里の全てが沈んでいた。
 3代目火影の死亡―――。
 里の人間に愛され尊敬された人物は…もう居ない。






「な―――…」
「暗部…?」

 ざわり、と静かな空間が失われる。
 葬式会場に現われた黒衣。暗部の衣装、暗部の面。
 それは、誰もが帰ろうとしたときだった。

 小さい。子供サイズの暗部の面を被った者が、突然葬式の場に現われたのだ。騒々しくもなるだろう。
 しかもなんという死臭を漂わせているのか―――。
 人々が言うことを全く聞いていないように見える。むしろ何も映ってはいないように思えた。
 何も聞かず、何も見ずに、ただ真っ直ぐに、火影の遺影を見つめていた。

 暗部は、一輪の菊をおいて、そこでそのまま膝をついた。
 じっと遺影を見つめたまま、ただそこに居た。

 人々は言葉を失った。 
 その背中に、誰よりも深い悲しみを感じ取った。

 いつまでそうしていただろうか。
 それは多分そんなには長くない時間。
 けれど永遠にも等しく思えた。

 人々が言葉を忘れ去り、ただ呆然と見詰めるその中で、暗部は静かに流れるような…最低限の動作で振り返った。
 その動きに、人々は目を見張り、思わず一歩下がる。
 それは何か厳かな儀式のような―――
 踏み込めない何かがそこにあった。

「木の葉丸。うずまきナルト…ここへ」

 その声は意外に高く。だが重い。
 感情そのものを凍結させたような、硬い強張った声。
 幾人かがその声に反応した。
 誰かに似ていた。知っている誰かの声だった。
 だが思い出せない。

 あまりにその声が、普段と違う調子をたたえているため。
 そして、今その人物はここにいるという事実のため―――。

 何人かがその人物へ視線を運び…。
 だが、だれもが正確な答えを結べず…ただナルトだけが苦しそうに…視線をあげた。
 木の葉丸が泣きはらした目で、よたよたと…それでも暗部の前へ進みでる。
 ナルトが深い悲しみをたたえた瞳で、ゆっくりと暗部の前へ進み出る。

「貴方方へ、火影さまより最後の言葉を―――」

 その言葉に反応したのは、2人ではなく他の者。

「何故貴様がそんなことを知っている!!!大体貴様は何者だ―――」

 ざわめきから聞こえた一つの厳しい誰何の声に、暗部はその声を発した本人に視線を向けた。
 そこに迷いはない。声の主が思わず一歩後ずさった。

「愚かな。この面を見て分からぬか。私は暗部。黒の死神葉月…」

 厳しく硬い声は、驚愕すべき事実を述べ、葉月と呼ばれる暗部の印たる、その白に銀をこらした狐の面で、周囲を軽く一望した。
 その名は、上忍以上なら誰もが知っている里最強の暗部。黒の死神…そして裏の火影。すなわち火影に並ぶとも謡われた存在。それゆえの2つ名。
 その正体は誰も知らず、任務を組んで行うことすら少ないという。だがそれでもS級ランク任務を幾つも幾つも片してきた、伝説とも呼べる存在。
 だが、彼は―――彼と呼んでいいのかも分からぬが―――細身の長身で、長いつややかな黒髪をもち、真白な狐の面を被り、暗部服をすべて黒く染めているという。
 確かにこの暗部は黒髪で、何よりもその狐の面は、葉月にしか被ることを許されてはいない。

 だがそれでも否定する。
 あまりに信じられないことゆえに。
 誰もが信じたくないことがために。

 だって、誰が信じられよう?
 暗部最強の黒の死神が…まさか子供だった―――なんて。

「やはり…」
「あれが黒の死神―――だと…?」
「あれが…あの…」
「しかし葉月は…確か」
「こんな子どもが?…そんなバカな―――」
「…やれやれ。本当に愚かな人たちだ。見える姿に騙されて真実を得ようともしないのだから。いいでしょう」

 それだけ、憎憎しげに吐き捨てると変化した。
 現われたのは正真正銘…黒の死神と呼ばれる、長身でつややかな黒髪をもつ暗部―――。
 全ての人物がそれを確かめてから、葉月は元の姿へと戻る。

「これでよろしいですか?今日は私が心を捧げた火影さまの葬儀…。このような偽りの姿で場を汚したくはない」

 押し黙る人々。偽りの姿。ではやはり葉月は子供なのだ。
 ”殻”としての自分でなく本当の姿。
 勘のいい者達はいい加減気付いてきているだろう。
 そこにいる影分身とて所詮は影分身。
 見破るものもいよう。

 だが構わない。
 葉月はどこまでも火影だけの忍だ。
 狐の面の下、薄く笑った。

「木の葉丸。うずまきナルト…お主らはわしの自慢の孫じゃ。強く育て―――」

 火影が自分に伝えて欲しいと残した言葉。
 向けられた2人は、打たれたように涙を流す。

「それが火影さまの言葉。私は…これで姿を消しましょう。この場は火影さまの場所。火影さまに安らかなる眠りが訪れんことを。そして黒の死神と呼ばれた葉月という忍びのすべてを捧げんことを」
「待てっ―――」

 ふらりと…遺影に向かって礼をすると、今にも立ち去ろうとしていた葉月を、鋭い声が呼び止める。
 白眼。特殊な血継限界―――。その瞳に葉月の面の下は映らないだろう。
 困惑に満ちた、だがどこかで確信を抱く目。

「父様…?」

 幼い声が、戸惑いを含む目で見上げる。
 弱い父と幼い妹。
 白眼の一族―――。
 どれだけ憎んだことだろう。
 幾度滅ぼしたいと願ったことだろう。
 だがそんな気持ちもとうにない。

 すべては昔のこと。

「その瞳で何か見えますか?日向家当主…日向ヒアシさま」
「……見えぬ…見えぬが―――」
「公の場で不用意な発言は命を縮めることとなります。何もないのならこれで失礼します」

 日向ネジの瞳とかち合った。
 何も言わない。
 カカシが微かに頷いた。

 次いで8班の面々。
 怪訝な顔の紅。
 いつもと変わらぬ無表情のシノ。
 赤丸と共に俯くキバ―――。

 幾人が気付いたか。
 彼らは気付いたか―――?

 だがどうでもいい。
 明日からはまた周囲を騙して生きていく。
 何を言われようと知らない振りをして生きていく。

 それが葉月としての…殻と自分のけじめだ。

 だから―――
 今だけは真実貴方の忍びとして―――。
 もう一度だけ振り返った。




 すぅ―――っと、葉月の姿が消える―――。
 その動きが見えた人間はほんのわずか。
 幾人かは心の中でつぶやく。
 その影分身を訝しげに見ながら。

(―――ヒナタ?)

 と。