「うーーーーーっす!!」

 おはようの代わりの挨拶を、笑顔と共に振りまく。
 なんとか始業ギリギリの時間だ。

「お。何だナルト?今日は間に合ったのか」
「シカマルおはよ。何してんの?」

 机にかじりついて、ノートをせっせと写している姿に、首を傾げる。
 成績は悪いシカマルだが、案外頭がいいのだとナルトは知っている。
 その頭のよさは、ほぼシカマルの時間をつぶさないためだけに使われており、成績が悪かろうと彼は補習に残されることもないし、宿題に追われることもない。
 空いた時間は、最近想いが通じたとおぼしき年上の少女に会いに行くためだけに使われている模様。
 そのシカマルにしては珍しい行動だ。

「内職。それよりお前昨日何やってたんだよ。いくらなんでも朝メール返すとかひどくね?」
「昨日は帰ってすぐ寝たんだってばよ!シカマル、それってば何の内職だってばよー?」
「英語。いのの奴に押し付けられた」
「英語ーーー!?って、いのは?」

 そういえば、あの毎日毎日朝っぱらからハイテンションの喧しい輩がいない。
 まぁ、自分の方もそう言えないのだが。

「日向がさ、休みなんだよ。今まで日向が休むなんてこと無かったろ?」

 ぴくり、と動いた自分の肩を気付いただろうか?

「日向ー?」

 きょろきょろとおざなりに周囲を見渡して、確かにその姿がないのを認める。
 そりゃ来れるわけもないだろうよ。内心残酷な笑みを浮かべつつ、ナルトはシカマルの言葉を待つ。

「んで、日向に電話繋がらないから、日向先輩に電話してみるってさ」
「あーっとネジだってば?」
「そ。…お、帰ってきたな」

 がらりと開いた扉を見て、シカマルが肩をすくめる。
 扉の向こうにはなにやら非常に納得のいかない様子で、不機嫌丸出しでいのが立つ。

「いのー。おはよーだってば!」
「んー?ああ。ナルトじゃない!ねーもう聞いてー!!!」
「な、なんだってば!?」

 抱きつかんばかりの勢いで詰め寄られて、ナルトは後ずさる。
 いのは中々の迫力美人で、クラスの男子からも人気が高いが、本人いたって男っぽい。

「ヒナタがね!休みなのー!昨日までは元気だったのよー!?そりゃー確かに様子はおかしかったけどー…!いきなり風邪だなんて…!それに良く分からないけどキバも休みだし!!!」
「キバが!?」

 あの体力馬鹿が?といったナルトの言葉に、いのはイライラと爪を噛む。

「そうよー!あいつと私昨日一緒に出かけたのによー!?携帯も繋がらないし…シノ君も休みだし…!!一体どうなってるのよー!?」

 そう言われてみれば、油女シノの姿もどこにもない。
 キバとシノは全く違う性格なのに何故か親友で、日向とも仲がいい。
 帰ってきたいのにノートを押し付けながらシカマルが頬杖をついて息を吐く。

「風邪だろ?」

「そうだってばよ。ネジがそう言ったんだってば?」
「そうだけどー!!!」

 むぅ、と眉間に皺をよせるいのの頭を、軽く誰かがはたいた。
 その手は同様にしてシカマルの頭とナルトの頭を軽く叩く。

「いたー!!!」
「って!」
「いってーーー!!!」

 三者三様の声に、叩いた張本人であるはたけカカシは、にっこりと笑って時計を指差す。
 すでに開始の時刻は過ぎている。
 周囲の人間もいつの間にか席についており、立っているのはナルトといのくらいだ。
 慌てて席につく。と言ってもシカマルの後ろがナルト、その後ろがいのなので大した距離ではない。

「友達の心配するのはいいけどなー。時間はちゃんと見ないとだめでしょー?」
「せんせー!でも本当に変なのよー!!」
「はいはい。そんなに言うのならお見舞いにでも行けばいい話でしょ?」

 あっさりと言われたその言葉に、いのの目がきらりと光る。

「せんせー。それじゃ何かプリントちょーだい?」
「はぁ?何でよ」

 首を傾げるカカシに、いのはちょいちょいと手招きする。
 カカシの耳に口を近づけて、ささやいた。

「ヒナタの家、めちゃくちゃお堅いのよー!用件でもないと絶対に入れてくれないのー」
「はぁ?友達が様子見に行くだけでしょ?」
「だからー絶対に入れてくれないのー!」
「マジで?」
「マジよー!ね。先生、キバのエロ本あげるから。お願いー」
「…了解。って、なんで君はキバのエロ本を所持してるのかなー?」
「んー?キバに貰ったのー。好みじゃなかったってー」
「女の子にあげるかい?普通」
「んー、あたしちょっと見てみたかったしー。見てから適当に捨てればいいかなーって」
「捨てるなんて勿体無いでしょ」
「だってあたし女だもーん」
「ま。後からプリントやるから職員室おいでー。あとー、先生からのアドバイス。こういう場合って多人数でいくと結構向こうは断りにくいよー」
「ほんと!?ありがとー!人海戦術ねー」

