「正直、意外だったかな」

 ナルトの部屋で本を読みながらヒナタは言う。
 2人しかここにはいないから、この空間ではどちらも性格を偽らない。それがひどく居心地が良くて気持ちがいいことだと、最近知った。

「何が?」

 シカマルに借りたCDを聞きながらナルトは答えて、ちらりと時計を見る。
 6時25分。

「キバ君の、事」

 ヒナタもまたちらりと時計に視線をやって、本を閉じた。
 そろそろ迎えの来る時間だろう。
 だから思い出した。
 犬塚キバという人間のこと。

「俺は、別に意外でもなんでもねーと思ったけどな」

 妙に渋い演歌をバックミュージックに、ナルトは立ち上がってヒナタの隣に座る。
 ソファーなんてない狭い部屋で、ベッドを背もたれに2人並ぶ。肩と肩が触れ合う距離で、ヒナタは眼を閉じた。

「いのちゃんが、キバ君のこと好きなの知ってたけど、それが叶わないって知ってたから」

 あの瞬間、昔見たキバの未来の姿がずれた。
 それはいつか修正されていつか見た日のキバとなるのか、それとも。

「予知っつーのは完全じゃないんだろ?」

 ヒナタのつむじを見ながらナルトは問う。
 それにヒナタは頷いて。

「未来を知る人間だけが、未来を変えることが出来る。でも何も知らない人にとっては殆んど不可能」

 誰もが自分の未来を知らない。
 ヒナタが見た未来が訪れたかどうか、ヒナタにしか分からない。

 ―――それなのに。

「丁度良いから、聞くか」

 かちりと時計の針が6時30分を刻む。
 同時に、呼び鈴の音が聞こえた。
 毎度の事ながら律儀なことだ。

「開いてる」

 ナルトの声に、扉が開く。
 立っていたのは、油女シノと犬塚キバ。

 ベッドを背に並んで座る2人に何を思うのか。
 ヒナタは脇に置いていた鞄を掴んで立ち上がる。物を出したりはしていない。読んでいた本もとっくの昔にしまいこんだ。いつだってすぐに帰れる準備は出来ている。

「…迎えに、来た」
「今、行く。じゃあね、ナルト君」
「おー」

 冷たい微笑の中に温かなものが混じって。
 その事はきっとまだ本人たちは気付かない。
 第3者であるシノとキバだけが、そのゆるやかな変化に気がついている。

「…じゃあなナルト」
「また、明日だ」

 靴を履いたヒナタを連れて外に出ようとした2人のうち、1人をナルトは捕まえる。

「ちょっと付き合えよ。キバ」

 にっ、と笑ったナルトに、キバはいかにも嫌そうに顔をしかめた。





「…それで、何だよ」
「ま、とりあえず茶でも飲めよ」

 警戒心むき出しのキバの様子に、ナルトは苦笑した。さっさと背を向けて茶の準備をする。
 犬塚キバが、ナルトの家に来るのは実のところ初めてではなかった。まだお互いがお互いの事情など分からぬ頃に、ただの友人として訪れた。
 そのため、キバは案外あっさりとナルトの家へと足を踏み入れる。
 昔来た時と大して変わらない部屋。
 驚くほど物が少なくて質素。物足りなささえ感じる部屋で、最初は意外に思ったものだ。
 ただ、今の犬塚キバには分かっている。
 この、何もないがらんどうの部屋こそが、うずまきナルトの本質なのだと。

 偽物の性格、偽物の友達付き合い。
 犬塚キバの知るうずまきナルトは何一つ本当ではない。

 だがそれでも思うのだ。
 ―――うずまきナルトの日向ヒナタに関する想いだけは、偽物なんかじゃない。本物なのだと。

 何故なら…。

「ナルト、それ、ヒナタの好きなヤツだろ」

 犬塚キバに指摘されて、ナルトはぴたりと動きを止めた。
 わずかに眉をひそめ、自分のしていることを再確認する。手に持っているのはティーポットで、茶葉は確かに日向ヒナタが好むハーブティーの一つ。あいにくとナルトはその茶葉の名前を知らない。
 ヒナタが勝手に持ってきて、勝手に置いていったものだ。

