沈黙は、永遠のようにも一瞬のようにも感じた。
 ヒナタはナルトの腕の中から抜け出す。ナルトは一瞬びくりと身を震わせたが、あっさりと拘束を解いた。
 何事もなかったかのように、3人を見据え、言った。

「犬塚キバ、油女シノ、うずまきナルト…私と取引をしましょう」

 定められた未来を変えるために。



 それからどれだけの時間がたったのだろう。
 時間という概念から切り離されたような空間で、ナルトはぼんやりと顔を上げた。
 視線の先に戸惑いもあらわな少年たちの姿を見る。
 日向ヒナタはまるで何も考えてはいないように空虚な目で、それは本当に何も考えていないのだろう、とナルトは思う。
 理由はないが、どこかそう確信している。

 うずまきナルトにとって、日向ヒナタとの取引の内容に何の益もなかった。益があるのは、犬塚キバと油女シノだけだ。
 それでも、日向ヒナタの言う内容にはきっかりとうずまきナルトの役割が加えられてあり…その、傲慢さに、笑う。
  目に見えるような見返りは何一つない。うずまきナルトは何も得ないだろう。ただを面倒を背負うだけ。それなのに、日向ヒナタはうずまきナルトに言葉を重ねない。
 うずまきナルトが日向ヒナタの言葉に従う事はまるで必然のように、その協力を前提とした取引だ。
 受けるとも、受けないとも言っていない。

 うずまきナルトは必要のない面倒を背負い、その代価に得るもの。

 暗闇の中、笑い声が響く。
 日向ヒナタは動じなかった。
 突如笑い始めたうずまきナルトを、ただただガラスの様な瞳で見据える。何を考えているのか、その一切をうかがわせない瞳。
 まるで現実感のない嘘のような空間で、油女シノはびくりと肩を揺らし、犬塚キバは憎悪に光輝く瞳でうずまきナルトを睨みつけた。

 その全てを受け止めて、うずまきナルトは笑い、笑い、笑い、笑い―――

「―――いいよ日向。乗ってやるよ。あんたに」

 背筋の凍るような冷たい視線に、暗闇にまた沈黙が落ちた。







「なんでー…っ!なんでいないのよー…っっ!!」

 半分涙目になりながら、いのが呻く。出来る限り小声だが、時折感情が押さえきらないのか大きく声が響いて、それに怯えるようにして黙り込む。
 その様子を見て、シカマルは大きく息をついた。

「落ち着けって、いの。俺らが焦ってもどうしようもないだろ?」
「そうだけどっ! だってっっ!」

 まるで神隠しのように、一瞬にして、ナルトの姿は部屋の中から消えていた。少なくとも、いのはそう思った。ヒナタが行方不明で、ナルトも行方不明で、キバも学校に来ないし、シノも来ない。もう意味が分からない。

「落ち着けって…」

 何回言ったとも分からぬ言葉をシカマルは搾り出して、頭を抱えた。ナルトがいなくなったとして、まさか攫われたとは思えない。あの騒がしい人間が黙って攫われるなんて有り得ない。第一ナルトはああ見えて空手の有段者だ。大人を相手にしても互角に渡り合える実力がある。それなら考えられる可能性は一つしかない。

 ナルト自身が、自分から姿を消した。

 理由は知らない。分からない。もしかすれば日向ヒナタを探しに行ったのかもしれないし。ただここにいるのが嫌になって抜け出しただけかもしれない。自分たちに黙って姿を消した以上自分たちにはどうすることも出来ない。
 一人、思考にくれていると、からりと小さな音がして障子戸が開いた。

「「っっ!!」」

 びくり、と、面白いほどに身体を揺らした2人に気付くことなく、足音荒く入ってきたのはネジだった。2人のどこか怯えたような表情に、眉をひそめ、そして、案内してきた者達の人数が一人かけていることに気付く。

