「はい。どちら様で…」

 そう言って、扉を開けた男は、そこに誰もいないことに沈黙した。
 周囲を見回し憮然とした表情で扉を閉めようとし、だがその足を何者かが触った。

「――――っっっつ!!!!」

 元来度胸のあるわけでもない男は、必死に驚愕をかみ殺し、己の足元を見る。

「あ…あの…」

 真っ黒い髪に、雪のように白い肌と白い目。
 あどけない表情をした幼い少女の姿に男は毒気を抜かれ、大きくため息をついた。

「えっと…日向のところのお子さんだよね?」

 首を傾げながら確かめた男に、ヒナタは微かに頷く。
 誰が見ても、日向の人間なのだと、分かる容貌をヒナタはしている。

「え〜…っと…もしかして迷子?」

 これにはふるふると首を振った。
 おずおずと、弱々しい、今にも消えそうな声で言う。

「……火影様…に…会いたい……の…」
「火影様に?」

 小さく頷く。
 それに、男は困ったように首を傾げる。
 火影と会うには、基本的にアポイントを取ることが必要である。
 この少女は、どう見てもそれを持っているようには見えない。
 だが、この幼い少女を無下に追い払うことも出来ない。
 相手は日向一族。無下に扱えるような存在ではない。

「お…願い…しま…す」
「…ええっと…」

 どうすればこの場をうまく切り抜けられるのだろうと、男が少女を見下ろしながら、頭をかいたその時。

「いれてやれ。火影様は今時間がある」

 スゥ―――と、至極自然に…当たり前のように響いたその声に、ヒナタははっきりと身を強張らせた。
 演技ではなく、本当に。
 ただしそれに、怯えたような動作を付け加えるのは忘れないが。

(なに…こいつ―――?)

 真っ黒な髪をして、真っ黒な闇そのもののような瞳をした人間。
 年は10・11くらいだろうか?
 鋭い眼光。整った顔立ち。

 けれど…なんだ?
 なんだこれは―――

 真っ黒。

 一言で言い表せるならそれ。
 過去の記憶はぐちゃぐちゃに、全く判別が出来ないほど黒く黒く。
 それは彼が自身でやったのか―――。

 力は見える。
 強い力。だがその種類までは分からない。
 なぜならそれを扱う知識が、真っ黒に塗りつぶされているから―――。

(気持ち悪い…)

 感情すら曖昧。
 一言で言うなら気まぐれ。
 その気まぐれも、一瞬のもので、なんとなくという程度のものでしかない。

 ヒナタは気付かない。
 おどおどとした演技の瞳が、彼女の内心を反映するかのように、鋭く強く彼を観察していることに。

「い…イタチさん…しかし…」

 男が見える。
 そこから得られる、目の前の真っ黒な男の情報。

 うちはイタチ。
 日向から分裂したといわれる、優秀なうちは一族の出。
 血継限界写輪眼。
 アカデミーを7歳で首席で卒業し、10歳で中忍になり、天才の名を欲しいままにした。
 火影からの信頼も厚く、中忍でありながら上忍以上の権限を持つ。今では既に暗部に属しているとの噂も後を立たない。
 父親・母親・弟の4人の家族構成。

 男の情報の羅列。
 うちは一族…これが?
 一族の者たちから知識は得ている。
 だが、こんなにも恐ろしい存在だとは思わなかった。
 次第に身体が震えだす。

 初めて―――初めて心から恐怖した。

 不意に、うちはイタチの感情が見えた。

 興味。
 目の前の子供に対する興味。

 やばい―――と思った。

 彼は確かにヒナタの持つ、強い力を感じているようだった。
 そして、ヒナタのそれらを演技だと見破っていた。
 だが、震えを抑えることはできない。
 怖い怖い怖い怖い
 この人間はいびつだ。

 人として壊れている…。
 何もかもを壊すうちに。
 彼は壊れてしまった。

 しかし、彼のひらめくような興味が、ヒナタを結局は救った。
 男が折れて、イタチに軽く頭を下げたのだ。

「…分かりました。今、火影様はどちらに?」
「私室だ」

 短い答えに男は礼を言って、ヒナタの手を取った。 
 ヒナタは、反射的にその手を振り払いそうになるが、必死に耐える。

「それでは…」
「ああ」

 ヒナタは男に隠れるようにして、イタチの横を通り過ぎた。
 みっともないほどに震える身体は、演技ではない。
 後ろから視線がついてくるのを感じる。

 怖い…。


 一刻も速く…速く…。






 ―――逃げたい…。








 ―――助けて…。














 途絶える。


 意識の混濁。
































  うちは イタチ






















 ああ そっか



 彼は 見るのを辞めたんだ…。






 全てを。



 終わらせたんだ。
















 終わらせよう。
















 私も。