「だから」

 何か文句でも? と言わんばかりの態度にキバは肩をすくめた。
 はじめのころに比べれば、大分今のうずまきナルトに慣れてきた。

「なんでもねーよ」

 知らず影響を受けあっている。そのことにきっと本人たちは無関心だ。
 日向ヒナタもうずまきナルトも、偽ることに慣れすぎて本当の変化にきっと鈍い。

 それで、と、ナルトはお茶をおく。
 そもそも客が来たことに対してお茶を出す、という行為自体が、ナルトとヒナタが付き合い初めてからの変化だったのだが、そのことにすらキバに指摘されるまでナルトは気が付いていなかった。

 さて、なんと切り出すべきだろうか。
 と、思案にふける暇もなく、キバが口を開いた。

「ナルト」
「ああ?」
「お前、なんで手を出した」

 主語のない問いかけ。
 ナルトの表情は、憎らしいほどに変わらなかった。
 それでも、理解はしているだろう。
 犬塚キバがうずまきナルトに何を問うているのか。

 がらんどうの部屋の薄闇の下で、やがてうずまきナルトは笑った。
 それはそれは美しく。そして妖しく。
 にんまりと釣り上がった唇と、その輝く瞳だけがキバには浮き上がって見えた。

「理由が必要かよ」

 犬塚キバに容赦のない現実を突き付け、日向ヒナタから何もかもを奪ったはずの男。
 どこまでも傲慢に、どこまでも不敵に、うずまきナルトは笑んでいた。




 最近3人で歩く道のりを、今日は2人で歩く。
 本当は、予知の力を失った予知姫に護衛なんていらないだろうに。そんなもの、もうしたくないだろうに、結局油女シノと犬塚キバはヒナタの周りに居る。
 それはどういう理由なのか、なんてヒナタは知らない。
 だがそれも、ヒナタが卒業するまでの話だ。

「シノ君は、サクラちゃんに告白しなくていいの?」

 ひたすら静かな帰り道の中、ヒナタは呟く。犬塚キバは、それを選んだ。それなら油女シノはどうするのか。

「……何故」
「何故?」
「…一言も、俺は言っていないはずだが」

 分かりにくい言葉に、ああ、とヒナタは理解した。
 確かに、シノはサクラが好きだとか嫌いだとか、そんなことは一言も言っていない。けれど、それは態度を見ていれば明らかだ。
 もっとも、感の鋭い人間や、シノをよく知っている人間だけがそれに気付くのだろう。

「でも、間違ってはいないでしょう?」

 冷たいとさえ感じるような淡々とした声。
 同じ人間でありながら、どうしてこんなにも差が出るのだろうと疑問に思う。
 普段のあの小さくて、頼りなくて、おどおどとした声とは正反対。

「………」

 沈黙は、肯定。
 シノがヒナタの問いに答える事はなく、ヒナタもそれ以上聞き出そうとはしなかった。
 ただ、別れる直前にシノは問う。

「…キバといのが付き合うのは、予知の範囲内か…?」

 少女は一瞬眼を見開いて。

「さぁ。どっちだと思う?」

 そう、ゆるりと笑った。


2010年6月20
キバいのとか、ネジテンは割と話に絡んでくるけど、シノサクはあまり絡まないと思われ(汗)
番外編ちっくなミニ話は書くつもりだけど。
主な理由としてシノは1人で立てるから。キバとネジは1人じゃ立てないから、かな。
でもまぁどこまで詰め込むか未定なので、どっかでシノ→サクをいれることもあるかもです。
なんでこんなマイナーなカプになったのかたまに反省します。