すぅ―――と、音もなくふすまが開く。
着物の裾が、ふんわりと風で持ち上がる。
ほどけた包帯が、ふわふわと彷徨った。
何かを求めるように、白い白い布は風に舞い上がった。
「ね、ね、ね、ネジさん…?」
「なんだ」
「まっじめに何でこんなにここ殺気だっているんですかね」
びくびくと周囲をうかがいながら、シカマルは進む。いつも以上に腰が曲がり、自然冷や汗が出る。
視線が痛かった。
何だあいつらは、というような目が幾つも幾つも貫く。
あからさまな敵意と拒絶を隠そうともせずに、4人の子供たちを凝視していた。
その、奇妙な空気に押され、あのいのでさえも静かに眉を寄せて、小さくなるばかりだった。
そんな中。
「なーなーなーネジ!お前ってもしかしてすっげ偉いヤツ!?なんか皆頭下げてくってばよ!?」
金色の髪の子の声だけは陰鬱な廊下を清浄化するように響き渡った。
とたん、視線は更に強まり、わざわざ足を止めて4人を見るものすらある。
「ちょ、ちょっとナルトー…」
「おいおいおい、まずいだろ」
周囲の視線に身をすくめながらの友の言葉に、ナルトは「何で?」と不思議そうに返すだけだった。
「………ナルト、少し黙れ」
珍しいネジのいさめるような声に、きょとんとして、ナルトは首を傾げる。
本当に周囲の視線をなんとも思っていないのか、その動きは至極いつもどおりだった。
「……あんまりうるさいと追い出されるぞ」
呆れ果てたのかどうなのか、ネジのため息ともれた声に、んげっ、といのの顔が歪み、慌ててナルトの口を押さえる。
「ん〜〜〜〜〜!」
目を丸くしてうなるナルトの両腕をシカマルが捕まえて、暴れださないようにしっかりと固定する。
それを見て更にネジは息をついたが、本人たちはそれぞれ必死だった。
と、そのとき。
「―――ネジ様!!!!」
耳をつんざくような高音が、4人の耳に届いた。
必死、という言葉をそのまま体現したような着物姿の女性が、髪を振り乱して走ってくる。
その様子は、いのとシカマルの目には、どう見ても常軌を逸しているように見えた。それくらいに彼らは世間を知らず、また幼かった。
ナルトは誰にも気付かれぬよう僅かに視線を逸らし、周囲を観察する。
誰もがその女に気を取られていた。
(古い家。暗く淀んだ空気。他者を拒絶した視線。混沌とした闇)
見た目の美しさは、ナルトの目には金メッキを貼り付けたような無駄なものに見えた。
(古い家はどこも同じという事か)
その思考は短かった。一瞬で視線を張り巡らせ、皆と同じように女に視線をやる。
女は日向の家に無関係であるナルト達のことにも気付かず、涙を流し、錯乱状態のまま叫んだ。
「ヒナタ様がいらっしゃりませんっっ!!!!!!」
―――と。
いのは、そわそわしていた。
この部屋に通されてから10分あまり。
部屋の外ではばたばたと幾つもの足音が交差し、声がとびかっている。
「ねぇ」「却下」
いのの声にかぶさるようにしてシカマルの声が重なった。
明らかにむっとして、いのはシカマルを睨みつける。
「何よー!まだ何も言っていないでしょー!!」
「どーせ、ここ抜け出してヒナタ探しに行かないかなんてコト考えてんだろ」
「!!……………ソンナコトナイワヨー」
「あーはいはい」
こきこきと首をもみほぐしながら、全く相手にしようとしないシカマル。
不満そうに唇を尖らせながら、図星をつかれたいのは黙り込む。
そして、ナルトは。
「俺ってば、ちょーーーー暇!だってば!!」
相も変わらずだった。
ぎゃーっと騒いで一人で部屋中を物色している。
いのもそれに参加したくてうずうずしているようだが、こっちはシカマルというストッパーがいるのでそうもいかない。
幼馴染の圧力というものに負けてたまるかといわんばかりに、いのは気合を入れる。
特に意味もない気合だが、本人にとっては重要不可欠なのだ。
そして…。
暇ー!と連発しながら物色していたナルトは、言葉とは裏腹に鋭い視線で周囲に視線を這わせる。
どこかしこにする違和感。
古い家特有のものか、お香のようなにおいに眉を顰める。
大きな掛け軸をめくった。
(やっぱりな)
予想通り、掛け軸の向こうにぽっかりと口を空けた空間。
シカマルやいのには死角になるように、さりげなく身体を移動させる。
(………これは)
ふわり、と漂ってくる匂いがあった。
ナルトの知っている匂いだった。
そう。
日向の匂いだ。
導かれるようにして、ナルトは足を踏み入れる。
シカマルは気付かない。
いのは気付かない。
そうしてまた、一人の少年の姿が日向家から姿を消した。
2006年1月9日