける、幾つもの口の形。


  心の底から喜び、楽しみ、嘲っている口の形。


 音が、聞こえない。
 確かに彼らは高く笑い声を上げているはずなのに。
 何も、聞こえない。


 鼓膜が破れている?

 何も聞こえない。




 ―――それでも聴こえる。





   聴こえる。


         ゲラゲラ

                     ゲラゲラ

      笑い声が。




 頭の中に、それとは違う声が蘇る。




              私は―――いらない―――。

              存在する必要なんて…ない―――。

              誰も私を見ない。何も出来ない。

              いらない。必要、ない。




              だ っ て 

              私 は 

              化 け 物 だ も の



 ―――化け物?

 獣。
 金色に光り輝くひどく巨大な体躯を持つ獣。
 一瞬だけ、それが視界を覆った。

 そして
 血が、流れ落ちた。
 幾多も流れ落ちた血が、大きく蠢き、体内の血が波打った。
 体が、ゆっくりと持ち上がる。出血量はかなりのもので、動く事なんて出来ないはずが、ゆっくりと、立ち上がる。

 腕は既にない。
 そして、その瞳にも既に光はない。視界なんてとっくに塞がっている。
 広がるのは乳白色の世界と、金色に輝く瞳のみ…。
 意識が闇に覆われる前、声が聞こえた。



              ―――殺さないで。



 しゃがれた、老婆のようなからからに乾いた声。
 それが、自分の口から出たものだと気付くには、長い時間が必要だった。

















2006年11月12日