 にんまりと2人、頷いた。
 何だかその様子は、時代劇の悪代官を彷彿させた。

「よーっし、それじゃあ出席とるぞー」

 いきなり素に戻ったカカシに教室全体が大きく息をついた。
 はたけカカシ。教員歴3年余り。若くて顔が良く、気さくで授業の仕方も面白い。そんな理由で人気はとにかく高いが、欠点もある。
 その欠点こそ教室中がため息の嵐になる理由だ。
 とにかく、遅いのだ。やってくるのも、終わるのも、遅い。何をやっているんだ、と聞きたくなるほどに遅い。
 そんなわけで、はたけカカシは確かに人気者ではあるが、担任としての評価は不評だ。
 ナルトはぼんやりとシャーペンを回した。
 いつもどおりの日常。
 虚偽にまみれた、とても平穏な日々。

 だけど。
 ぽっかりと胸の奥に穴が開いたような虚しさがある。焦燥がある。
 どれもこれも初めての感情ではっきりしない。
 この感情をなんと当て始めればいいのかナルトは知らない。
 ちっ、と小さく舌打ちして、シャーペンを置いた。




「とっっ!言うわけで!見舞いに行くわよー!」

 机の上にだれきった顔を預けていた2人の目の前に、いのの腹部が現れた。
 そろそろと、机の上に張り付いたまま身体を仰向けにすると、いのの得意そうな顔が飛び込んでくる。

「「…は?」」

 どこまでもものぐさな体制を崩さない2人に呆れたようで、大きく息をつく。

「あんた達よくその体勢で落ちないわねー。っつか身体痛くないのー?そんな変な座り方してー」
「べっつにーー」
「つか、どういう意味だよ」
「何がー?」
「見舞い、行くっての?行って来ればいいだろ?」

 明らかに他人事。そのシカマルにいのが笑って手を伸ばし、目にも止まらぬほどの速さで、シカマルの額を景気よくはたいた。
 いのは普通の女子に比べて結構力が強い。きっとそのスレンダーな体格を保つための筋力トレーニングを欠かさないためだろう。
 仰向けで、机の上に首から上を乗っけていたシカマルの頭は、はたかれた事によって後頭部が机に直撃し、バランスを崩す。

「うわっ!」
「うをっ!」

 2つの異なる叫び声と、机といすが崩れる音が高々と響いた。
 いすごと転げたシカマルによって机が大幅に移動し、ナルトの身体はそのままシカマルの上に落ちたのだ。
 勿論いすも机も倒れている。
 突然の激音に教室中静まり返って彼らを見守る。踏ん反り返って立ついのの姿と、筆記具や教科書にまみれて倒れている2人に、なんとなく事態を察したのか、冷やかしの言葉がいくつも飛ぶ。

「いってーーーー!いの!何するんだってばよーーー!!!」
「あんた達に選択権なんてないのー!」

 がばっ!と起き上がって、開口一番文句を言ったナルトに、きっぱりといのが言い切った。
 唖然として、ナルトはいのを見上げる。教室からは、何故か大きなどよめきと拍手が上がる。既に放課後であるのに生徒のほとんどの数が残っていたのでかなりうるさい。

「そりゃー幾らなんでもあんまりだってば!横暴だってばよーーーー!!!!」
「ああん!?ナールートーー?あんた、誰に口答えしてんのか分かってるかしら?」
「…いのだってば」
「違うわ。いの様よ」
「はぁ!?」
「あたしが行くっつったら行くの!拒否権なんてあんたたちにはないのー!」

 なんて無茶苦茶な、と唖然とするナルトの肩を、シカマルがぽんぽんと叩いた。

「いのには言うだけ無駄」

 振り向くと諦めきったシカマルの顔がある。長年の付き合い故か、既に悟りを開いたような達観した雰囲気すら伺える。
 今日の朝もこうして押し付けられたに違いない。
 口をパクパクとさせた後、がっくりと肩を落したナルトに、見学人たちが喜んではやしたてたのは言うまでもない。





           ―――それは好都合。





 うな垂れて床に手を突くナルトの口が、うっすらと笑みを浮かべたのは誰も気付かなかった。
2005年9月16日
いつの間にか第4弾。
今回は健全だぜベイベー(は?)
気がつけばいのとカカシのやり取りだけで結構場所つかっててびっくり。
最近自分カカシ先生好きなのかなー?と思い始めた。
ほんっとよく出てくるよな。意識はしてないけど出てきては存在を主張する人。