「ナルトは、どうした」

 その言葉と、同時、だった。

「わっ!!!!!!!!!!!!!」

「っっ!!!」
「きゃぁああああっっ!!」
「うわっっ!!!!!」

 突然の大声に、三者三様の声が響いて。
 ケタケタとそれを笑う声。

「びびった!?」
「な、ナルトっっっっ!?」
「び、びっくりしたじゃないのよー!!!!!!!!」
「お前、場所を考えろっ」

 3人の後ろに、金色の髪をもつ元気な少年が立っていた。悪戯が成功し、楽しそうに笑う。

「あ、あんたどこに居たのよー!?」
「え? 隣ん部屋」
「はぁっっ!?」
「いやーネジを驚かそうと思ったはいいんだけど、なっかなか帰ってこないから、出てくるタイミングがわかんなかったってばよ」

 けらけらと笑って、悪びれもなく隣を示す少年に、3人共々大きなため息をついた。
 あれだけ心配させておいて、なんだこの明るさは。
 ふるふると拳を握るいのの思惑に気付いたのか、ぎょっとシカマルが青ざめ、いのの腕を取る。

「何よー」
「いや、場所考えろって。絶対暴れるんじゃねーぞ。マジで。めんどくせーことになるっての」

 シカマルの言葉に、ナルトは己の身に迫った危機を感じ取ったのか、そそくさとネジの後ろに回りこんだ。よく見ると、いのの目が笑っていない。握りこんだ拳がかなり力の入っているのは、傍目からでもよく分かる。

「わ、わ、悪かったってばっ!! ごめんっ!!」

 誠心誠意。ひたすらぺこぺこと頭を下げて、いのに許しを請う。その様子にいのの怒りが静まっていく。
 ほっとして、シカマルがいのの手を離し、

 パン、と音がした。

「って!」
「あーくそめんどくせーーー」
「………まるで痴話喧嘩だな」
「ネジ先輩。その言葉、次言ったら先輩と言えど容赦しませんよー」
「……すまない」

 素直に謝ったネジに、いのは宜しいと頷く。ナルトの顔を引っ叩いた手をひらひらと振った。

「じゃ、行きましょう。ネジ先輩」

 女は怖い。
 図らずとも3人の思考が一緒になった瞬間だった。






 暗闇の中、呟いた。
 情けないくらいに震えた、小さな声で。

「………本当に…そんなことが出来んのかよ…っ」

 出来るはずなんてない。
 そう思う反面、どこかで小さな期待の芽が顔を出す。
 出来るわけがない。
 けれど。
 けれどもし出来るのなら。

 ひどく無愛想で、冷たく冷えきった声。 

 ―――私は、貴方たちの未来を予知したことがある

 こびりついて、離れない。
 ヒナタが本当のことを言っている証拠なんてない。
 だけどもし本当だとしたら、ヒナタの予知は外れない。
 そして、予知をした者とその内容を知る者だけが、未来を握ることが出来る。

 だから、もし今のこの状況が予知の中に含まれるというのなら、ヒナタの言うとおりに動かなければ、予知は変わるのかもしれない。ただ、ヒナタのこれは必然ではなかったはずだから、適用されるわけではないのかもしれない。
 ヒナタの予知が正確で外れる事がないのは、自分たちが良く知っている。

「…くそっ…」

 全部堂々巡りだ。
  "かもしれない"は必要ないのに。

「…多分」
「んだよっ」
「…俺たちに言ったことで、俺たちがどう動くのか、それも予知の範囲内だ。そうでなければ、俺たちにあんなことを言う必要がない。ヒナタがあの姿を見せる必要も、ナルトを見せる必要もない」

 だから、ナルトが家に来るのも、ここに来るのも、自分たちがどう動くかも、範囲内。

「…結局…ヒナタの手の上で転がされているだけかよ…っ」
「………だが、それでは」

 言いかけて、口をつぐんだ。
  彼女はどこまで見えて、どこまで細かく、どこまで正確に知っているのか。

 …―――どこから、見えるのか。

 眉を潜め、爪を噛む。

「シノ?」
「………いや、何でもない。それより、結論は出たのか?」
「………転がされてやるよ。こうなったら仕方ねーだろ」
「…そうだな」

 結論は出た。
 たとえそれが誰かの手の上で踊らされているだけだとしても。

 暗闇の中、ただひたすらに待つ。
 己の未来の為に。
2008年7月6日
超お待たせをしました…(汗)
しばらくはちょこちょこ上げていこうと思いますっ。
ちょこちょこと言っても最短で週1だと思いますが…。申し訳ない(汗)