「…ひ、なた…」
「……もう来るな、と言った筈だ」

 暗闇の向こうでうずくまる2つの影。
 そこに居たのは、ナルトにとってもまた馴染み深い人間であった。
 日向が小さな懐中電灯を取り出し、電源を入れる。ぽぅ、と灯された灯りにうずくまる2人の姿が照らされた。黒い髪の2人の少年。
 犬塚キバ、油目シノ…どちらも今日欠席の存在だった。
 ナルトは不覚にも彼らに目を奪われ、驚きに身を強張らす。

 僅かに息を呑んだナルトの気配に、キバとシノは途端に神経を尖らせた。その警戒の仕方に、ナルトは余計驚いた。彼らとはそこそこ仲が良かったし、特にキバとは喧嘩仲間で悪戯仲間でもあったが、こんな2人は見た事がなかった。その為反応に迷う。演技か、素か、どちらで対応すべきか。

「誰だ」

 冷たく尖った声はシノ。キバは身を起こしいつでも動けるように構える。
 ナルトは日向に視線を送る。日向はナルトに見せる冷たい凍りついた表情のままだった。彼女は…騒ぐな、そう言った。

 なれば。

「俺は見ての通りうずまきナルト。学校休んで何してんの?キバ、そしてシノ」

 そう、光のあたる場所で、冷たく嘲るようにして笑った。

「………!!!」
「ナルト…だとっ!?」

 愕然とした表情が愉快だった。あまりに予想を超えた存在に、彼らの表情が凍りつく。

「日向、俺を連れてきた理由は?」
「………取引をする為に」
「取引、ねぇ。話だけなら聞いてもいいけど」

 冷めた目で視線を巡らし、この部屋がそんなには広くない場所である事を知る。6畳もないくらいの場所だ。暗闇の中には家具の一つもない。

「お前…が、ナルト?あのうずまきナルトだと?」
「おいおいおい!マジかよ!あのうずまきナルトがこれかよ!全く…人生嫌になるぜ…」

 シノとキバの言葉に日向が僅かに苦笑して、2人の体を確かめるようにして光をあてる。そうしてよくよく彼らを見てみれば、その体には日向にも自分にも劣らぬほどの傷があった。

「ヒナタも全然性格が違うしな!」
「全くだ…だが、気付けなかった我々もまた愚かだ」
「………そうだな」

「何だ、お前らは知らなかったのか?」

 2人の会話に僅かに眉を寄せ、ナルトは疑問を口にする。日向のいつもとは全く違う態度を見ても驚かなかったのは、元々知っていたものだと思っていたからだ。

「…お前は、知っていたような口振りだよな。いつからだ…?」
「ナルト君。キバ君、シノ君、話を始めるよ」

 ナルトが昨日と答えようとしたその時、日向が口を開いた。それによってキバは口を閉じ、ナルトもまた口を閉じる。
 そして…シノだけが…口を、開いた。

「………ナルト、お前か」

 確信した声だった。ナルトが眉を潜める、それよりも早く、キバが歯を鳴らした。その拳が勢いよくナルトに振り上げられる。不意の事にナルトの反応は遅れ、ガードは間に合わずに確実に当たると思われた。…だが、キバの拳は空振りする。日向がナルトの腕を勢いよく引っ張り、倒していた。

「ヒナタ」

 咎めるようなシノの声に、日向は首を振る。

「確かに…合意ではないけど、私は自分で彼を受け入れたわ」

 もしかしたら、逃げただけなのかも知れないけど。その呟きはあまりにも小さく、呆然とした面々の耳には入らなかった。

「それでも…!!」

 ナルトを庇うように立つ日向に、キバはどくように促す。けれど日向はそれに答えず、キバは苛立たしげに拳を下ろした。
 シノが理解できないと言うように、日向を見る。




「………日向の予知姫は男を知ってはならない」

 何度も何度も言い聞かされたそれを、少女は口にした。呆れるほどに、まるで子守唄のように彼女はそれを繰り返し聞かされてきた。
 シノが、キバが、苛立たしげにそれを聞く。彼らとて聞きなれた事。それがあってはならないから、自分達は木の葉高校に入れられ、日向の姫を守っていたのだから。

「…何?」

 何も分からないナルトが、疑問を示す。真実何も知らない少年は、どこか苛立たしげに3人を見ていた。いきなり意味も分からずに殴りかかられたのだ。気持ちが荒立つのも当たり前だろう。
 ヒナタは3人に言い聞かせるようにして、なおも言葉を紡いだ。

「日向の予知姫は男を知ってはならない。そして幼くして決められた婚約者と形だけの結婚をし、日向の家から出ることもなく、そこで一生を終える」

 日向の為だけに存在し、日向の中で命を散らす。

「ナルト君、日向の女子はね、十数人に1人の確率で、特別な力を持つものが生まれてくる。その力は災害を予知し、人の生死を、未来を知ることが出来る。予知の力。日向の女子だけが抱く力」
「予知…だと?」

 あまりにも現実離れしたその言葉に、ナルトは力なく笑う。一笑に付そうとして、出来なかった。その場にいた誰もが真剣で、空気は痛いほどに張り詰めていた。

「予知の力を利用することによって、日向は繁栄してきた。日向の家にとって、この予知の力こそが何よりも必要で、重要な事…そして、私もまた、予知が出来る人間だった」

 侮蔑を籠めて、ヒナタは笑った。馬鹿馬鹿しい。本当に馬鹿馬鹿しい事だ。こんな力の所為で、自分どころか、他の人間まで縛っているのだから。
 シノが、疲れたように口を開く。

