頭ん中がぼーっとして気分は最悪。
 胃の中が荒れているわ身体の節々は痛むわ、たまったもんじゃない。
 不確かな夜の記憶を引っ張り出して、ようやく目を覚ました。

「………」

 静かな世界。
 カーテンの隙間からこぼれる光がちらちらと瞼をさす。
 隣を見ることはなくとも、気配で彼女はもう居ないのが分かった。
 気だるい陽気の中で時計を眺める。
 8時12分。

「あー…学校」

 ぼんやりと呟いて身体を起こす。
 至るところに走る激痛やらなんやらは無視して、風呂場へ向かう。
 から、と引き戸を開けて、鏡の中の自分と目が合った。
 全裸の。引き締まった身体を持つ未だ成長過程にある少年。
 よく見ると頬から血が出ているわ、至るところに青あざを拵えているわ、引っかき傷に噛み痕までしっかりと残っている。
 既に凝固した血液を眺めて、一つ息をついた。

 風呂場に足を踏み入れると、ふわり、と自分のものでない匂いが鼻をくすぐる。

 ―――昨日、蹂躙し、自分の匂いに染めた匂いだ。

 花を思わせるような、ふわふわとした優しい匂いをかき消すように水を一気に出した。
 痛いほどに冷たく勢いのある水が、頭からかぶさる。
 水の中で、一度だけ舌打ちし、乱暴に身体を洗って外に出た。
 適当に身体を拭いて、濡れたままの髪をそのままに制服を身に付け、空っぽの鞄を探す。
 今が冬で良かった。
 身体の露出しない制服で全てを覆い隠せる。顔のあざや傷くらいは、喧嘩をしたと言えば言いだけの話だ。嘘ではないのだし。
 冷蔵庫を開けて牛乳を口に入れ、昨日開けたばかりの食パンを何もつけずに口に入れた。
 食パンを噛み切りながら携帯を探し出し、メールと着信だけを確認する。

「シカマルに…イルカさん…サスケ、か」

 大した内容でないメールを読み流して、適当に返信する。
 外に出て、鍵を閉める。

「行ってきます…ってな」

 はっ、と鼻で笑って、顔に力を入れた。
 無気力で冷めた表情が、馬鹿に元気で、希望に溢れた顔に変化する。
 これが、うずまきナルトの顔だ。
 階段を飛び降りる勢いで駆け下りて、その勢いのまま走り出す。
 うずまきナルト、という仮面を被るために。


 うずまきナルトは、非常に冷めた人間であった。
 物事に対する興味がなく、他人に対しての興味もない。負けるのは良しとしないが、基本的に何もかもは他者より優れているので何かに本気になる事もない。
 ただ世の中の理を早くから理解し、自分は異端であることを理解していた。
 それ、故に、彼は誰に教えられるわけでもなく、普通を演じた。
 普通の子供のやる真似をし、けれども自分が有利になる工作は欠かさなかった。
 それはどうやら父親にはばれていたらしく、父親は早々にナルトを家から出した。
 一人暮らしなら、普通を演じる必要がないから。
 彼は、知っていたのだ。
 常に演技し、普通の子供を演ずるために気を張り詰めさせることの辛さを。
 一人で居るのは楽だった。
 空手を習い始めてからは、強さに対する興味と執着を知った。自分が負けず嫌いだと発覚したのもこの時だ。
 強くなるのが楽しい。強い人間と戦うのが楽しい。

 学校では今までどおり普通を演じ、空手では学校でのストレスを発散し、家では自由気ままに過ごした。
 それがナルトの日常。
 とても平穏な毎日。
 平和で幸せな日々、だったのだ。昨日までは。
 どうして、ああなったのだろう。
 いつもなら自分が他人に興味を抱くなんてありえない。
 面白いなんていうものは強者に抱く感情だ。
 欲しいなんてものは自分とは無縁の感情だ。
 何故。何故そんなことを思った?
 どうしてその感情を異質と思わなかった?

 あの後気を失った日向の服を適当に着せて、荷物と共に家に運んだ。
 家に入って明かりをつければ、日向の身体は青白く、それ故に情事の跡は鮮やかだった。
 整った身体に口付けて、その緩やかなラインを唇でなぞる。
 ゆっくりとした動作に己の身体が熱を持つ。
 傷を避けて唇を這わせれば、日向の身体が小さく震えて、かすれた、本当に小さな声を漏らした。
 それに、情事の間中日向が一度も声を漏らそうとしなかったのを思いだす。
 意地のように唇を閉ざして、吐息すらも閉じ込めるようにして、己の手で己の口を覆って、何一つ、もらさなかった。
 ただ、一度だけ、日向と繋がったその時に、甲高い悲鳴のような吐息のような鋭い鳴き声を除いて。
 今、思えばあれは初めてだったが故にだろう。
 幾筋も残った血の跡にそう考える。
 つぅ―――と、指で太ももをなぞる。
 もう片方の手で、同世代の少女たちに比べてずいぶんと大きな胸をもてあそぶ。

「……ぁ」

 少女の声がした。
 小さく小さく。
 高くてよく澄んだまろやかな声は、耳に気持ちよく




                           ―――…聞き足りない…




 そう、思った。




 何度も何度も日向の声など聞いているはずなのに、何故か、求める。
 蹂躙して、弄んで、犯す。

 何度も何度も。

 時折日向が目覚めて、声をせき止める。
 それすら気に入らなくて、両手首を押さえつけて犯し続ける。




            侵し、続ける。




 ―――今思えば、よくぞ日向は帰れたものだ。




 自分のもの、とは思えない激情。
 最初から、何かを間違えたのだ。

 確かに、確かに欲しいと思った。

 思ったその時はただ単純に、極自然に言葉が浮かんだだけ。

 けれど。


 それは、日向の身体を、仕草を、精神を、言葉を、吐息を、己の腕に閉じ込めて奪うことだというのは、後になってようやく気付いた。






                      欲しい、な。


                            日向の、全てが。







 ―――自分が欲していることさえ気付かずに、求めていた―――
2005年9月18日
いやんもう不健全だ事。
ナルト視点。
何だか長くなっちゃって申し訳ない限りです。