「日向の予知姫を守る為に、俺たちがいる。俺も、キバも、ネジも、ただヒナタを守る為に同じ学校に通い、ヒナタと共にいる。俺たちの家は日向なくては成り立たない。ネジはヒナタの婚約者だ。俺たちはヒナタを守り、そのことで家を守ってきた」

 婚約者、とナルトの口が音をなさずに形だけ紡ぐ。明かされる幾つもの出来事に、ナルトは頭を整理する。

「だけどな。それも昨日までの事だ!日向の予知姫は汚された。予知の力は男を知れば失われる。そうだろ?ヒナタ」
「………ええ。そうよ」
「そうすりゃ、俺たちはお役御免!万々歳だ!」

 ははっ!と乾いた、全然楽しくもなさそうなキバの声に、ヒナタは拳を握り締める。小さく、ごめんなさい、と唇が震えた。何度謝っただろう。何度許しを請いたくなっただろう。
 だけど、それは出来ない。
 自分の浅はかな選択が、今この状態を作り出した。許しはいらない。罰したいなら罰せばいい。

 でも…。
 もう、引き返さない。引き返せない。
 この事態の全てを利用してやる。
 例えそれが、大きな後悔を生むものであっても。それでも自分はそうせずにはいられないから。

 ナルトが僅かに片眉を上げ、不機嫌そうに息を吐いた。事情は、大体分かった。古臭い家によくある怨念めいたしきたりが、彼らを縛っていた。そこに『予知』というあまりに大きな宝があるために、日向は大きくなる家とは裏腹に内側に篭っていく。

 冷たい表情。凍りついた表情。
 それでも、日向の…ヒナタのその瞳は傷つき、深い哀愁を湛えていた。
 その小さな震える身体を引き寄せ、腕の中に閉じ込める。キバの、シノの悪意から守るように。
 ナルトの腕の中で、ヒナタがくぐもった声を出した。何が起きたのか分かっていないのだろう。

「俺が、こいつを犯した。何回も全部踏みにじって、全部手に入れた」

 文句あるか?とでも言うように、ナルトは不敵に唇を持ち上げる。キバとシノの視線はまるでナルトを射殺さんとするように、強く、鋭いものだった。ナルトは鮮やかに笑ってやって、なんとか逃げ出そうとしているヒナタを押さえつける。

「こいつがその予知とかいう力を失って、お前らはその有様か。日向の奴らにやられたんだろうけど?情けねぇな」

 わざと、挑発するような言葉を選んで、ナルトは続けた。

「お前たちの家がどうなろうと…。お前たちの信用もプライドも、家も、役目も俺には知ったことじゃねぇけどよ。ようするに、お前たちがこいつに全て背負わして、楽してたってことじゃねぇのかよ」

 多分、本人達も気付いていたであろう事を言ってやると、面白いほどにぴたりと3人の動きが静止した。辛辣な言葉に、キバも、シノも色を失う。

「こいつの力を使って家を繁栄させておきながら、こいつ自身の自由は一切なし?お前らはこいつの自由を奪って利用して、いいご身分だよな。…こいつの犠牲で甘い汁吸ってりゃいいんだからよ。お前らがこいつを守る為だけに学校に居た?嘘吐け。シノ、随分とサクラと仲良くやってるみたいじゃねぇか。キバ、いのが心配してたぜ?昨日一緒に居たのにいきなり休みだ、ってな」

「…っっ!!!!」
「…いの…!」

「そうやって、てめぇらは楽しんどいて、こいつにはそれを許さねぇってか?ああ…キバ、お前虫除けなんだろ、こいつの。わざわざ、俺はこいつが好きなんだって態度とって、好きなやつには好きと言えないのが辛いか?じゃあ勝手に周りにそういう態度取られて…まぁ俺にはこいつに好きなやつがいるのかどうかは知らねぇけど、好きなやつがいるということすら口に出せないこいつの気持ちは考えた事あるのかよ。それから、こいつが俺を好きだって噂流したのもお前だろ。そう言えばこいつは動けないし他の人間も動けない」

 ナルトの腕の中で、すっかり大人しくなったヒナタが、僅かに身を強張らせた。痛いほどに押し付けられた胸の服を、強く、強く握り締める。

「自分だけが辛いとか、思ってんじゃねぇよ」

 吐き捨てて、ようやく腕に力を入れすぎていたことに気付いた。僅かに力を緩めて、息を吐く。
 この家に入った時から、苛々していた。古い家は、ナルトにとって鬼門だ。
 3人の話を、関係を聞いて、正直ムカついた。
 久しぶりに感じた激情だった。日向を犯したときのものとは違う、漠然とした、感情。

 演じる事がどれだけ疲れるのか、ナルトは知っている。どれだけストレスが溜まり、辛い思いをするのか、ナルト自身が経験している。
 シノは、キバは、ネジは、同じ立場の人間がいて気が楽にもなれただろう。安らぐことも出来ただろう。同じ立場の安心感から愚痴を言い合うことも出来ただろうし、不満も打ち明け、彼ら同士しか知らない想いを打ち明けたこともあっただろう。

 だが、ヒナタはどうだ?
 ヒナタのこの性格を彼らは知らなかった、と言った。ただ一人で全てを欺き続け、余計な力を持った所為で自由を奪われ、何もかもを禁じられた。どれだけ苦しく、どれだけ辛い思いをして、それでも誰に打ち明ける事も出来ず、一人で耐えてきたというのか。

 言いようのない感情に、ナルトは唇を震わせる。
 沈黙が、痛いほどに長く落ちていた。
2006年4月2日
…ナルト、よく喋ったなぁ…。
まさかこんなに喋ってくれるとは予想外でした。